珠玉のリキュールは世に多かれど、製造最終過程において、モーツァルトの曲を聴かせ熟成させる優雅なリキュールはそうはあるまい。そうして息を吹き込まれた優美なチョコレート・リキュールは、クラシック音楽界の巨匠・モーツァルトの生誕地・ザルツブルクで生産されていることから、「モーツァルト」と名付けられた。2010年にはサンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティションで最優秀金賞を受賞している逸品である。
2月12日(日)、街中がバレンタイン色に染まる中、汐留のパークホテル東京にて、このチョコレート・リキュールをテーマとした「カクテル・ユニバシティー」が開催された。この夜、講師を務めたメインバー「バルアヴァン」のカクテルデザイナー鈴木隆行氏と渋谷「バー石の華」のオーナーバーテンダー石垣忍氏が、「モーツァルト」を操り、競うようにカクテルの華を咲かせた。
パークホテル東京のロビー階に入ると、9階分ある吹き抜けのフロアに「モーツァルト」の魅惑的な甘い香りが溢れている。会場を彩る曲は、もちろん、モーツァルト。交響曲第40番ト短調KV.550やセレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」などが流れる中、「セミナー」の席に着く。かろやかな曲と甘い香りは、ゴージャスでありながら清廉な午後のティーパーティーを彷彿させる。
来場者は女性ばかりで女子会のよう…と思いきや、カクテル・ユニバシティーならではの「カクテルの祭典」目当ての男性グループ、バレンタイン直前ならではのカップルなども多く、バラエティに富んだゲストが集まった。
17時のセミナー開始とともに鈴木、石垣両氏が登壇。まずは鈴木氏より「このカクテル・ユニバシティーも8回目を迎えます。今回が初めての方もいらっしゃれば、皆勤賞の方もいらっしゃり、ありがたい限りです」と感謝を交えたトークからスタートする。
続いて、石垣氏より本日のテーマであるリキュール「モーツァルト」についての解説が施される。「チョコレートの歴史は、紀元前1400年から1100年ごろ、現在のホンジェラス辺りが起源とされています。当時、マヤ族がカカオを焙煎、粉末にし、湯を入れ、薬として呑んでいたのがチョコレート。カカオは稀少性が高く、今でこそ、チョコはコンビニなどで手軽に手に入れられますが、アステカ族はカカオを通貨として使っていたほどです。カカオには、中米原産のクリオロ種、西アフリカ原産のフォラステロ種、そしてこの2種の混合種であるインドネシア原産のトリニタリオ種の3品種があります。こんな基礎知識を基に、今日は『モーツァルト』について解説して行きましょう。なにしろ、この『モーツァルト』、最後の熟成期間にモーツァルトを聴かせている、世界唯一のリキュールかと思われます」。
実際「モーツァルト」の製造元では、音楽の高周波が製造工程において最適な状況を作り出す結果を長年の研究より導き出した。その為、現在、最終熟成工程において、特製のラウドスピーカーでモーツァルトの「弦楽四重奏曲 KV.155」を2晩にわたって聴かせている。
「我々バーテンダーは、酒を混ぜる仕事なのですが、どういう思考回路で進めているか理解頂く為、今日はチョコレート・リキュールに合う品を用意しました」と今度は、鈴木氏がこの日のマリアージュについて説く。
「モーツァルト」は、ビターチョコレート・リキュール(ブラック)、ホワイトチョコレート・リキュール(ホワイト)、そしてミルクを加えたチョコレートクリーム・リキュール(ゴールド)の3種類があり、ゲストのテーブル上には、それぞれのモーツァルトの注がれた3つのグラスが置かれている。そして、その脇には、ブラックペパーが多めにまぶされた鴨の燻製、ピンクペパーの粒、そしてプルーンの実がプレートに用意されていた。
「まずは、ビターのリキュールを呑みながら、鴨の燻製を食べてください。」私自身、チョコレート・リキュールで、食事をするなどというのは、申し訳ないが初めての経験。やや、恐る恐るブラックを口に含み、鴨を口中へと運ぶ…しかし、これは鴨の燻製にチョコレートソースを和えたようなハーモニー。
