サマーフェスティバル2016 サントリー芸術財団

ザ・プロデューサー・シリーズ 板倉康明がひらく

The Producer Series ITAKURA YASUAKI ga HIRAKU

English

〈耳の愉しみ〉

「ザ・プロデューサー・シリーズ」は、年毎に代わるプロデューサーが、現代の名曲の数々や、音楽の枠におさまりきらないステージなど、多彩でチャレンジングな企画内容を発信するシリーズとして、2013年にスタートしました。本年は、指揮者・クラリネット奏者の板倉康明氏と指揮者・ギタリストの佐藤紀雄氏のふたりを迎え、それぞれの指揮によるオリジナリティ溢れるプログラムで各2夜(大ホール・ブルーローズ)の4公演をお楽しみいただきます。世界初演・日本初演も多数、豪華な出演者の挑戦にもご注目ください。

板倉康明

プロフィール

8/25(木)〈耳の愉しみ〉スバラシイ・演奏

19:00[開場18:30] ブルーローズ(小ホール)

ピエール・ブーレーズ(1925-2016):デリーヴ1(1984)

オリヴィエ・メシアン(1908-92):7つの俳諧*(1962)

ベネト・カサブランカス(1956-):6つの解釈 ―セース・ノーテボームのテクストによせて(2010)日本初演

ジェルジ・リゲティ(1923-2006):ヴァイオリン協奏曲**(1992)

  • 指揮:板倉康明
  • ヴァイオリン:神尾真由子**
  • ピアノ:藤原亜美*
  • 東京シンフォニエッタ
  • 神尾真由子
  • 藤原亜美
  • 東京シンフォニエッタ

入場料:[自由席]一般 3,000円/学生 1,000円

セット券

「板倉康明がひらく」2公演セット券[8月25日&29日(S席)]5,000円〈限定50セット〉

※東京コンサーツ(03-3200-9755)のみ取り扱い。(5月10日発売)

※東京コンサーツ(03-3200-9755)のみ取り扱い。(5月10日発売)

8/29(月)〈耳の愉しみ〉ウツクシイ・音楽

19:00[開場18:30] 大ホール

座席表PDF(3MB)

ブルーノ・マントヴァーニ(1974-):衝突(2016)世界初演 サントリー芸術財団委嘱

ゲオルク・ハース(1953-):ダーク・ドリームズ(2013)日本初演

マグヌス・リンドベルイ(1958-):ピアノ協奏曲第2番*(2011-12)

クロード・ドビュッシー(1862-1918):海 (1905)

  • 指揮:板倉康明
  • ピアノ:小菅 優*
  • 管弦楽:東京都交響楽団
  • ブルーノ・マントヴァーニ
  • 小菅 優
  • 東京都交響楽団

入場料:[指定席]S席 4,000円/A席 3,000円/B席 2,000円/学生席 1,000円

「板倉康明がひらく」2公演セット券[8月25日&29日(S席)] 5,000円〈限定50セット〉

※東京コンサーツ(03-3200-9755)のみ取り扱い。(5月10日発売)

※東京コンサーツ(03-3200-9755)のみ取り扱い。(5月10日発売)

プロデューサーに聞く

板倉康明

――まず「耳の愉しみ」と題されたコンセプトからお話しください。

ドビュッシーに「聴くだけで充分だ Il suffit d’entendre」という言葉があります。今回のプログラム・コンセプトはまさにそれです。「ウツクシイ・音楽」「スバラシイ・演奏」を五感で体験して、言葉や理屈を超えて愉しんでいただきたいと思います。

サントリーホールがいかにすばらしい音響のホールか、ここであらためて申し上げるまでもなく、すでに皆さん充分にご存じでしょう。それでもなお、これらの曲たちが響くことによって、これまで聴かれたことのないようなサントリーホールの響きの魅力を新たにされると信じています。また通常大ホールで演奏されることの多いリゲティの協奏曲をブルーローズで聴いていただくことによって、緻密な演奏、繊細な音色を、より身近に感じ取っていただけると思います。

