2013年4月17日
#325 田代 智史 『パッションとサントリー愛は負けない』
7年間、3代の監督のもと、アスレティックトレーナーとして選手、チームをサポートしてきた田代智史トレーナーへのロングインタビュー。いつも明るく静かな印象の田代トレーナーの、内に秘めたる熱い想いを語ってもらいました。
◆チームを勝たせるためにいる
—— 以前のアスレティックトレーナー2人から、3年前にヘッドトレーナーとアスレティックトレーナーと役職が分かれましたね
メディカルとして、複数人のトレーナーがいる場合、監督がある選手の怪我の状況を知りたい時に、トレーナーによって怪我の評価がバラバラだとすると、どの情報を信じればいいかが分からなくなってしまいます。今は最も経験があるヘッドトレーナーが情報を集約して、監督とコミュニケーションを取るようにしています。僕の立場としては、以前と同じ役割でアスレティックトレーナーとして仕事をしています。
—— チームに携わるようになって何年が経ちましたか?
今年で8年目になります。いろいろと任せてもらえるようになりました。
—— トレーナーの役割は?
僕は主にリハビリを見て、吉田さん(一郎/ヘッドトレーナー)はマネジメントをしています。判断をするのは吉田さんで、その判断をするための情報を伝えるのが僕の役目です。治療やテーピング、練習後のケアに関しては、2人で行っています。その他には、僕がリハビリを行っているので、練習中のグラウンドでの応急処置などは吉田さんが行っていて、しっかりと役割が分かれています。
練習後のケアについては、どちらがどの選手担当という分担はしていなくて、吉田さんと僕で、空いている方が対応しています。もしずっと僕が診ていた選手の治療効果が上がらない場合は、吉田さんに診てもらったり、逆に吉田さんが診ていた選手の治療効果が上がらなければ、僕が診たりして、それで効果が上がることもあります。
—— なぜ違いが出るんですか?
吉田さんと僕は同じ考え方で取り組んでいますが、それでも効果が出ない時に、違う角度から診ると効果が出たりします。
怪我の治癒は瞬間的なものではなくて、タイミングだと思います。僕が2回診て、3回目に良くなるかもしれませんし、ケアする手が変わることで効果が出ることもあります。吉田さんがよく言うことで「満足度を上げる」という言葉があります。治療効果はいきなり上がるものではないので、選手がケアを受けに来た時に、何を要望しているかをしっかりと捉えて、その要望に応えてあげると、選手は凄く満足して帰っていきます。
根本的には、治療効果が上がらなければ満足度は得られません。僕も経験がなかった時は、治療効果を上げられず、時間ばかり長くなっていましたね。当時、僕のケアを受けていた選手は「田代君は汗を流して30分もやってくれた」という満足を与えているだけでした。もし疲れている人の体を、1時間半かけて全身をマッサージすれば、きっと誰でも良くなったと感じると思います。
でもプロとして、チームとして何を求められているかと言えば、勝つことなんです。チームを勝たせるために吉田さんと僕がいるので、1人の選手に30分も時間をかけていたら、他の選手を診ることが出来なくなってしまいます。2人で50人近くいる選手を診なければいけないので、選手の要望を正確に理解し、あまり時間をかけることなく要望に応えて満足度を上げることが重要で、そうするとチーム全体のパフォーマンスが上がることに繋がります。
—— 具体的には、どんな役割分担をしているんですか?
トレーニングを終えて、処置室に来た選手から順にケアを行っていて、ベテランよりも若手選手が先に来ても、若手選手からケアを行います。ただ、試合にまだ出られていない1年目の選手が、ジョージ・スミスやフーリー・デュプレアよりも先に来たら「何考えてるんだ」って言いますけど(笑)、基本的には来た順にケアをしていきます。
その中で、吉田さんが、例えばジョージ・スミスを30分かけてケアすると言えば、僕はその間に3人の選手を短い時間で満足度を上げられるようにケアをするようにしています。何が一番良いかを考えて、ケアの仕方を変えているんです。逆に僕が時間をかけて、吉田さんが時間をかけずに複数の選手をケアすることもあるので、トレーナーとしてのチームワークも凄く良くなっていると思います。
他のチームでは、トレーナーを3人体制で行っているんですが、2名体制で行っているのは、たぶんサントリーだけだと思います。その分、学生トレーナーにサポートをしてもらっています。治療は2人でやっていますが、練習が19時に終わったとして、そこから長い時間マッサージをすることが、選手にとって良いかと言えば、違う時もあります。また、治療する選手が多くて、かなりの時間を待たなければいけない選手は、場合によっては帰宅して休んだ方が良いケースもあります。
—— リハビリをしない時もありますか?
