サントリー ワイン スクエア
今月から一時的にこのワイナリー便りを引き継がせていただく篠田です。
私は2年前よりボルドー第二大学醸造学部に所属し、ワインのテイスティング学を学ぶとともに、ワインの香り成分についての研究を行ってきました。今回、日本でのワインづくりに活かせるような現場での具体的な知見を得るため、ブドウ収穫から醸造、樽熟成に至る工程をメインにラグランジュで実習をしています。
実際に現場でワインづくりをしている中で気付いたことなどを紹介できたらと思っていますので拙筆ご容赦いただきお付き合いください。
はじめに今年の収穫ですが、比較的湿っぽかった8月に続き、残念ながら9月の上旬、中旬も雨が降ったり止んだりという天候となりました。サンテステーフの一部では季節外れの雹と集中豪雨が重なり大損害を受けたシャトーもあります。こういった天候のもと各シャトーとも収穫時期についてたいへん難しい判断を迫られた年となりました。というのも、7月、8月の低温によりブドウの成熟度にばらつきが生じ、全体の熟度の把握が難しかったことと、8月、9月の雨によりここ20年ほどの中で最も多くブドウの灰色カビ病(ボトリチス)の発生が見られたためです。
ラグランジュでも、成熟の早いメルロの一部の区画で病気が発生したため、病気の進行状況とブドウ熟度を睨み、9月15日に収穫を開始しました。またその後も区画ごとに綱渡りのような収穫日の決定を行っています。
ところが9月下旬から10月初旬にかけては打って変わった高温、晴天続きとなり、特に9月25日からは10日間ほど連続して気温30℃程度の乾燥した晴天となりました。このためメルロの後に成熟期を迎えるカベルネ・ソーヴィニヨンにとってはとても恵まれたコンディションとなりました。現時点でのワインの品質は、綱渡りながらも的確な収穫判断が功を奏し、むしろ期待以上のポテンシャルを感じさせるミレジムであると感じています。
最終的に10月5日にすべての区画で収穫を終了しました。春先の高温と乾燥が影響して昨年より2週間程度早かったことになります。
この収穫時期は1年で最も忙しい季節です。実際の醸造工程における作業はとてつもないボリュームとなります。
ラグランジュでは117haの畑を108の区画に分けていますが、畑の区画ごとの個性をもったワインをつくるため、現在は基本的にその区画ごとに醸造を行います。そのために醸造タンクを区画のサイズに合うよう小型化し数を増やしてきました。現在は95本のタンクがあります。
一方、醗酵中の赤ワインに行う作業としてはルモンタージュ(※1)、デレスタージュ(※2)、ピジャージュ(※3)などがあり、ブドウのポテンシャルや品種や醗酵の進行状況によって様々に使い分けています。例えばルモンタージュやピジャージュは、仕込み量に応じて1回10~30分程度、朝8時、14時、20時と1日3回行います。
したがって最盛期には、95本のタンク全てを使用しないとしても、50本のタンクでルモンタージュ、ピジャージュを行った場合、1日の合計作業数はなんと50×3=150回となります。
さらにルモンタージュやピジャージュは、これを醗酵終了まで合計8日程度続けるわけです。
一つの畑あたり、1日3回×8日=24回、トータル24回×108区画=2592回(!)もの膨大な作業を繰り返します。これらの作業は6時~14時半、11時半~20時という異なる勤務時間の2つのグループの人たちによって実行されます。実際の作業もさることながら一番大変なのはセラーマスターです。彼はその計画を日ごとに立案し、自分も一緒に作業を行い、寝る時間以外ほとんど醸造所で過ごします。
彼は、ブドウからワインへと完成させていくこれらの工程を料理造りに例えます。土日もなく早朝から深夜まで続く料理人としての重労働です。でも彼は「料理人としての労働は全く苦にならない」「ヴィノテラピーのおかげさ!」と言います。ブドウに触れ、醗酵中のワインの香りに囲まれるこの時期は、アロマテラピーならぬヴィノテラピー(Vino-therapy)効果があるというのです。今度その効果の科学的な検証が必要かもしれません(?)。
※1 醗酵中のワインをタンク下部から抜き上部から果帽(ブドウ果皮等が浮いてできた層)にかけワインを循環させる。
※2 タンク上部から棒などで果帽を突いて下部のワインに浸す。
※3 タンク内のワインを全て抜き、それをタンク上部から戻し果帽を崩す。
いずれも色素やタンニンの抽出を助け、タンク内の温度のばらつきを低減する効果がある。
※現在シャトーラグランジュの販売は(株)ファインズで行っております。
詳しくは(株)ファインズのホームページをご覧下さい。http://www.fwines.co.jp/