プログラムを組むにあたって、まずサントリーの企業メッセージを研究しました。音楽家が社会の一部であるとしたら、当然考えるべきことだと思いますから。「水と生きる」サントリー、「人と自然と響きあう」――この理念を音楽的と感じ、それがプログラミングの出発点となっています。「水」の作曲家といえばドビュッシー、「自然」といえばメシアン。《牧神の午後への前奏曲》を聴いて音楽家になろうと決意した私にとって、いずれも自分の音楽的ルーツになる作曲家です。ドビュッシーの《海》は、2月にボルドーのオーケストラと演奏したうえでのぞむことになり、どのような変化が起きるか、自分でも楽しみにしています。

――「ウツクシイ・音楽」8/29公演には、マントヴァーニの委嘱新作が初演されます。

マントヴァーニは史上最年少でパリ音楽院の院長に就任した才人で、世界から引く手あまたの作曲家です。友人として今回委嘱を引き受けてくれたことはとても嬉しく、どういう曲を書いてくれるか、新作を楽しみにしています。

8月29日の「ウツクシイ・音楽」で演奏する3人の作曲家――マントヴァーニ、ハース、リンドベルイに共通するのは、スコアを見るたびに驚かされるその斬新な発想です。ハース《ダーク・ドリームズ》は、ベルリン・フィルとカーネギーホールからの委嘱で作曲され、サイモン・ラトル&ベルリン・フィルによって初演された話題作。リンドベルイの《ピアノ協奏曲第2番》は、ニューヨーク・フィル、アムステルダム・コンセルトヘボウ管とエーテボリ響による共同委嘱で、アラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィル、イェフィム・ブロンフマンのピアノで初演されています。このように世界中から委嘱を受け続けていること、今回はその秘密に迫りたいと思います。幸いなことに、3人とも個人的に知っているので、現代音楽の最大の利点、この作品をどのような人が書いたか?と言う事を生かしながら、楽譜を読み込んで演奏して行こうと思います。

今回プログラムを組む間に、ブーレーズの訃報に接しました。8月25日の「スバラシイ・音楽」 は、ブーレーズ追悼の想いを込め、2008年に東京シンフォニエッタがパリのシテ・ドゥ・ラ・ミュジークで演奏し、好評を得た《デリーヴ1》でプログラムをスタートします。

――プロデューサー板倉康明が「ひらく」ものとはなんでしょう?

板倉康明

日本人の音楽家として、どのように西洋の音楽文化と関わるべきか――古くから考えられてきた命題ですが、今回の作品、演奏を通して、あらためて問いかけたいと思います。

約40年前、東京藝大に入ったとき、一体自分は「西洋音楽を翻訳」して演奏すべきなのか、「自分のものとして」演奏すべきなのか、わからなくなって、いろいろな先生に伺ったり本を読んだりして考えていました。そんな時、アンリエット・ピュイグ=ロジェ先生が「西洋の音楽が美しい、好きだと思っているあなたがそこにいるのだから、国や民族を超越した“個”として、あなたの感性で受け止めて演奏していけばよい」と言ってくださった。それで少し道が開けたような気がしましたが、その後フランスで勉強すればするほど、ますます難しく、わからなくなりました。

音楽は文化の一部で、言葉と切り離すことができない存在であるのは言うまでもなく、日本語を母国語とする日本人にとって西洋音楽は、どこまでいっても母国語には成り得ない。本来の自分の文化ではないのです。どんなに熱心に勉強しても、言葉、特に外国語は学べば学ぶほど難しく、音楽も勉強すれば勉強するほど難しくなって行くことは同じです。母国語であれば、その困難さは内省と直結し、自己の深奥に向かっていくだけですが。もちろんそれも重要かつ解決できない常在の問題です。そのような中で、日本人が西洋音楽を演奏する、すなわち異なる文化と対峙するためには、謙虚に作品に向きあい、分析的にアプローチすることこそ、自分の姿勢と心がけてきました。また、演奏という行為は、それまでなされた演奏に対して、自分はこう見るのだと言う一種の肯定的な批判ですから、海外で演奏するときも、日本語を母国語とする、日本の音楽家として自分はこの作品をこう読む。あなた方にはどう届きますか?という発信をしてきました。

