これから初夏にかけて、富山湾の魚津では、海上にもうひとつの町を望むことができる。言い伝えでは、蜃という大ハマグリが気を吐いて楼閣の姿を現すのだという。立山連峰の冷たい雪解け水が湾に流れ込み、暖かい空気が吹きわたると、温度差で光の異常な屈折が起こる。それが螢気楼の正体だ。清冽な水というものは、時としてこのような魔術を行うものらしい。そういえば、清澄な海が少なくたってきた。大ハマグリには住みづらいにちがいない。こちらは自然の大いなる気を吸い込んだピュアモルトを開けることにしよう。ノドをわたる時間の労作。グラスのなかの、琥珀色の波間から楼閣が現れるのは何杯目だろうか。今夜も清冽なマジックの始まりである。
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