出社は朝8時。9時の始業時間までにメールの整理、スケジュール繰り、掃除……。つまり雑用すべて片付ける。これが彼が自分で決めたルール。「満員電車が嫌い。できれば就業時間後には誰かと呑んでいたいから」。そっけなく真顔で答える。ストイックだ。
宣伝部に入る前、支店営業時代に忘れられない出来事があった。担当していた大口の居酒屋が突然、サントリーとの取引を打ち切ったのである。支店にとっては長年の優良顧客だった。当時の彼は入社して4年目。仕事は順調、成績も右肩上がり。この居酒屋との付き合いも円滑に進んでいると信じて疑わなかった。「オーナーに理由を聞いても教えてくれない。何がミスなのか、それすらわからない不甲斐なさ。慢心、傲慢、油断。いい気になっていた、あぐらをかいていたからだとしか言いようがない」。
以来、彼は自分の仕事に対しては、どう誉められても「成功」という言葉を口にしない。宣伝部に入っても同じ。「コツコツやる。それしか自分の道はない。成功だと思ったときに思考は停滞し成長は止まる」。
2009年12月。「ウイスキー・ラバーズ・アワード」第1回の授賞式が六本木で行われた。彼はその企画を提案し、実施まで一部始終に携わった。これは宣伝部の自主提案「ウイスキープラン」のひとつで、「話題化」の施策だった。狙いは当たった。TV、Web、新聞が取り上げ、アワードの翌日以降、ウイスキー全体の売上に貢献した。また「ウイスキー&MUSIC」「モルト&ショコラ」と、ウイスキープランは着々と進展した。
「最高のクリエィティブと最適なメディアプラン、それが消費者であるお客様の反響を呼び、実際の売上に結びつくのは、励みになる。だが、どうやっても振り向かないお客様もいるし、予想以上に反響を呼ぶこともある。そこが宣伝の妙味であり、尽きないテーマだと思う」。
宣伝は科学である。しかし、宣伝を受けとめるのは科学では測りきれない心理構造をもった人間である。だから芸術でもある。彼は誰も考えなかったプラン、次へ次へと考えることを止めない。「変な奴ですよ。電車に乗っていても、街を歩いても、人が何を見ているのか、何を話し、どんな音楽を聴き、何をいつ食べているか。何が好きか、嫌いか。何歳、どこの出身、どんな生立ち、家族構成はどうか。そんなことばかり考えている。妄想、限りないディテールまでの明確なイメージ。ほとんど病気かな(笑)」。