そうした課題をずっと追い求めてきた自分にとって、若い世代のすばらしい能力をもつ演奏家との出会いは心強く、嬉しいものです。今回、世界的なソリストのお2人、神尾真由子さん、小菅優さんと共演できるのをとても楽しみにしています。日本人音楽家による日本の素晴らしいホールからの発信を、ぜひ皆さんの感性で受けとめていただければと思います。

それらの事すべてを忘れて、2回の音楽会を楽しんでいただければと思っています。
「聴くだけで充分だ Il suffit d’entendre」

出演者からのメッセージ

神尾真由子

この度は、リゲティのヴァイオリン協奏曲を演奏することになり、とてもエキサイティングな気持ちでいます。現代音楽と呼ぶには既にポピュラーすぎるほど大物のリゲティですが、私自身は初めての演奏になります。技術的にもかなり非日常的なものを要求されることもあり、響きもまさに異空間。

私がヴァイオリンを始めた頃は、ベルクやシェーンベルクも現代曲のように捉えられていたように思います。まずモーツァルトや練習曲を勉強しなければいけない身には、「現代曲」はなんだかとてもクールで憧れがありました。初めて細川俊夫さんの作品を演奏した時には、普段の枷から解き放たれたかのような喜びがありました。音楽の意図を表現するのに「いつも」のヴィブラートや右手のコントロールが必要ではなかったからです。それ以来、私は主にアメリカで日本人作曲家の作品を演奏しています。

現代音楽は常識を破り、塗り替え続ける存在だと思います。音楽の概念を覆すかのような響きが次々と生まれていく。それは美しくはないかもしれない。でもそれがアートだと思うのです。このような機会をいただけたことに感謝しつつ、日本でこのようなシリーズが続いていくように願っています。

神尾真由子(25日出演 ヴァイオリン)

小菅 優

この度は、リントベルイのコンチェルトを演奏するという新しいチャレンジを迎えてとてもわくわくしています。今まで現代作品は積極的に取り上げてきましたが、特に他のクラシックの作曲家と異なるアプローチはしていません。楽譜を読み、分析していくと、作品からその独自の世界やメッセージが浮かんできます。

現代曲からは今までになかったようなピアノの音の響きが聞こえたり、楽器の限界を試されているように感じることもありますが、リントベルイの作品からは、やはり作曲者がピアニストでもあることがわかるようなピアノに適したヴィルトゥオーゾなパッセージやハーモニーの響きが伝わってきます。また、宇宙的な空間や響きは、オーケストラとの一体感を感じます。そこには力強い地響きがするような音から、繊細で神秘的な音まで幅広い音色の世界があります。全楽章で一つのストーリーが綴られ、時にはオーケストラの中の楽器との対話もあり、まるで一つの映画を見るような体験ができると思います。

音楽の新しい世界を皆様に伝えられることを、心より楽しみにしています。

小菅 優(29日出演 ピアノ)

作品の聴きどころ 8/25 ブルーローズ

プロデューサーが語る「スバラシイ・演奏」8/25プログラム

■ブーレーズ(1925-2016):デリーヴ1(1984)

ピエール・ブーレーズ追悼の思いを込めて、1984年に作曲された《デリーヴ1》でプログラムを始めます。東京シンフォニエッタが2008年にパリのシテ・ドゥ・ラ・ミュジークで演奏して評価をいただいた作品で、そのときの録音は、現在もシテ・ドゥ・ラ・ミュジークのアーカイヴに収められています。

ブーレーズはパリ音楽院ではメシアンの和声のクラスに学び、一等賞をとっています。これがパリ音楽院における唯一のいわゆる賞です。前衛作曲家、ブーレーズがこのような経歴だと言う事に注目し、外国人である私が、フランス語の語感に基づく和声の感覚を見つけ出そうとするのはたいへんな作業でしたが、分析的に楽譜を読み解き、それをやや前面に出した演奏をしたことを思い出します。あれから数年の時を経て、新たに取り組む《デリーヴ1》を、ぜひ楽しんでいただければと思います。何度もお話しする機会がありましたが、大変人間味あふれる方だったことを思い出しながら演奏したいと思います。