続いて、勧められるがままホワイトを一口含み、プレート上のピンクペパーを摘まんで口に放り込むと…ホワイトチョコとペパーの刺激が絡み合う後味が残り、ペパーチョコを食しているような味覚の広がりに驚く。さらにゴールドを口にしながら、プルーンを食せば、プルーンにミルクという黄金則のようなコンビネーションに新鮮さを覚えるのである。それぞれ、納得のマリアージュ。
「バーテンダーは、こんな感じで味覚の組み合わせを考えているのだということがお判り頂けたのではないかと思います。例えば、ジンジャエールをレンジでチンし、ブランデーを加え、わさびを入れてみたり…」と鈴木氏がそのレシピ探求の一部を披露すると、石垣氏も負けじと「ボクも大根のカクテルは、けっこう作ります。大根は梨と食感が似ているので、良い出来になりますね。下ろし汁も使います。わさびのアレキサンダーは、擦り下ろすパフォーマンスも外国人に大ウケ。実は伊豆で食べたわさびアイスをヒントにしているんですが…」とバーテンダーの日々の営みを語る。
鈴木氏は「モーツァルトに使われているのは、バニラビーンズ、カカオバター、カカオなどみな自然の素材。そのため、世界のバーテンダーズ・コンペティションでも非常に頻繁に素材として使われています。モーツァルトを使ったカクテルは『チョコテル』と呼称されているほど。いずれ日本でもブームになるかもしれせん」と結論付けた。国際バーテンダー協会の大会でも2006年、2008年、2010年の優勝作品には、モーツァルトが使用されている。日本でも、その人気に火が付く日も、そう遠くなさそうだ。
ここでモーツァルトを使ったカクテル作りの実演に入る。まずは、石垣氏から。
「アレキサンダーというスタンダード・カクテルがありますが、今日はそれにチョコをまぶしたチョコレート・アレキサンダーを提案させて頂きます。まず生クリーム、モーツァルトのビターをクリームと同量、そしてベースとなるコニャックブランデーを同量加えます。これをシェイクし、カクテルグラスに…。最後にペパーを振り、こちらで完成になります」。
2グラスが仕上がると、ゲストの挙手により、テイスティングが争われる。早い者勝ちのため、ゲストが真剣に挙手の早さを競い、テイスティングの権利を得る。来場ゲストのカクテルに対する熱意が伝わる瞬間だ。まずは男女1名ずつが、この栄誉を獲得。感想を聞かれた女性は「チョコレートと胡椒は合わないと思ったら、(胡椒が)アクセントになって素晴らしい味わいです」と、また男性は「黒胡椒がぴりっとして大人の味です」とコメント。これに鈴木氏が「みなさん、素晴らしいですね、台本通りの感想でありがとうございます」と応え、場内の笑いを誘う。
次に鈴木氏のカクテル。「今夜はチョコレートマティーニを作りたいと思います。カカオ豆やその粉末は、香りは甘いのですが、食べてみると、まったく甘味がありません。このカクテルは、マティーニグラスの縁にカカオパウダーをまぶします。そして、モーツァルトのビターとウオツカをミキシンググラスでステアし、カカオをまぶしたグラスに注ぎます。最後にゴディバのミントチョコスティックを飾ってみました。男性向けには、これぐらいハードで、さらっとしたカクテルのほうが良いのではないでしょうか」。
再び挙手によりテイスティングを求めると、女性の手が矢継ぎ早に挙がる。鈴木氏に「こちらは男性向けですよ」窘められ、渋々、手を下ろす女性も…。それほどにゲストを魅了するカクテル・ユニバシティーでもあるのだ。
「ぜひ、こんなチョコレート・カクテルを愉しみに、バレンタインデーは、2人でバーに出かけて頂ければと思います。今日は、お土産もありますが、このプレゼントは、義理ではなく、本命に渡してください」とセミナーの前半が締めくくられた。
インターミッションを挟み、パークホテル東京でプロモーションしている両氏のオリジナルカクテルが披露される。
まずは石垣氏のオリジナル「スイート・トリニティ」から。「トリニティ」とは、神と神の子であるキリストと聖霊が三位一体であるというキリスト教用語。本作は、その名の通り3種類の異なるテイストをひとつのグラスに封じ込めた、「カクテルアーティスト」の異名を誇る石垣氏ならではのひと品。