リハビリがない時は、あまりありませんが、リハビリがない時は、僕もグラウンドに出て吉田さんと一緒に応急処置をしたりします。リハビリがない時は幸せですね。逆にリハビリが多いと大変です。ただ、そのことも吉田さんは考えてくれて、マネジメントしてくれています。吉田さんはいろいろな角度から考えられるところが凄いと思います。
◆コンディションを整えて良い仕事
—— 7年サンゴリアスに携わった中で、どの時期から成果が出てきたと感じるようになりましたか?
テーピングや鍼、マッサージなど、よく淳平さん(吉岡/前サンゴリアストレーナー)に怒られていました。その時には自分の中でちゃんと出来ていると思っていたんですが、今振り返ると、あの時に出来ていると思っていたことが恥ずかしく思う感覚があります。今も出来ていると思っているんですが、更に5年後に、今の自分を振り返ると、恥ずかしくなるかもしれません(笑)。
ケアをやらないでいると、感覚が鈍るんです。シーズンが終わって時間が経ち、選手の体を触っていない時間が続いているので、いま治療をしたら、しっくりこない感覚になると思います。だからトレーニングをしていると、僕自身のパフォーマンスも上がっていく感覚があります。コンディションを整えておかないと、良い治療が出来ません。
—— トレーナーとして、どういうトレーニングをしているんですか?
マッサージでは押す力が必要になるので、ベンチプレスなどでトレーニングをしています。ただ、体の前だけ鍛えるとバランスが悪くなるので、背中側も鍛えるようにしています。あと、自分の体の軸を、痛い箇所にぶつけていく感覚で治療を行っているので、体幹をしっかりと固めて力を入れていく感覚です。
吉田さんはこうした方が良いというように教えてはくれないので、吉田さんが治療をしている姿を見て真似したりします。吉田さんでは効果が出ない時に、吉田さんとは違う方法で治療をした方が良いんですが、どうしても似てきてしまいますね。淳平さんと一緒にやっていた時は、淳平さんと似た治療をしていたと思います。
治療には上手い下手はあまりなくて、トレーナー同士でお互いが自分の長所をどう活かすかだと思うので、いろいろな人と仕事をすると、自分の幅が広がっていくと思います。
—— トレーナーが脚光を浴びることはありませんね
トレーナーは自らが活躍するポジションじゃないんです。昨シーズンの日本選手権決勝前に、嫁に「応援に来る?」と行ったら、「何言ってるの?あなたは活躍しないでしょ?あなたが活躍するということは、選手が怪我をするということだから、あなたの応援はしない」と言われました(笑)。
以前、サンゴリアス大辞典の『アスレティックトレーナー』でも解説しましたが、一番良いトレーナーは、“試合で腕を組んでグランドを見ているだけで、チームが勝つ環境を作ること”だと思っています。そのためには選手のセルフケアもしっかりしなければいけませんし、トレーニングとケアのバランスを考えなければいけません。トレーニングが多くてケアが少なければ、選手は怪我をする可能性が大きくなります。そのバランスを考えるのは選手なんですけど、選手にそのことを考えさせることも大事です。選手がバランスを考えないまま、僕らが一生懸命ケアをしても、選手にとっても良くないと思います。
—— 選手にはどういう方法でバランスを考えさせているんですか?
僕の中で、“トレーナーは教育者であれ”という感覚があったんですが、サントリーに携わるようになって、小野澤さんやジョージ・グレーガン、ジョージ・スミスを教育するというのは、僕にはおこがましいですよね(笑)。そこで選手とぶつかって、上手くいかないこともたくさんありました。“トレーナーは教育者であれ”という感覚は、今でも持っているんですが、それが100%良いとは思わなくなりました。教育者である中で、それに見合う技術がなければ、選手にも良くないですし、僕にとっても良くないと思います。
若手選手に対して教育していく中で、教育しすぎては、選手に色が付き過ぎちゃうんです。選手がボールを持つことやパスを出すことは、選手自身に合った感覚があると思うんです。トレーニングとケアのバランスも感覚だと思うので、その感覚を伸ばしてあげたいと思います。教育って難しいんですが、そういう環境が出来ていたら、吉田さんに近づける気がします。
吉田さんはマネジメント能力や選手とのコミュニケーション能力が凄く高いんです。僕はキヨさん(田中澄憲)が現役の時に、何度もぶつかったことがありました。キヨさんは凄く真面目な方で、僕が考えたメニューをやらない訳ではなくて、僕の「このメニューをやれば絶対にパフォーマンスが上がるからやらせたい」という気持ちが強くなってしまい、そのメニューの効果を上手く伝えられず、キヨさんとぶつかってしまいました。その時に吉田さんに間に入ってもらって、3人で話したことが何度もありました。
僕はキヨさんを良くしたいがために、メニューを薦めていたんですが、吉田さんは言葉を使い分けて、選手の満足度を上げながら、取り組ませることが上手いんだと思います。その結果、キヨさんのパフォーマンスも上がったんです。
◆大号泣
—— 現時点で、トレーナーとしてのコツを掴んだと思う出来事はありましたか?
