「ともかく暇でしたから」。大学は農学部。といっても専攻は農業経営、ほとんど文系に近い。それゆえ実習や実験もなく、時間は有り余っていた。勢いアルバイトに精を出す毎日。家庭教師、ホテルのクローク、夜警、なんでもやっていた。ある晩のこと。「アルバイト先のホテルの先輩に『一杯おごるから』と誘われ、バーに連れて行ってもらったんです。地下のお店で、薄暗いカウンターで、出されたのがウイスキー。これがうまかったんですよ!こんな美味しいお酒が世の中にあるのかと」。
静かで落ち着いた雰囲気、JAZZ、琥珀色の時間。すべてが好ましく感じられた。「ウイスキーの酔いって、自分にぴったりと寄り添ってくれるような、優しい感じがあるんですね。けっしてアルコールに強い方ではないけど、それ以来、どっぷりです」。
いつしかシングルモルトからブレンドまでとことん味わいつくすようになった。だが、周りの友人たちはみな焼酎かビール。ウイスキーはコンパの罰ゲームに出されるだけ。なんでだ!義憤、悲哀。ウイスキーの良さを知らない彼らをいつか振り向かせてみたい、この幸福感を味あわせてやりたい、そんな想いが膨らんだ。「当然、就活で筆頭にしたのはサントリーでした。大好きなウイスキーの世界を自分の仕事にしたかったんです」。
支店で6年間営業経験を積んだ後、彼の念願はかなった。ウイスキー部へ配属されたのである。仕事はブランドマネジャー。どうしたら売れるのか、どうしたら飲んでもらえるか。マーケティングから開発まで携わりながら、営業部門や生産部門、さらに宣伝、デザイン部門、そして管理部門など、さまざまなセクションと折衝し、アイデアを出し、カタチにしていくのが役目だ。ご存知の「角ハイボール」もそのひとつ。「角ハイはウイスキーの良さを知ってもらう『入口』的存在だと思っています。まずは、ひとりでも多くの方に『ウイスキーはおいしい』と思ってもらえることを念頭に開発しました」。
もちろん、道程は容易ではなかった。最適の温度、最適の混合比の模索。ブレンダーとのやりとり。何度も挫折感を味わい、苦い思いもした。だが、その結果、2009年のヒット商品ランキングに掲載されるほど、「角ハイボール」は当たった。「ヒット商品に掲載されたときは、それまでのことが思い出されて。泣きましたよ」。
角瓶の売上は前年比30%増、ウイスキー全体も10%増となった。25年間、売上減少を続けていたウイスキーが、ようやく復活の一歩を踏み出したのである。「これをただのブームで終わらせたくない。普通の家庭の食卓で、普通にウイスキーが飲まれる。そうなるまでまだまだ道のりは遠いと思っています。ブランドマネジャーとして何をすべきか。これからが正念場。その覚悟はできています」。