2012年11月 7日
サンゴリアス ラグビー大辞典 #003『アスレティックトレーナー』
サンゴリアスやラグビーを語る上で、必ず出てくるラグビー用語やサンゴリアス用語。そんなワードをサンゴリアスのあの選手、あのスタッフならではの解説で分かり易く解説するコーナーです。
「アスレティックトレーナー」(解説:田代 智史 / トレーナー)
日本においては「アスレティックトレーナーとは?」という質問をいろいろなところでされて、それがひとつの演題になって皆が集まって話し合う場も出来ているぐらいですので、とても説明するのが難しい言葉です。
一説によるとアメリカのトレーナーのあり方がひとつの模範になっていて、そこではストレングスからフィットネス、アスレティックリハビリテーション、テーピングまで、諸々全てやります。日本ではエディーさん(日本代表ヘッドコーチ)がもともと始めたと聞いていますが、仕事が分化されています。お金があまりかけられない高校や大学などでは、すべてを1人でやるという形になっています。
サントリーのアスレティックトレーナーというのは、もともとテーピングと治療でした。僕が入った時は、リハビリにはPT(Physio Therapist=理学療法士)の山本さん(和宏/故人)がいたので、僕はマッサージとテーピングしかしていませんでした。治療に重きを置いて仕事をしているんですけれど、怪我は治療だけではなくて本人がやることをやらないと治らないので、そういうことをスタンダードにしたいなと思いながら、山本さんと一緒に仕事が出来るようになり、今は山本さんがいなくなってしまい僕がメインになったので、僕にとってアスレティックトレーナーの幅が広がりました。
PTの役割もあります。怪我をした初期のリハビリは“初期リハ”と言ってPTの仕事ですが、アスレティックリハビリテーションとコンディショニングを繋ぐのが僕の今の仕事という意味で、アスレティックトレーナーという役割もサントリーの中では少し変わりつつあると思います。アスレティックトレーナーの仕事のひとつに、チームの架け橋になるという仕事があるんです。それはどちらかと言うとトレーナーの僕よりもヘッドトレーナーの吉田さん(一郎)の仕事で、そこはチームの大きな軸になっています。
アスレティックトレーナーは今、テーピング、治療、アスレティックリハビリテーションの3つを軸に仕事しています。47選手を2人で見なければいけないので、1人5分だとしても3~4時間かかります。ですので、そこは上手くコミュニケーションを取りながら、必要なものはやるというスタイルです。
トレーナーの語源に「教育する」という言葉が入っているので、すべてを過保護にやってあげるというのは、トレーナーの仕事じゃないというのが根本にあります。例えばトレーニングを終えた後にアイスバスに入るかどうかとか、選手がセルフケアするのかどうかとか、コンディショニングにも関わってきます。
テーピング、治療、アスレティックリハビリテーションの3つに加えて、いま上手く回りかけているのが、プリベンションという予防トレーニングです。練習の前に選手個々が自分に合ったトレーニングを5分~10分やって、体を刺激してから練習することによって、良い形で練習に入ることが出来ますし怪我も減ります。怪我をした後、その選手がなぜ怪我をしたかということを、しっかり体の使い方を分析して、それに合ったショートプログラムを作るということにも取り組んでいます。
トレーナーというのは、立って腕を組んでいる、という姿でいることがいちばんだという感覚が、学生の頃からの僕のベースにあります。動き回ってテーピングしたりマッサージしたりいろいろなことをしているトレーナーがいるチームは弱いチームだと思います。プリベンションがちゃんと出来ていて本人がしっかりリカバリーをしていたら、治療をしなくて済むだろうという理想論です。でも僕はまだ動き回っていてダメなんですけれど(笑)、吉田さんはそれに近いと思います。少ない人数で47人を見ようと思ったら、そういうやり方がベストなんじゃないかなと思います。
PTは出来るだけサイエンス的な物の見方をします。それも必要なんですが吉田さんと僕はどちらかというと針灸師の感覚的なところで、触った感覚やその人の表情や雰囲気を感じて、1人1人を見るようにして47人に対しています。そうして精神的に落ちている選手がいた時には、ケースバイケースですが厳しくあたったりすることもあります。
手のかかる選手、かからない選手というのは、本人の性格によるところが大きい思います。ラグビーはタフに行かなければいけないのですが、そこに対しての痛みの評価の仕方で、センシティブな選手はプレー出来なくなってしまったり、パフォーマンスが落ちてしまったりします。同じ怪我でもいける選手といけない選手がいます。そこをどうコントロールするかがとても難しいですね。
会話の内容によって落ちていってしまう場合もあるし、会話の内容によって「大丈夫だ」と自信を持ってやる選手もいます。同じ怪我で同じ痛みでも、時期もあります。レギュラー争いをしている時、いま頑張らなきゃダメだろうという時でも、本人が分かっていないこともあるし、チームとして彼が頑張ってくれないと同じポジションで2人怪我して選手がいなくなってしまうとか、微妙なケースもあります。選手の怪我の状況のアウトプットの仕方も重要で、目に見えないところですので難しいですね。
試合で足をつっている選手のところへ行って、グッと伸ばしているトレーナーも他チームにはいますし、僕も以前はそうしていたこともありますが、今は「交替させましょう」とコーチに言うこともあります。なかなか上手くいかなくて、僕も伸ばしている時もありますけれど、理想はいつもそうありたいですね。
サントリーの選手で日本代表へ行って体のケアに対する環境が変わった時に、結果が出せない選手は作りたくないという思いがあります。置かれた環境が変化した時に、対応できる選手が本当に良い選手だと思うので、プロだろうが社員だろうが、自分が選んだ道の中で、どれだけ環境適応能力があるかどうか、そのためにプリベンションだったり自分のリカバリーがどれだけ出来るかというのが、ポイントだと思ってます。
ジョージ・グレーガン選手とジョージ・スミス選手。どちらも100キャップ以上持っている選手ですけれど、とても対照的です。グレーガンはいつも同じルーティンを持っていて、練習前には必ずこれをやって、チェックして、ここがちょっと張っているとなったら、僕らのところへ来て、こうしてくれと言います。スミスはグラウンドに入ってからの自分のウォーミングアップが決まっています。プリベンションという点ではグレーガンのような繊細さはなくて、スミスはタフですね。ここぞという時に年に何回かは来ますけれど、ほぼ治療はしません。グレーガンは毎日治療する感じでした。
つまり自覚を促して、やれと言ってもやらなかったからダメじゃないか、とは言えないんです。ベースとして結果を出していれば、良いんです。次に上手く行かなかった時に変えるのかどうかは分かりませんが、僕もひとつの道具ですので、それを選手がどう使うか、ですね。
「これが学生トレーナーのバイブルです。ベースはここに書いてありますが、国によっても違うし、持っている施設によっても、トレーナーの役割は全然変わってきます」