日本という学名がつけられた鳥のトキ。
かつて、日本全国で見られたこの鳥は、 一度、日本の空から姿が完全に消えました。
しかしその後、 人工繁殖した個体による野生復帰が行われ、 再び、日本の空を舞うようになっています。
トキは人里で暮らす鳥です。
そのトキたちが生きていくためには、 人とトキが共に暮らせる環境がなければなりません。
その環境づくりの一翼を担ってきたのが、 「トキの水辺づくり協議会」です。
トキと人が共生する環境をつくるために、 「トキの水辺づくり協議会」では どんな試みや努力をされてきたのか、 そして、サントリー世界愛鳥基金は どんなお手伝いができたのか、 新潟県佐渡市の現場を訪ねました。
今回の主人公のトキは、全長76cm、ペリカン目トキ科の水鳥です。日本や中国、朝鮮半島などの北東アジアに分布する鳥でしたが、日本では明治時代以降に激減。1952年に特別天然記念物、1960年には国際保護鳥に指定され、厳重な保護対象となりました。個体数の減少が続いたことから、1981年に佐渡島に残っていた5羽が域外保全のために捕獲されましたが、残念ながら繁殖することはありませんでした。そして、2003年に最後の日本産のトキが亡くなり、日本から完全に絶滅してしまったのです。
また、国外のトキも絶滅したと考えられていましたが、1981年に中国で7羽のトキを発見。野生個体を保護するとともに、人工繁殖によって数を増やし、日本にも提供されるようになりました。
そして、1999年に中国から贈呈されたつがいが、日本で初めて人工繁殖に成功。それからは、佐渡トキ保護センターで毎年ヒナが誕生し、また、関係者が協力してトキの生息環境の保全・再生と、トキと共生する地域社会づくりに取り組んだことから2008年には野生復帰のための放鳥が開始されました。
2012年には、36年ぶりに野生下でのヒナが誕生。その後は順調に数を増やし、2019年には野生絶滅から絶滅危惧ⅠA類に見直され、2022年12月時点で推定545羽が佐渡の空を飛んでいます。
私たちが、新潟県の佐渡島を訪ねたのは2023年4月上旬。島を訪れてみて、特に印象深かったのは、とにかく水田が多いことでした。国仲平野には広大な水田が広がり、山の斜面にも美しい棚田がたくさん。さすがは米どころの新潟です。
水田は、トキにとって非常に重要な生息環境です。ほとんどの食べものを水田で得るため、生きものがたくさんいる水田が必要です。そのために出来るだけ農薬を使わないなど、農家の方の協力無しではトキの野生復帰は不可能なことだったのです。
その生物多様な水田など、トキと人が共存できる環境をつくるため、2000年頃からたくさんの任意団体が佐渡に設立されました。ところが10数年ほど経つと、多くの団体で担い手不足や高齢化によって活動が低下し、トキの採食環境を維持することが困難になってきました。
そこで2017年、民間5団体(現在は10団体)と行政・学識経験者が一体となり、継続的な活動が実施できるようにと設立されたのが「トキの水辺づくり協議会」です。その設立には、サントリー世界愛鳥基金の助成が大いに役立てられたと、会長の板垣徹さんは言います。
また、協議会ができたことにより、それまでは各団体が別々に行っていたトキのための活動が、相互に補助し合う関係になり、効率よく効果的な活動ができるようになったそうです。
協議会の重要な活動のひとつが、トキの採食環境の整備。なかでも特に大切な作業が、草の管理だそうです。
トキは、草丈が高い湿地や畦では食べものが探せなくなるので、草を刈る必要があります。薬剤を使用すると食べものとなる小動物がいなくなってしまうため、人の手で草を刈らなくてはなりません。協議会では、各団体が協力して一斉に草を刈ることで、トキが常に採食できる環境を整えています。
草刈りは、大変な労力を伴う作業のため、刈払機などの機械がどうしても必要です。しかし、機械は高額のため、各団体の資金では購入できずサントリー世界愛鳥基金の助成金によって購入が実現し、非常に助かったとのことでした。
また、江(え)と呼ばれる水田の深みを設置したり、耕作放棄された棚田を整備して水を張り、トキが採食できる環境をつくり出します。このような環境整備に使用する資材や作業する人への費用などに、サントリー世界愛鳥基金の助成金が活かされました。
協議会のもうひとつの重要な活動が、地域の活動が持続的にできる仕組みづくりです。
過疎高齢化が進む佐渡では、耕作放棄地が増え、トキの生息環境を維持管理する担い手が減りつつあります。
そこで協議会では、新たな担い手として、島外から学生ボランティアを受け入れたり、旅行代理店を通じて、トキをテーマとした環境学習のためのエコツアーの企画や島外の環境団体との連携などを進めてきました。
また、島外のさまざまなイベントにも出展。協力者を獲得するための広報活動を積極的に進めてきました。これらの活動に関わるさまざまな費用は、サントリー世界愛鳥基金の助成金が活用され実現したことです。
今回、私たちは、整備したビオトープに飛来するトキを観察するための小屋を視察しました。板垣会長のお話では、今後、佐渡では、トキの野生復帰を中心に、生物多様性の保全と地域活性化の相乗効果を目指しているため、警戒させることなく観察できる場所が必要不可欠。そこでこの施設を建設したとのことでした。この観察小屋は、サントリー世界愛鳥基金の助成金によって建てられました。
「本当に数が増えたんだなあ」
今回の視察中、何回もこの言葉がサントリー世界愛鳥基金運営委員の先生方の口から飛び出しました。短い滞在期間にもかかわらず、島のあちこちでトキの姿を見ることができ、佐渡の空に戻ってきたことを実感する取材でもありました。
トキの野生復帰がこれほどうまくいったのは、佐渡の住民や関係機関が一体となってトキと共生する環境づくりを進め、今もその取り組みが続いているからに他なりません。
その一翼を担った協議会の取り組みや努力があってこそ、トキが佐渡の空を舞い続けていることを知りました。その活動の応援をサントリー世界愛鳥基金ができたことを嬉しく思った今回の取材でした。
佐渡島のトキの野生復帰は一定の成果を上げ、次は本州に新たな生息地をつくる段階に引き上げられます。協議会では、これまで進めてきた持続可能な地域づくりの経験を本州の放鳥候補地に提供し、佐渡以外でもトキの野生復帰をサポートしたいそうです。
近い将来、日本のあちこちの空に美しいとき色の翼を見る日が来る。それはそんなに遠い日ではないのかもしれない。そんなことを思いながら、ねぐらから飛び立つトキを見つめました。