今回のレシピは、ゆり根と大根のとろりクリームシチューです。ゆり根については丁度1年前のこの料理に合うワイン|ゆり根と甘栗とレンコンと紫玉ねぎのアヒージョ|ワインと合うレシピ|サントリー ワインスクエア (suntory.co.jp)に詳しく書きましたので、ゆり根について、深く知りたい方はそちらもご覧ください。では今回は大根を深堀します。ダイコンは漢字では大根で、学名はRaphanus sativus var. hortensisです。アブラナ科ダイコン属の植物で、中央アジアか地中海が原産地であろうと言われていますが、正確な場所は確定していません。エジプトでは紀元前2630年頃から紀元前2200年のピラミッドの建設の時に二十日大根が支給された、と言う記録があります。
アブラナ科は大所帯で、なんと338もの属が存在します。アブラナ属には、前回解説したハクサイの他、キャベツ、ブロッコリー、チンゲンサイ、ミズナ、カブ、カラシナ、ハボタンなどが属しています。そして今回の主素材のひとつであるダイコンが属しているダイコン属やワサビ属、セイヨウワサビ属もアブラナ科です。アブラナ科の植物は植物体内にカラシ油配糖体を多く貯めこんでいます。アブラナ科の植物が昆虫や動物に齧られるなど、傷つけられた時に、維管束周辺のミロシン細胞にあるミロシナーゼがカラシ油配糖体からイソチオシアン酸アリルを作ります。イソチオシアン酸アリルは辛子(アブラナ属のカラシナの種子)やワサビ、辛味大根などの辛さの根源になっている成分です。この仕組みは、アブラナ属が、自分たちが動物や昆虫から食べられないようにする為の高等戦略なのですよ。さて大根ですが、中国には古くから伝わっており、紀元前4世紀の文献に登場するようです。日本には720年の日本書紀の仁徳天皇の歌で登場する「於朋泥(おほね)」が大根の事だとされています。おほねは現代表記ではおおねとなり、大根の文字が当てられたようです。中国語では、蘿蔔(luóbo ルオポ)です。「うわぁ、こんな難しい文字、見たこと無い!」と思われた方も沢山いらっしゃるとかと思いますが、この蘿蔔の読み名は、ほとんどの方が暗記させられた事があるはずです。春の七草の「すずしろ」の漢字なのですよ。また、和食の大根の切り方の名前に「千六本(せんろっぽん)」と言う技法があります。これは基本的には、大根を4~5cm長さに切って縦に2mm厚さに切り、さらに繊維に沿って縦に2mm幅に切ったものを指します。「千六本」とは、切りの悪い不思議な数字に聞こえますよね。これは、中国語で細切り大根を意味する「繊蘿蔔(せんるおぽ)が転じた名称なのです。大根がヨーロッパに伝わったのは、15世紀から16世紀にかけてのイギリスやフランスです。日本で赤丸ラディッシュや赤長ラディッシュの名前で販売される表面が赤くて小さな大根がメインです。フランスでは、日本の大根のような白くて長い大根も販売されてはいますが、かなりの少数派です。毎年、春にボーヌ在住の日本人達とパーティーを開くのですが、ある年おでんを作りました。蒟蒻や練り物などは日本から持って行ったのですが、大根は植物検疫の問題もあるので、ボーヌで調達しようとしました。何軒もスーパーを探しても見当たらす、土曜日開催のボーヌの朝市でやっとの事で見つけて買い占めました。1本200gくらいの小さな大根でしたが、軟らかく煮えて美味しかったですよ。日本の大根はバリエーションが多く、最も長い物は守口大根で最大2m位になります。一番重い物は、かつては桜島大根でした。2003年に重さ31.1キログラム、胴回り119センチの桜島大根が「世界一重い大根」としてギネスに登録されていました。しかし、2023年2月22日に広島県尾道市の万田発酵が栽培した青首大根と桜島大根を交配した大根の重量が45.865キロとなり、ギネス世界記録の「最も重い大根」の記録を更新したのです。日本で流通している大根で最も多い品種は青首大根で、全大根の9割以上を占めます。青首大根は土から10㎝くらい顔を出して成長するのでそこに光が当たり緑色になる事から青首の名前が与えられています。冬、冷え込んだ時に外気に当たる部分が凍り付く事を防ぐために糖を蓄え、甘くなります。また、地上部分が長いので、引き抜いての収穫がしやすいので全国に広まりました。伝統的な大根も、健在で各地で栽培され続けています。有名な所では、加賀野菜の源助大根、神奈川県の三浦大根、東京の亀戸大根や大蔵大根、三重県の御薗大根などが有名ですよね。2023年12月25日に農水省から発表されたばかりの2022年度の都道府県別の大根の収穫量のトップは千葉県、次いで北海道、青森県、鹿児島県の順でした。青首などは、年中あるので旬のイメージが湧きにくいのかもしれませんが、千葉県の銚子では10月 - 6月にかけて出荷され、北海道は冷涼な気候を活かし7月 - 9月にかけて出荷されますので、我々消費者は1年中青首大根を購入する事が出来るのです。流通期間が短い方の代表品種は三浦大根です。東京市場への出荷は、基本的に年末の12月23日から3日間だけです。今回は定番の青首大根を使いました。
