世界でも沖縄島北部にだけにすむ貴重な鳥です。
発見されたのは1981年。 ハトくらいの大きさのクイナの仲間です。
飛べないことが災いし、 外来種のマングース等に食べられ、 一時はわずか700羽にまで数を減らしたと推定されています。
しかし、今、 多くの人たちの献身的な努力の結果、 ふたたび数を戻しつつあります。
今回はそのヤンバルクイナを 絶滅の危機から救った人々のお話です。
私たちが今回の舞台となるやんばるを訪ねたのは2018年6月末。ちょうど梅雨が明けたばかりの亜熱帯の森は、想像以上の暑さと湿気に包まれ、いかにも生きものがいそうな雰囲気でした。
地図を見ても「やんばる」という地名はありません。沖縄島北部の山深い地域全体をさして「やんばる」と呼んでいるからです。
この森の大きな特徴は、固有の生きものの宝庫であることです。ヤンバルクイナはもちろん、ノグチゲラやオキナワイシカワガエルなど、世界でもこの森だけにしかいない貴重な生きものが数多くすんでいます。
大昔、やんばるは、中国大陸と陸続きでした。その後、地面が沈降し、大陸とは海で隔てられてしまい、およそ100万年間、一度も陸続きになっていません。小さな島に取り残された生きものたちは、独自の進化の道を歩み、世界でもここにしかいない固有種となりました。
今回の主人公であるヤンバルクイナは、全長35cm、体重340~430gのクイナ科の鳥です。
この鳥が、世の中に知られるようになったのは1981年のこと。
(公財)山階鳥類研究所の研究者が未知の鳥の捕獲に成功し、新種として発表。世界を驚かせました。
さらに驚かされたのは、飛べない鳥であったこと。
天敵となる肉食性哺乳動物がいないやんばるの森では、飛んで逃げる必要がなく、飛ぶことをやめてしまったのです。そのかわりに脚がよく発達し、地上をかなりの速度で走ることができます。
主な食べものは地面にいる昆虫やミミズ、カタツムリなど。ときには果実も食べます。
とても大きな声で鳴き、「キョキョキョキョー」「クリャァー クリャァー」などいろいろな声を発します。
生きものを守るためには、どの地域にどのくらいの数がいるか把握することが一番重要です。そのため、ヤンバルクイナを発見した(公財)山階鳥類研究所や環境省、沖縄県がこれまで何回か分布域と生息数の調査を行っています。
一番最初に環境庁(当時)が行った1985年の調査では、約1800羽がいると推定され、国頭村(くにがみそん)、大宜味村(おおぎみそん)、東村(ひがしそん)の3村に分布していることがわかりました。
ところが、1996年から2001年にかけて(公財)山階鳥類研究所と沖縄県が分布域調査を行ったところ、生息南限が1985年と比較して約10km北上していることが判明。これは南から侵入してきたマングースがヤンバルクイナを捕食した影響と考えられたのです。
その後、2005年に行われた調査では生息数はわずか約700羽と推定され、国頭村のみに分布域が縮小していることが判明。ヤンバルクイナはかなり危機的状況であることがわかったのです。
((公財)山階鳥類研究所が行った2000年、2004年、2006年の調査には、サントリー世界愛鳥基金助成金が役立てられました。)
ヤンバルクイナを危機的な状況に追い込んだ外来種のマングース。1910年に人に被害を与える毒蛇のハブを退治するために、インドから連れてこられたわずか17頭が沖縄県那覇市などに放されました。
その後、マングースは子孫を増やして、沖縄島の北へと生息範囲を拡大。数を増したマングースは、ハブをほとんど食べることがなく、かわりにヤンバルクイナをはじめとする固有の生きものたちを捕食していることがわかり、このままだとやんばるの生きものたちがいなくなる恐れがありました。そこで環境省や沖縄県はその対策を行っています。
私たちは、実際にどんなマングース対策をしているのかその現場を案内していただきました。
向かったのはやんばるの南部。そこにはマングースの侵入を食い止める柵が延々と続いていました。
この柵は沖縄県が設置したもので、島を横切るように柵を張り巡らしてあり、沖縄島南部にいるマングースがやんばるに侵入することを防いでいます。
また、やんばるの森の中には、たくさんの罠も仕掛けられており、すでに入り込んでしまったマングースを捕獲しています。さらに特別な訓練をした犬を使った探索も同時に行っているというお話でした。
このような対策の結果、やんばるのマングースの数は大きく減少し、ヤンバルクイナの数も徐々に回復。いまでは約1400羽以上がいると推定されているそうです。