■メシアン(1908-92):7つの俳諧(1962)

「スバラシイ・演奏」プログラムでは、日本と関係の深い作曲家をラインナップしましたが、なかでも日本を題材としたのがこの《7つの俳諧》です。メシアンは日本の自然をこよなく愛しました。彼の周囲にも日本人が多く、日本についての理解は深かったと思います。私がパリ音楽院在学中に、作曲科の演奏会を良く聞きに来られ、学生たちが演奏者より緊張していたのが強烈な印象です。直接お話ししたことは無いものの、頻繁にお見かけし、お話しなさっているのを聞いていたためか、過去の作曲家と言う感じはしません。

「奈良公園と石灯籠」「山中湖―カデンツァ」「雅楽」「宮島と海中の鳥居」「軽井沢の鳥たち」――メシアンが切り取った日本の美、自然の美をお楽しみください。

■カサブランカス(1956-):6つの解釈 ―セース・ノーテボームのテクストによせて(2010)

ベネト・カサブランカスは1956年生まれのカタロニアの作曲家。数年前に初めて楽譜を見て、「こんなに書ける作曲家がいたとは」と興味を持って調べるようになりました。「怪談」をもとにした作品もあり、日本との縁も感じます。彼は「クラシカル」と評されることもある作曲家ですが、その技術、耳は素晴らしいものだと思っています。世界各地で演奏される機会の多い作曲家です。

この作品は、オランダの作家セース・ノーテボームのベストセラー『サンティアゴへの道』からテクストがとられています。プログラム・ノートには、「6つの楽章に先だってテクストを朗読してもよいし、朗読なしの器楽作品として演奏してもよい」と書かれています。今回は、私が日本語で朗読したいと考えています。

■リゲティ(1923-2006):ヴァイオリン協奏曲(1992)

現代音楽ファンにはお馴染みの名曲に、日本を代表する世界的なソリスト、神尾真由子さんがチャレンジしてくださいます。また、大ホールで演奏されることの多いこの曲をブルーローズで聴いていただくことで、精緻に書かれた音楽の隅々まで味わっていただけると思います。もちろんソロには大変高度な技術的要求がなされていますが、オーケストラにもいわゆる自然倍音から派生する音構造が使われ、通常の平均律ではない、違和感のある音が聞こえてきて、リズムの複雑さと相まって、重層的、独特な世界を作り上げています。

作品の聴きどころ 8/29 大ホール

プロデューサーが語る「ウツクシイ・音楽」8/29プログラム

■マントヴァーニ(1974-):衝突 (2016)

ブルーノ・マントヴァーニは1974年生まれの作曲家、指揮者であり、2010年に史上最年少でパリ音楽院院長に就任した才人です。パリ音楽院のホームページにアップされた彼のプロフィールには、1993〜2000年の在学中、彼が5度「一等賞」を受けたことが記されています。

最近特に親しい友人の一人で、東京シンフォニエッタでも2009年に《ストリーツ》(07年作曲)を日本初演しています。

彼の音楽はとにかく、あふれ出る才能が音となって生きてくるという事です。どのような事かというと、彼の素敵な人柄が、音符に乗り移り、それが実際に音として響いてきて私たちの心を捕えます。  世界からひく手あまたのマントヴァーニが、今回委嘱新作を引き受けてくれてたいへん嬉しく思っているのはもちろん、先日、少しだけ見せてくれたスコアの冒頭から魅力的で、全曲のスコアが届くのを待ちわびているところです。

■ハース(1953-):ダーク・ドリームズ(2013)

ゲオルク・フリードリヒ・ハースの《ダーク・ドリームズ》は、ベルリン・フィルとカーネギーホールの委嘱により、2013年11月ニューヨークで作曲され、翌14年2月、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルによって初演された作品です。初演に続いて、ハンブルク、ブリュッセル、ルクセンブルク、ケルン、ウィーンでも演奏されました。オーストリアの作曲家であるハースは13年9月からコロンビア大学の教授を務めており、この作曲クラスで出会った生徒からの刺激がこの作曲に影響を及ぼしたことをハース自身インタビューで語っています。彼がニューヨークで初めて書いたオーケストラ作品となります。