さて、ゆり根と大根のとろりクリームシチューですが、とろみはパン粉をカリカリになるまで炒めて付けます。ベシャメルソースから作るのも、慣れるとそんなには難しくないのですが、だまになったりして、「ベシャメルソースを作るのは難しいなぁ」と思っている方も多いと思います。パン粉で作るととても簡単で失敗しません。
さて、このゆり根と大根のとろりクリームシチューにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインは、サントリーフロムファーム 高山村 シャルドネでした。高山村 シャルドネは前回アップした白菜オーブン包み焼きでも、イチオシで、堂々の2連覇です。高山村では18年くらい前からサントリー向けにシャルドネなどを育ててくださっている農家さんがいらっしゃいます。今回マリアージュ実験に使った2021年は、高山村シャルドネが新たな高みに挑戦し始めた記念すべき年なのです。従来からも、ぶどうの単位面積当たりの収量は少なくする設計にはしていたのですが、更なる収量制限に取り組んでもらう為に「1新梢に1房」を徹底して頂きました。その成果が今回のイチオシワインになったサントリーフロムファーム 高山村シャルドネ2021です。樽醗酵からそのまま樽熟成した原酒が半分、タンク発酵からタンク熟成のものが半分です。樽熟成したワインの60%が新樽で約5か月の熟成でした。グラスに注ぐと、淡いレモンイエローです。脚は、少し強めです。グラスからは、心地良い香りがしてきます。ミラベルや程よく追熟された洋梨などの果実を連想させる黄色く甘い果実の香りに、そこをキュッと引き締める爽やかな柑橘のタッチがあります。穏やかに複雑さを与える樽熟成由来のトーストのアクセントも感じられます。果実の熟度の高さを感じる膨らみのあるボディ感と、それに負けない引き締まった芯のある酸味を持った、良年の高山村らしい充実感のある味わいで、力を感じる辛口シャルドネです。大根をスプーンで掬って口に運びます。香ばしく炒られたパン粉が溶けたとろりとしたクリームシチューのソースを身に纏った大根からは、根菜の大地の香りがしてきます。そこに高山村シャルドネを一口飲みます。切れのある酸が大根の滋味深い味わいを更にくっきりと際立たせます。
「パン粉が炒られた香ばしさが、普通のベシャメルソースバージョンのクリームシチューよりも、樽熟のシャルドネに合う気がします」
「うん、樽の香ばしいタッチと、見事に共鳴しているね」
「バターや生クリームと樽は鉄板の組み合わせと良く言われます。まさにその部分も良く合っています」
「ゆり根のほくほくした溶け味とも良くあっています」
「大根も良く合ってますよ」
「わたしは、葱と良く合っていると思いました」
「要するに、高山村シャルドネは野菜ととても相性が良いという事ですね」
大根は、神事にも使われます。浅草名所七福神のうち毘沙門天が祀られている本龍院は待乳山本龍院 (まつちやまほんりゅういん)とも呼ばれ、毎年1月に「大般若講 大根まつり」が開かれることで有名です。今年は、本龍院のHPによると5年ぶりに1月7日 (日) に開催されました。参拝者は大根をお供えにするんですよ。本龍院によると「大根は体を清浄にしてくれるものであり、お参りする際心の毒や体の穢れを大根に託して、綺麗な状態で聖天様と向き合うためにお供えする」そうです。そして供えた大根を聖天様に清めてもらって、そのお下がりを「お下がり大根」として頂けるのです。また、大根まつりの日は、参道で風呂吹き大根とお神酒が振る舞われます。
皆様も、ゆり根を見かけられたら、是非、ゆり根と大根のとろりクリームシチューに挑戦してみてください。そしてサントリーフロムファーム 高山村 シャルドネとの素晴らしいマリアージュをお楽しみくださいませ。