サントリーは二度、採用試験を受けた。一度目は学部3年のときだった。「専攻は機械工学でしたけど、銀行、証券、商社など、おそらく『自分が就くことのない』という企業を受けたんです。サントリーもその一社。というのも、自分のストーリーとしては『大学院』が本命で、2年後に院卒で工学系企業に絞って就職活動することを決めていたので、まずは『入りたい』と思えるような企業を落ちたくなかったし、内定辞退という状況も避けたかった」。つまり、サントリーを受けたのは、あくまでも物見遊山的なものだった。結局は最終面接でサントリーは不採用となったが。
やがて、2年後。巡ってきた就活シーズン。「ものづくり」と「製品が最終消費者に届く」ことを念頭に、企業を絞り、数社から内定をもらった。「心はほとんど、そのうちの一社に傾いていました。そんなとき、ちょっと時期遅れでサントリーの募集があって、一度落ちているから、リベンジのつもりで」。ところが意外にもトントン拍子で内定。面接で出会った先輩たちは気取らず構えず、仕事をイキイキと楽しそうに語る。形勢逆転、心は一気にサントリーに染まった。
いま、彼がいるのは群馬県の榛名工場。その工務グループに所属している。「仕事は、ひとことで言うならば製造現場のプロデューサですね」。1分間600本のペースで稼働する製造ライン。安全性、品質管理、生産効率、環境対策など、細部から全体まで見渡す仕事である。「たとえば、工場棟を新設してラインを増やす計画をする場合、これには調合、包装、建築、システム、ユーティリティ、オペレーション性など、総合的な視野が必要になる。私は機械工学出身ですけど、建築図面はじめ、配線、配管図までなんでも見なければならない。難しいけど、これがけっこう楽しい。サントリーでエンジニアとして働くおもしろさだと思う」。
生産技術部に所属していたときのこと。海外では珍しくないが、国内では初となる段ボールを使わない「エコクリア包装」の導入プロジェクトを立ち上げたことがあった。パレット積みの荷重に耐えられるボトルの開発、しかもボトル自体は軽量化させ、CO2は50%削減。かなりの難問だった。工場、物流、包材、営業、販売など10以上ものセクションとの折衝。さらにバイヤー、お客様の視点、思惑を汲み上げ、満足して頂く必要があった。
「生産技術や製造という部門は、最終アンカーのようにみんなの期待を引き受ける部門だと思う。できないと言ったら、あとは誰もいない。だから大事なんです。とくに品質管理ですね。ミスは絶対に出してはならない。ただ、その全てがお客様視点でなければならない。自己満足では何も意味を持たない。そのバランスが非常に重要ですね」。
彼は整然と流れるラインを見渡しながら、いつもこう戒めている。「100万本に1本のミスでも、その1本を買ったお客様には1分の1である」。