出版社の計らいで、私もカーネギーホールの初演の際、リハーサルから聞くことができ、サイモン・ラトルに直接いくつかの疑問点を確認することができました。

作曲者によると、なにか特定のdark dreamsと関連があるわけではなく、タイトルは音楽の内容とは無関係であるとのこと。スペクトル楽派の流れをくむハースの技法が駆使された作品で、加えてベルリン・フィルの優れた奏者たちを意識しつつ作曲したことをハース自身インタビューで語っています。曲の終盤、音楽が突然リリカルになり、コントラファゴットのソロが現れます。ここも聴きどころのポイントですので、楽しみにしていてください。さらに付け加えると、夏のサントリーホールは特に空気がからっとしていて微分音がきれいに響きます。まさにサマーフェスティバルにふさわしいこの作品の音響を体感していただければと思います。

■リンドベルイ(1958-):ピアノ協奏曲第2番(2011-12)

この曲もハース同様、「聴くだけで充分だIl suffit d’entendre」というドビュッシーの言葉どおり、聴いていただけばその魅力をわかっていただけると信じています。独奏パートの超絶技巧はもちろん、力強くドラマティックで、かつ抒情的な魅力あふれる音楽です。「こういう曲があるよ」と教えてもらってスコアを送ってもらい、これはなんとしても演奏したい!と思っていました。今回リンドベルイに初挑戦してくださる世界的ソリスト小菅優さんを迎えて演奏できることが非常に楽しみです。

マグヌス・リンドベルイは、カイヤ・サーリアホやエサ=ペッカ・サロネンと同世代のフィンランドの作曲家で、サロネンとともに「トイミー・アンサンブル」を結成し、パリではグリゼーらに学びました。リンドベルイ自身、優れたピアニストで、このピアノ協奏曲のノートにも「私にとってピアノのために作曲する事は、直接的な身体的行為となっている。」と述べています。

ニューヨーク・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管とエーテボリ響の共同委嘱により2010〜12年に作曲。12年5月、ニューヨークにて、アラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィル、イェフィム・ブロンフマンの独奏で初演され、日本では同じ演奏家により14年2月に演奏されました。今回が日本での2度目の演奏となります。

現代音楽アレルギーの方にもぜひ聴いていただきたい、聴き逃してはもったいない「ウツクシイ」曲です。そして、この曲、また素晴らしいソリスト、小菅優さんとの出会いのなかで、音響空間としてのサントリーホールの新しい魅力を発見していただけると信じています。

■ドビュッシー(1862-1918):海(1905)

《牧神の午後への前奏曲》を聴いて音楽家になろうと決意した私にとって、ドビュッシーは音楽的ルーツとなる作曲家です。

《海》の初版楽譜の表紙が、葛飾北斎の「冨嶽三十六景―神奈川沖波裏」をもとにしていることをご存じの方も多いことでしょう。ドビュッシーの時代、フランスではジャポニスムが流行していました。日本では、夏目漱石(1867〜1916)がドビュッシー(1862〜1918)とほぼ同時代で、英国留学後、東大で「十八世紀英文学」をテーマに講義を行なったのが明治36(1903)年〜38(1905)年。それがのちに『文学評論』として出版されるわけですが、《海》が1903〜05年作曲、05年初演ですから、まさに同じ時期に日本で英文学の分析的な講義が行なわれていたことに因縁を感じます。漱石が分析的なアプローチをとったのは、英国の文化に敬意を表してのことでしょう。私たちも時代が変わろうと、出発点に立ち返り、西洋音楽を無批判に「自分の文化」と思うことなく、謙虚に作品に向きあって分析的にアプローチするべきだと思っています。

今年、2016年2月に国立ボルドー=アキテーヌ交響楽団の定期で《海》を指揮しました。その際に様々な経験をしましたが、現地の批評で「海の種々相が視覚的に想起される」と書かれました。