外来種対策の他にも、ケガをしたヤンバルクイナの救護や人工孵化などの保護対策も並行して進められています。その中心的な役割を果たしているのが、(NPO法人)どうぶつたちの病院 沖縄です。
ヤンバルクイナが危機的状況となっていた当時、やんばるから車で2時間以上はかかる、うるま市のどうぶつたちの病院に、交通事故で傷ついた鳥や側溝に落下したヒナ、放棄された卵などが次々と運び込まれたといいます。
そこで2005年、(NPO法人)どうぶつたちの病院 沖縄は、ヤンバルクイナの生息地である国頭村安田(くにがみそん あだ)にヤンバルクイナ救命救急センターを開設。24時間体制で救護にあたり、多くの鳥の命を救うことができるようになったのです。そのケガをした鳥を飼育するケージは、サントリー世界愛鳥基金の助成金によって建てられました。
飼育ケージがあっても、飼育技術がなければ鳥を死なせてしまいます。その飼育・繁殖技術の研究にも、基金の助成は役立っていました。
とにかく未知の鳥であるヤンバルクイナの飼育は困難の連続だったといいます。いちばん困ったのは、飼い始めてしばらくすると脚の裏にコブができる病気になってしまうこと。
最初は硬いコンクリート床が原因と考え、人工芝などの柔らかい床材で試してみましたが、それでもコブができてしまいます。
どうやら飛べない鳥であるヤンバルクイナは、同じくらいの大きさの鳥に比べて体重が重いため、それだけ脚に負担がかかり、コブができてしまうようなのです。
その後、いろいろ試行錯誤した結果、落ち葉や土、小石などの様々な固さの床材をケージのあちこちに使うことで、この問題の解決に成功。現在は、うまく飼育することができるようになりました。
孵る寸前に死んでしまう
卵の人工孵化にも大きな壁がありました。
ヒナが卵から孵化する直前に、死んでしまうという事態に直面したのです。
なかなかうまくいかない時間が過ぎましたが、親鳥を観察してみると、1日に何度か卵を抱くのをやめている時間があることに気がつき、ある時卵を定期的に冷やすことをやってみました。
その結果、みごとに孵化に成功。1日に5回冷やすという方法がわかり、今では問題なく卵を孵すことができるようになりました。
(NPO法人)どうぶつたちの病院 沖縄がヤンバルクイナ救命救急センターを開設してから5年後の、2010年に環境省が、飼育・繁殖施設を建設。より万全な体制でヤンバルクイナの保護に取り組めるようになりました。今回、特別にこの施設の中を見せていただきました。
ここでも活躍しているのは、飼育の技術を持っている(NPO法人)どうぶつたちの病院 沖縄のメンバーです。
現在、外来種対策によってヤンバルクイナの生息数は回復傾向にありますが、まだ安心できる段階ではありません。いつ、急に野生の個体が絶滅寸前まで数を減らすかわからないからです。
この施設はそんな時に備えて、ヤンバルクイナをストックするための役割を持っているそうです。また、飼育個体同士で繁殖させ個体数を増やす試みもされています。
ヤンバルクイナの飼育が軌道に乗った今、次は野生にかえす準備が必要です。それには放した鳥が野生で生きていけるように訓練をしなくてはなりません。
外来種問題が解決しつつあるなか、ヤンバルクイナの存在を脅かすまた新たな問題が持ち上がっています。
ロードキルとよばれる交通事故です。
取材した2018年6月時点だけでも13羽のヤンバルクイナが犠牲になっていました。交通事故を減らすには一般の方への周知が一番大切です。
サントリー世界愛鳥基金の助成を受けた「やんばる国頭の森を守り活かす連絡協議会」は交通事故防止のDVDを制作し、関係機関に配布したり、講演会を開いたりするなど、ヤンバルクイナを守るための普及啓発活動を行いました。
私たちがやんばるを視察したのはわずか3日間。それでも何回か野生のヤンバルクイナを目にすることができました。
そして、驚いたのは人家のそばで姿を見ることが多く、けっして森の奥の鳥ではなかったことです。それだけに交通事故などの人の活動がこの鳥に大きく影響を与えていました。
マングースなどの外来種によって、一時は絶滅寸前まで追いこまれたヤンバルクイナ。その危機を本当に多くの方々の献身的な努力で回避できたことも知ることができました。
やんばるだけにしかいない貴重な生きものたちが、これからもずっと生息できるようにするのは、私たち日本人の責任であることを痛感する旅でもありました。決して滅ぼしてはいけないのです。