サントリー ワイン スクエア

26年ぶりのボルドー大霜害

前号で『4月としては珍しい好天が継続している状況を単純に喜べず、・・・心配してしまうのは、ワイン造りが農業そのものであることを・・・。』と書いて締めくくりましたが、その記事を書いた10日後には悪夢が現実となってしまいました。北緯44度と網走と同緯度にあるボルドーでは、遅霜の害に幾度となく苦しめられてきています。1991年には記録的な霜害で、ボルドーの収量は半分以下に落ちたほどです。その後温暖化の影響もあり、鳴りを潜めていた26年ぶりの悪夢は、不意を衝く形で4月末にやってきました。

好天に恵まれ葡萄の生育が平年より進んでいた4月の中旬に、4月27日から数日間、明け方に-2℃程度の寒波が来るとの天気予報が入りました。快晴の明け方こそ霜害のリスクが高まりますので、連日予報を注視する中、4月21日にシャンパーニュを-7℃の寒波が襲ったとのニュースが飛び込んで来て、緊張は更に高まりました。しかし寒波到来前日の26日の予報では一転、翌朝の最低気温は0~2℃程度と、氷点下は回避される予報となり、ふっと安心、いや油断したのです。気温が0~2℃程度であれば、放射冷却で冷えた区画で若干の霜害が出るとしても、想定される被害は限定的だからです。ラグランジュでも2,3年に一度は低地の冷える区画で軽い霜害は頻繁に起こっていますので、その程度のリスクと推定して安心してしまいました。ボルドーの大半の生産者は同じ気持ちだったと思います。

そして迎えた27日の早朝。前日夕方より日本のトップソムリエの方々がラグランジュを訪問・宿泊されましたので、朝食前に宿泊施設周辺の畑を一緒に見ながら『霜は大丈夫でしたね』などと談笑し、朝食後にお見送りをしました。そして事務所に戻ると、栽培技師長が血相を変え『ムッシュ・シイナ、大霜害です!今年は白のレザルムは造れません!』と駆け込んで来るではありませんか。ついさっき周辺の畑を見たばかりでしたので、最初は何を言っているのか分からなかったのですが、すぐにピンときました。私が見たのは、霜害を免れた丘の上の優良区画で、霜害は冷たい空気の溜まる低地や冷涼な区画で起こる事が多く、栽培技師長はその区画を見てきたのです。

その後入ってきた各地の被害情報は驚くべきものでした。27日早朝のボルドー一帯は、予報とは異なり0~-4℃の強い冷え込みとなり、右岸のサンテミリオンの一部で-6℃、左岸でもオーメドックで未明に-5℃を記録した場所がありました。ラグランジュの標高中間地点の寒暖計記録は-2℃で、低地区画での最低気温は推定-4℃です。翌朝も同様の冷え込みとの予報に、ラグランジュでは更なる被害拡大を食い止めるべく急遽ヘリコプターでの大気撹拌を翌朝に実施しましたが、気休めでしかなかったでしょう。

被害の範囲はフランス全土に及ぶ大霜害で、ボルドー周辺ではコニャックからボルドー一帯、更にドルドーニュを含む広範囲に被害が広がり、エリアでは右岸のサンテミリオン、ポムロール、そしてペサック・レオニャンの被害が深刻でした。ソーテルヌ、マルゴー、サンジュリアンがそれに次ぎ、ポーイヤックの被害は軽微だったようです。

ラグランジュの畑では、丘の上に位置するサンジュリアンの北半分は霜害比率0~30%と軽微でしたが、南半分は低地が多く60~80%の畑が深刻な被害を受けました。オーメドックでは、白中心のキュサック村の畑はほぼ壊滅状況で、赤が主体のサンローラン村の畑では収量が60~80%減と推測。2017年のラグランジュ全体の生産量は、平年の半減となりそうです。

今後ですが、側芽が気温上昇で順調に育ち、かつ10月下旬まで好天が続けば、側芽に結実する二番果で若干の収量リカバリーが期待されるものの、これはまさに天に祈るしかありません。

ヴィンテージ2016プリムールで、ラグランジュは非常に高い評価を受け、値付けも妥当であった事から<最もお買い得なワイン>として世界の各重要市場で話題になった矢先の出来事でしたので、まさに天国と地獄、という感じです。これこそが『ワインが農業たる所以・・・』という言葉で今回も締め括らせて頂きます。

写真1:霜害当日の夕方:新梢がうな垂れ褐変が始まる
写真1:霜害当日の夕方:新梢がうな垂れ褐変が始まる