そして8月、東京であらためてのぞむ《海》。どのような変化が起きるか、自分でも楽しみにしています。

プロフィール

板倉康明

東京藝術大学音楽学部卒業。フランス政府給費留学生として渡仏し、パリ国立高等音楽院を卒業。故アンリエット・ピュイグ=ロジェ氏から深い薫陶を受け、現在の多彩な演奏活動の礎を築いた。
クラリネット奏者として東京都交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団等と共演。
1996年横浜の第三回神奈川芸術フェスティバルで西村朗作品により指揮デビュー。以後、現代作品を中心に、国内外の演奏団体と活発な指揮活動を行っている。これまでに、サントリー芸術財団サマーフェスティバル、サイトウ・キネン・フェスティバル松本、オーケストラアンサンブル金沢定期公演、プレゾンス音楽祭(フランス)、ミュージック・フロム・ジャパン(ニューヨーク)、現代音楽アスペクト(カーン フランス)等、国内外の音楽祭に招聘されている。
指揮者としてのレパートリーは広範囲に渡り、特に世界初演を含む内外の現代作品の演奏には各方面から高い評価を得ている。
2001年より東京シンフォニエッタ音楽監督。
日本音楽コンクール委員会特別賞、第18回中島健蔵音楽賞を受賞。国立音楽大学客員教授。

8/25(木)作曲家

ピエール・ブーレーズ
Pierre Boulez(1925-2016)

フランスの作曲家、指揮者。メシアンやレイボヴィッツらに師事。1977年にIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)を設立し、91年まで所長を務めた。創作は、新ウィーン楽派やメシアンの流れをくむトータル・セリエリズムの探究や、《レポン》(1981-84/85)をはじめとする「ワーク・イン・プログレス(制作中の作品)」のような過去の作品の再構築に特徴付けられる。指揮者としては、BBC響で首席指揮者、ニューヨーク・フィルで音楽監督を務めたほか、バイロイト音楽祭での活躍も知られている。ダルムシュタット国際夏季講習やルツェルン音楽祭アカデミーでも中心的な役割を果たし、戦後の西洋音楽を牽引し続けた。

[小林幸子]

オリヴィエ・メシアン
Olivier Messiaen(1908-92)

フランスの作曲家、オルガニスト。アヴィニョンに生まれる。11歳で入学したパリ音楽院では非常に優秀な成績を収め、卒業後、パリ・トリニテ教会の首席オルガニストに就任。第二次大戦中に捕虜として収監されたシュレジェンの収容所内では、《世の終わりのための四重奏曲》(1940-41)を作曲、初演された。解放後はパリ音楽院をはじめ国内外で教鞭を執り、弟子にはブーレーズやシュトックハウゼンが名を連ねる。すでに初期の段階からリズムや音色、和声などの諸要素に独自性を見せており、その集大成とも言える代表作《トゥランガリラ交響曲》(1946-48)を経て、トータル・セリエリズムや鳥の歌の探究へと関心を深めていった。第1回京都賞受賞。

[小林幸子]

ベネト・カサブランカス
Benet Casablancas(1956-)

スペインに生まれる。ウィーンでフリードリヒ・ツェルハとカール・ハインツ・フュッスルに師事、バルセロナで哲学と音楽学(Ph.D)を修める。国内外の教育機関で指導を行うほか、2002年よりリセウ高等音楽院のディレクターを務め、数々の学術的な論考も発表している。構造の厳密さ、強い表現力、ドラマ的な性格といった要素へのこだわりが特に評価されており、作品はロンドン・フィルやドイツ・カンマー・フィル、東京シンフォニエッタ、アンサンブル・ノマドなど、世界中の団体に演奏されている。2013年にはバルセロナ響初のコンポーザー・イン・レジデンスに就任し、同年、スペイン政府より音楽賞を授与された。

[小林幸子]

ジェルジ・リゲティ
György Ligeti(1923-2006)

