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Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

ブラッド&サンド Blood & Sand

ティーチャーズ
ハイランド
クリーム
1/4
スイートベルモット 1/4
ヒーリングチェリー 1/4
オレンジジュース 1/4
シェーク/カクテルグラス
材料をシェークして、グラスに注ぐ。好みでオレンジピールを擦り、グラスに飾る

長く記憶に刻まれたショッキングな映画

自慢できるほどの映画青年だった訳ではないが、学生時代から社会人なりたての頃まではかなりの時間を映画館で過ごしていた。

どちらかというと流行りのハリウッドものよりも名画と呼ばれる日本やフランスやイタリアをはじめとしたヨーロッパの少しばかり古い作品、また時代的にベトナム戦争を取り上げたドキュメンタリーをよく観た。

とくに1980年前後の学生時代、『東京物語』(1953年/監督・小津安二郎)、『東京オリンピック』(1965年/監督・市川崑)の2作品に感銘を受けた。そして上映されると何故だか引き込まれて何度か観てしまうのが岡本喜八(1924―2005)監督作品だった。

酒のコピーを書く仕事に就くようになると、カクテルブックのレシピ探求もするようになる。するとページをめくりながら気にかかり、目が止まってしまうカクテル名がいくつかあった。そのひとつがウイスキー、スイートベルモット、チェリーリキュール、オレンジジュースをすべて同量でシェークする「ブラッド&サンド」(Blood & Sand)である。

1930年刊行の『The Savoy Cocktail Book』がレシピの初出らしく、誰が考案したかは不明なようだ。

岡本監督には戦争をテーマにした作品がいくつもある。なかでも若かったわたしの胸を強烈なまでに打ち抜いた作品が、終戦間近の日中戦争最前線を描いた三船敏郎(1920−1997)主演の『血と砂』(1965年)だった。

つまりBlood&Sand。救いようのない戦争の悲惨さを描いている。シュールで、エキセントリックで、とても残酷なのだ。カクテルブックからアタマに浮かぶのは、どうしてもこの岡本監督作品となってしまう。

岡本喜八監督は『血と砂』から2年後の1967年、『日本のいちばん長い日 運命の八月十五日』をヒットさせている。こちらは半藤一利執筆のノンフィクションで、終戦秘話を映画化したものだ。太平洋戦争降伏を決定した1945年8月14日正午から国民へ向けてラジオの玉音放送によってポツダム宣言受託を告げる8月15日正午までの24時間を描いている。

この作品に出会ってしばらくして『血と砂』を観たものだから、かなりのショックを受けた。

戦場で戦闘経験のない軍楽隊の少年兵士13名が『聖者の行進』を演奏するのだ。なんともシュールというか、とにかく驚かされる。行進するときだけでなく砲弾が飛び交うなかでも演奏する。戦争活劇として醜い戦いを描きながらも少年軍楽兵をはじめ指揮官たちのクセのあるキャラに魅了される。

ディキシー・ランド・ジャズが流れ、細かいカット割りがさらにリズム感を生み、軽妙洒脱といえるテンポのよさが哀愁へと誘い、そして悲惨さがより際立つ。人は殺せないが楽器は演奏できる軍楽少年兵が、また一人、また一人と戦死していく。最後はトランペットのソロ演奏だけとなる。何故に人が人を殺すのだろう、と訴えかけてくるのだった。

岡本作品の『血と砂』はわたしの胸に深く刻み込まれている。とくにいまは世界各地で砲火の犠牲者が増えつづけ、さらなる火種が生まれそうな気配もある。だから映画のシーンが何度もよみがえってくるようになった。

『禁じられた遊び』か、『聖者の行進』か

さてさて、カクテルの「ブラッド&サンド」は岡本喜八監督作品とはまったく関係ない。1909年に発表されたスペインの闘牛士を描いた文豪ヴィンセンテ・ブラスコ・イバニェスの小説『Sangre y Arena』(原題サングレ イ アレナ/血と砂)にちなんだものらしい。

アンダルシア地方を舞台に、貧しい少年が成長してセビリアで闘牛士デビューする。そしてスペインで最も偉大な闘牛士になる物語だが、妻を捨てて妖艶な女に溺れ、悲劇的な死を遂げることになる。その生き様の光と影、栄光と破滅を描いたものだ。

カクテル創作はルドルフ・ヴァレンチノ主演で1922年に公開された無声映画『ブラッド&サンド』がきっかけとなったようだ。公開年からするとアメリカは禁酒法時代に突入していたし、スコッチウイスキーを使っているところからやはりイギリス(ロンドン)で創作されたものかもしれない。

スコッチウイスキーがいい役回りを務めている。そしてチェリーリキュールは血を、オレンジジュースは闘牛場の砂を表現しているといわれている。今回、ウイスキーは「ティーチャーズ ハイランドクリーム」、チェリーリキュールは「ヒーリングチェリー」を使用した。

チェリーの芳醇さに加えてスパイシーさとビターなアーモンド感のある「ヒーリングチェリー」とスイートベルモットのしなやかなワイン感がバランスの取れたフルーティーさを生んでいる。さらにはオレンジジュースが程よい果汁としてのコクを付加しているようだ。

ブレンデッドスコッチの「ティーチャーズ」を使用したのは正解だった。穏やかなスモーキーさが上手く潜んでいる。

すべての素材が同量比率であり、複雑な重層感を抱きながらも見事に調和している。なかなか素敵な味わいである。物語を意識して飲んでみると、光と影が表現されているような気がしなくもない。

ウイスキーファンの方でもっと辛口を望むならパンチの効いた香味のものを選んでみてもいいだろう。試してはいないが、ラフロイグといったスモーキーさで魅了するアイラモルトも面白いかもしれない。

映画『ブラッド&サンド』は1941年(日本公開1952年)にリメイクされている。また劇中の挿入歌である『愛のロマンス』は、19世紀末にスペインのギター奏者アントニオ・ルビーラがギター練習用に作曲したといわれているが、1952年のフランス映画『禁じられた遊び』の主題曲としてナルシソ・イエペスが編曲、ギター演奏したことで世界的な名曲となった。

正直に言うと、わたしはあのもの悲しい曲調が苦手である。

時は流れ、1989年にリメイクされる。主人公ホアンを誘惑する情熱的な貴族のドナ・ソル役をシャロン・ストーンが演じた。『氷の微笑み』で名を知られる前の作品で、セクシーさの度が過ぎるのだ。なんだかなぁ、であった。

カクテルはとても美味しいけれど、『ブラッド&サンド』といえばやはりギターではなく、わたしにとってはトランペットである。『禁じられた遊び』ではなく、『聖者の行進』なのだ。

岡本喜八監督の『血と砂』にはそれほどまでに凄み、鮮烈さがある。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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