まだないですね。コツを掴んだと思ったら、そこで終わってしまうような気もします。これまでの7年間で一番印象に残っていることは、僕がサントリー1年目で、清宮監督(現ヤマハ発動機ジュビロ)の時だったんですが、2006-2007シーズンのトップリーグプレーオフ決勝の東芝戦で、最後にトライを取られて負けてしまったんです。その時に僕は大号泣したんですが、勝てなかったのには何か原因があったと思うんです。キープしていたボールを少し遅くしタッチに蹴って出していたら、勝っていたかもしれないんです。その時はタッチに出したけれど、ゲームは続き、13対14の1点差で逆転負けして、優勝出来ませんでした。
その時に、僕は自分を責めました。あまり経験のない僕が、チームに対してもっと何か出来ていれば、その少しの差を埋められていたのではないかと思いました。悔しくて、悔しくて、嗚咽するほど大号泣して、永山先生(正隆/チームドクター)に慰めてもらいました(笑)。その時に皆川さん(彰/元サンゴリアストレーナー)が「トレーナーが泣くな。悲しくても、嬉しくてもトレーナーは泣くな。常に冷静でいなければ、選手が不安に思う」と声をかけてくれたことが印象に残っています。
チームが負けてそういう気持ちになったのには、自分の中で自信がなかったからだと思います。エディーさん(ジョーンズ/前監督)が選手に対して「自信を持って」とよく声をかけていました。本当に心から自信を持つことって、経験を積まなければ出来ないことだと思います。トレーナーとしてのコツではないですが、経験を積むことで、自信になっていると思います。
—— 逆に、自分の働きでチームの成績が良くなったと感じることはありましたか?
成績が良くなったとは言えないかもしれませんが、自分のせいで負けなかったと思えるようになったのは、吉田さんと仕事をするようになってからです。アシスタントトレーナーだった時は、情報に違いがあってはいけないと考え、コーチともコミュニケーションを取ることが良くないと思っていましたし、勝ち負けを左右するとも思えていませんでした。ただ負けた時には、自分を責めていたんです(笑)。
淳平さんのもとで経験を積ませてもらい、吉田さんが自信をつけさせてくれたと思います。吉田さんが治療をした時に上手く効果が出ず、「タッシー(愛称)診てくれない?」と言われて僕が治療をしたら、効果が出たことがありました。今まではそういった経験がなかったんですが、そこで成功体験を得たことで自信を持つことが出来ました。フーリーはよく僕の治療を受けに来てくれます。
チーム以外でも、2012年の春に関東代表に、永友監督(キヤノンイーグルス監督)のもとでトレーナーとして呼んでもらい、永友監督が評価してくれて自信をつけさせてくれました。今は、「僕はチームに必要」という気持ちが少しずつ持てるようになってきました。
—— これまで嬉しかったことは何ですか?
チームが勝つことは嬉しいんですが、トレーナーとしてというよりは、いちスタッフとして嬉しかったので、難しいですね。チームに携わって嬉しいことはたくさんあるんですが、最高に嬉しいと思えるには、僕がヘッドトレーナーとしてチームに携わり、チームが優勝することだと思います。それを考えると、今はまだ最高に嬉しいと思えない状況だと思います。
サントリーには、石山さん(修盟)、皆川さん、甲谷さん(洋祐)、淳平さん、吉田さん、理学療法士だった山本さん(和宏)など、これまで偉大なトレーナーの方々がいて、僕の中で、その方々の思いを大切にしていきたいという思いがあります。
◆グラウンドに入れるのはラグビーだけ
—— ラグビーというスポーツは、非常に怪我をしやすいスポーツだと思いますが、トレーナーとしても先端を行っていなければ対応が難しいスポーツではないでしょうか?