ルーマニアのトランシルヴァニア地方の町トゥルナヴェニに生まれる。亡命前は、東欧の民謡編曲作品を数多く作曲。1956年のハンガリー動乱を機に亡命し、電子音楽の創作に取り組んだ後、無数の半音が積み重ねられるトーン・クラスター作品《アパリシオン》(1958-59)や《アトモスフェール》(1961)、100台のメトロノームが一斉に鳴らされる実験的作品《ポエム・サンフォニック》(1962)を発表し、熱狂を呼んだ。70年代には、アンチ・アンチ・オペラの異名を取る《ル・グラン・マカーブル》(1974-77/97)、80年代には、晩年の大作《ピアノ練習曲集》(1985-2001)を作曲し、話題をさらった。

[奥村京子]

8/29(月)作曲家

ブルーノ・マントヴァーニ
Bruno Mantovani(1974-)

フランスの新進気鋭の作曲家。パリ国立高等音楽院を卒業後、IRCAMに在籍。2001年にSacemよりジョルジュ・エネスコ賞を、2005年にアンドレ・カプレ賞を、2007年にフォルベルク・シュナイダー財団よりベルモント賞を受賞するなど数々の受賞歴をもつ。2004年にはヴィラ・メディチの在ローマ・フランス・アカデミー留学生に選出されている。2010年よりパリ国立高等音楽院長に就任(史上最年少)。楽器の鳴りを存分に活かしつつ、奏者の身体的な欲求も汲み取った迫力ある音楽作りが特徴で、ゆえに聴覚的な快楽度も高く、どの作品にも確かなクライマックスが存在する。振付家や映画作家とのコラボレーション作品も多数。

[池原 舞]

ゲオルク・ハース
Georg Friedrich Haas(1953-)

オーストリア、グラーツ生まれ。同地でゲスタ・ノイヴィルトとイヴァン・エレトに、ウィーンでフリードリヒ・ツェルハに師事。1980年、88年、90年のダルムシュタット国際夏季講習に参加、2004年には講師として招聘。2011年にルツェルン音楽祭のコンポーザー・イン・レジデンス。2005年から2013年までバーゼルのムジークアカデミーで、2013年からはコロンビア大学で教鞭を取っている。平均律による音の響きに限界を感じたと自身が述べているように、微分音を使用した作品が多い。スペクトル楽派第二世代の作曲家として位置付けられる。とくに大編成の作品では、ミクロ・ポリフォニーの手法を用いた精緻な譜面が印象的。

[池原 舞]

マグヌス・リンドベルイ
Magnus Lindberg(1958-)

フィンランド、ヘルシンキ生まれの作曲家、ピアニスト。シベリウス音楽院でヘイニネンとラウタヴァーラ、シエナでドナトーニ、ダルムシュタットでラッヘンマンとファーニホウ、パリでグロボカールとグリゼイに師事。1980年にはサロネンと共に実験的なアンサンブルToimiiを設立する。当時は実験主義や複雑性、原始主義への志向が見られ、中でも《クラフト》(1983-85)は高い評価を受けたが、その後は古典回帰の傾向を見せる。特にオーケストラ作品に定評があり、様々な協奏曲を作曲している。2003年にシベリウス賞(フィンランド)を受賞。これまでに、ニューヨーク・フィルやロンドン・フィルでコンポーザー・イン・レジデンスを務めている。

[小林幸子]

クロード・ドビュッシー
Claude Debussy(1862-1918)

パリ国立高等音楽院のピアノ・クラスに入学するが花開かず。作曲クラスでは規則を逸脱した独特の和声書法によって教師らの反感を買うも、3回目のローマ大賞挑戦で、ヴィラ・メディチの在ローマ・フランス・アカデミー留学生に選出されることとなる。留学後は、伝統様式と自由で新しいスタイルとの狭間で揺れながら、パリで自らの語法を打ち立てていく。マラルメら象徴派詩人によるグラフィックな文学の在り方や、モネに代表される印象主義絵画での筆触分割の手法など、他の芸術分野からの影響も大きく受ける。こうして、半音階進行や並行和音、教会旋法の使用などを通じ、それによって生まれ出た浮遊性のある脱志向的な音楽構造を獲得。のちに音楽学者ポール・グリフィスが「シェーンベルクの和声、ストラヴィンスキーのリズム、ドビュッシーの形式」と評するように、とりわけ形式構造改革の点で20世紀初頭の音楽史における文法変革の要石となった。