「まずグラスを良く冷やし、モーツァルト・ブラックもミキシンググラスでステアし冷やします。このブラックをグラスに注ぎ下層を作りオレンジスライスで蓋をします。オレンジとチョコは相性が良く、双方の風味が変わらない利点があります。その上に苺のピューレとオレンジジュースをシェイクし注ぎ、さらにオレンジスライスで蓋をします。ミルクを専用泡だて器で泡だて、最後に注ぎます。そして、ローズマリーの葉をデコレーションし、こちらで完成です」。
出来上がったのは、三層の色彩が美しいカクテル。グラスの端から三層を貫くようにストローを差し込み、徐々にかき混ぜながら呑む。呑み始めは「お、チョコビター」と思わせる。第二層と混ぜると、ストロベリーチョコの味に変わり、さらにオレンジの隠れた酸味を見つける喜びが加わる。引き続き第三層を混ぜると「イチゴミルクチョコ」を思わせながらも、オレンジの酸味とローズマリーの香りが溶けあい複雑な三層の味覚の妙を堪能することができる。そんな逸品だ。
次に鈴木氏のオリジナル。「このカクテルの名は『コンスタンツェ』。モーツァルトの奥さんの名前です。この奥さんは、ソクラテス、トルストイの妻と並び『世界三大悪妻』と呼ばれています。しかし、モーツァルトは35歳で2人の子供を残して死んでしまいますので、コンスタンツェは、それ以降、ずいぶんと苦労したはずです。『悪妻』と呼ばれてはいますが、本当は、かわいらしい女性だったのではないかという想いで、作ってみました」。
「モーツァルトのホワイトに生クリームを入れ、これに南仏プロバンスのパスティスという薬草酒を加えます。ピカソもゴッホもパスティスの幻覚作用に苦しめられたと言いますが、もちろん、今日は幻覚作用のないヤツで作ります(笑)。これにザクロのシロップを加えます。ヘビークリームを使用するので、強い長めのシェイクが必要ですが、心配しないでください」とシェイクする鈴木氏。顔が赤らむほどに長いシェイクに、場が静まり返るワンシーンも。これをグラスに注いだ後、レッドペパーを真ん中に落とし、ミントの葉を添えて完成。ほのかにピンクがかった美しく、愛らしいカクテルの出来上がりである。口当たりは、ホワイトチョコとパスティスの香草の香りが印象的であり、ピンクペパーのアクセントが隠れたパンチとなっている麗しいひと品だ。
実際、コンスタンツェが悪妻とされるのは、後世のモーツァルト研究家が、その研究素材・史料の散逸を彼女の責任としたためという説が有力。史実では、モーツァルトの子を6人儲け、そのために病気がちであり、モーツァルトの死後も2人の子供を育てる苦労があった。モーツァルトについて、最初の伝記を記したのも彼女。生前、モーツァルト自身も、彼女の病気療養先に、幾多のラブレターを送っているだけに、鈴木氏がイメージする通り、かわいらしい女性だったに違いない。
この後、パークホテル東京の誇る6人のバーテンダー氏による6種類の独創的なモーツァルト・カクテルの振る舞われるパーティーとなる。
オレンジとグレープフルーツのジャム、スイートポテトクリーム、ピスタティオのマカロンなどなどユニークな素材を使用したカクテルの饗宴は、見事。これもすべて「モーツァルト」が掻き立てる想像力の成し得る技だろう。
ゲストがそれぞれのカクテルを愉しんだ後、最後には恒例のプレゼント。「モーツァルト」のフルボトル(500ml)は、ブラック2本、ゴールド3本、ホワイト3本が、それぞれのゲストに。さらにモーツァルトの「ポワラーセット」が1名に。
ベストカクテルドレッサー賞は、モーツァルトのボトルのカラーリングに合わせた装いの2名の女性に贈られた。1名には、同ホテルのミシュランレストラン「タテル・ヨシノ」でのペアカジュアルディナー券、さらに1名には、パークホテル東京宿泊券が…。
そして、会場を去る際には、参加者全員に「モーツァルト」のかわいらしいミニボトルとオリジナル非売品の瀟洒なティースプーンのセットがお土産として贈られた。
チョコレート・リキュールの甘い余韻のせいだろうか、大人のセミナーは、終了後も歓談が絶えず、会場にてマリアージュの談義などを続けるゲストが多く残っていた。「モーツァルト」、大人の夜の帳を下ろす、1日のデザートのような贅沢なリキュールによる祭典はこうして幕を閉じた。
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