先端という表現は難しいですが、例えば陸上の100m走は、コンマ何秒の世界で競っていて、少しでも違和感があれば、その違和感がなくならない限り結果に繋がらないんです。逆にラグビーは常に痛いスポーツなので、治療のテクニックとして、経験がなければ、自分のギアをどこに入れるかが難しいと思います。
僕はずっとラグビーを見ているので、他のどのスポーツのトレーナーになってもギアが切り替えられるというスキルはないと思います。ただ、ラグビーの場合は怪我が起きやすいので、怪我に対してどう対応するかという能力はあると思います。試合中にグラウンドに入れるのは、ラグビーだけですからね。
—— 他のトレーナーには負けないと言えるところは?
負けないという感覚を持っていると、ずっと治療をしていた選手をリリースする事が出来なくなると思います。だから負けないという感覚はあまり持っていません。そういう環境を作ってしまうと、僕がいなくなった時に、チームの一部分もなくなってしまうと思うんです。その中でも負けないと思える部分は、パッション(情熱)とか、サントリー愛になると思います。山本さんはもう帰っては来ませんが、僕がリハビリを診ている限り、僕のパッションの中には、どこにいても山本さんがいてくれるんです。
—— トレーナーとしての姿勢はどう考えていますか?
僕はまだ何も成し遂げてないですし、まだアシスタントトレーナーなのに、姿勢などを話したら、「何言ってるんだ」って怒られちゃいますよ(笑)。アシスタントトレーナーとしての心構えは、僕の中で『たのまれ事はためされ事』という好きな言葉があって、何か頼まれたことに対して、120%の仕事をするという心構えで仕事をしています。頼んだ人が「こんな事までしてくれたの?」と驚いてくれる仕事をしたいと思っています。僕が持っていなければいけないマインドを全て手帳にメモしているんです。
その言葉に出会った順番で書いているので、いろいろと書いているんですが、僕の中で一番は『たのまれ事はためされ事』ですね。朗さん(浅田)と話をする中で、教えてもらった言葉もあります。ただ365日を『たのまれ事はためされ事』で仕事をしていくと、僕が倒れてしまうと思います(笑)。吉田さんはその部分が上手くて、自分の仕事の成果を上げるために、他の仕事は端的に行うことを教えてくれます。その他、『多様性を常に考える』『自分のものさしを使っていく、作るを考える』『できない理由をいわない』『今やれることをやれ』『経過は己が為に、結果は他が為に』など、いつも読み返しています。あと柳谷さんという数学の教授の方が、「世界が良くなるための公式はありますか?」という質問に対して出した公式も書いています。この公式が何を表わしているかと言うと、全ての人が世界を良くしようと努力をしたら、全体的に良くなっていくことを表しているそうです。
—— 今の目標は何ですか?
ヘッドトレーナーになりたいとは思いますが、今は凄く充実していて、吉田さんと一緒に仕事が出来て、このまま時が流れて行けばいいのにと思うこともあります。
—— エディーさんがチームに残した文化でハードワークがあると思いますが、田代さんにとってハードワークとは?
ハードワークは個人の話で、ハードワークして自分が潰れたら意味がないので、ハードワークとチームワークが重要です。スタッフとしてコミュニケーションをしっかりと取って、1人1人が手を抜かずに仕事をする環境があると思います。あとは長期的なビジョンがあって、何をしなければいけないかが明確になっています。
—— 長期的なビジョンは何ですか?
メディカルとしても"アグレッシブ・アタッキング・ラグビー"をビジョンとしています。メディカルとして、アグレッシブ・アタッキング・ラグビーが出来るタフな選手を作らなければいけませんし、選手がどこかを痛めた時にプレーが出来るのか、出来ないのかを判断するスピードが求められます。チームが勝つことと選手を守ることの両方を考えなければいけないんです。プレーが出来ると判断して選手に怪我をさせてしまってもダメですし、プレーが出来るのに出来ないと判断して、その結果チームが負けてしまってもいけません。そのスキルはこれから磨いていかなければいけないところです。
—— トレーナーとしての喜びは何ですか?
ありきたりですが、怪我から復帰した選手が活躍することや、このメニューをやるとパフォーマンスが上がると教育したことを選手がやってくれていると嬉しいですね。選手の中でリカバリーの意識は高いんですが、たまに間違ったやり方でリカバリーをしている選手もいます。選手本人の中で満足感が高くてずっと続けていたことを、僕が言った方法に変えてくれたりすると凄く嬉しくなります。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]