[池原 舞]

8/25(木)出演者

神尾真由子

神尾真由子(ヴァイオリン)

4歳よりヴァイオリンをはじめる。2001年にニューヨークデビューを果たし、ニューヨーク・タイムズ紙で「輝くばかりの才能」と絶賛される。2007年に第13回チャイコフスキー国際コンクールで優勝し、世界中の注目を浴びた。これまで、チューリッヒ・トーンハレ管、ミュンヘン・フィル、BBC響、ベルリン・ドイツ響、ラハティ響などと共演。指揮者では、Z.メータ、C.デュトワ、V.アシュケナージ、J.ビェロフラーヴェク、I.フィッシャー、T.ソヒエフ、O.カムなどと共演。レコーディングではRCA Red Sealレーベルより最新CD『VIOLIN ENCORES』を含む5枚をリリース。

藤原亜美

藤原亜美(ピアノ)

東京藝術大学、並びにパリ国立高等音楽院卒業。第3回オルレアン20世紀音楽国際ピアノコンクール第1位受賞。現在東京を拠点に各地でソロ、室内楽の分野において活動中。数多くの日本初演に携わる。東京シンフォニエッタメンバー。東京音楽大学、日大芸術学部講師。ソロCDを含む録音を多数リリース。第49回、51回レコード・アカデミー賞(現代音楽部門)受賞。

東京シンフォニエッタ

東京シンフォニエッタ

1994年に設立、現在活動している作曲家たちの創作と直接関わり、同時代の音楽を優れた演奏によって紹介することを目的とする。東京での定期公演や国内の各種音楽祭への参加の他、96年の仏・独公演を皮切りに世界の主要な現代音楽祭にも出演。2012年にはラジオ・フランスより2回目の招聘を受け、公演の放送を通じ国籍も美学も異なる作品を紹介した。これまでに140名以上の現代の作曲家による作品を取り上げ、世代が異なる16名の作曲家へ新曲を委嘱し、世界・日本初演を行っている。
10年「第28回定期演奏会-湯浅譲二特集」が第10回佐治敬三賞を、13年CD『東京シンフォニエッタ・プレイズ西村朗‐2/天女散花』がレコード・アカデミー賞現代曲部門を、15年第84回日本音楽コンクール委員会特別賞を受賞。

8/29(月)出演者

小菅 優

小菅 優(ピアノ)

2005年カーネギー・ホールで、翌06年にはザルツブルク音楽祭でそれぞれリサイタル・デビュー。ドミトリエフ、デュトワ、小澤等の指揮でベルリン響等と共演。10年ザルツブルク音楽祭でポゴレリッチの代役として出演。その後も世界的な活躍を続ける。現在は様々なベートーヴェンのピアノ付き作品を徐々に取り上げる新企画「ベートーヴェン詣」に取り組む。14年第64回芸術選奨音楽部門 文部科学大臣新人賞受賞。今秋ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集完結記念ボックスセットをリリース、東京ほか各地でリサイタルを予定。

東京都交響楽団

東京都交響楽団

東京オリンピックの記念文化事業として1965年東京都が設立(略称:都響)。2015年に創立50周年を迎え、現在、大野和士が音楽監督、小泉和裕が終身名誉指揮者、エリアフ・インバルが桂冠指揮者、ヤクブ・フルシャが首席客演指揮者を務める。定期演奏会などを中心に、小中学生への音楽鑑賞教室、多摩・島しょ地域での訪問演奏や福祉施設での出張演奏など、多彩な活動を展開。《首都東京の音楽大使》として、これまで欧米やアジアで公演を成功させ、国際的な評価を得ている。2015年11月にはベルリン、ウィーンなど5ヶ国6都市をめぐるヨーロッパ・ツアー(指揮/音楽監督・大野和士)を行い、各地で熱烈な喝采を浴びた。
公式ウェブサイト:www.tmso.or.jp