アニメ『バーテンダー 神のグラス』監督インタビューバーを舞台にした「人間ドラマ」を描く

#「バーテンダー 神のグラス」の世界

2024.05.21

放送開始から一か月半、物語も次第に動きはじめました! 主人公・佐々倉溜と、彼を取り巻くさまざまなキャラクターの思いが次第にあきらかになり、絡みあい、物語中盤に差しかかったいま、あらためてアニメ『バーテンダー 神のグラス』のテーマ・みどころ、またクリエイターの思いについて、倉谷監督にお話を聞かせていただきました。

  • 倉谷涼一さん

    アニメ『バーテンダー 神のグラス』監督

この作品を「バーテンダー」のアニメにしたい

――倉谷さんは、どういったきっかけでこの作品に携わることになったのでしょうか?

恥ずかしながら、このお話をいただくまで原作『バーテンダー』を読んだことはありませんでした。もちろん、長く連載され、多くの人に愛されている作品とは知っていましたけれど。オファーをいただき、作品を読んですぐ「ぜひやらせていただきたい」とお返事をしました。「この作品は、自分の手でぜひアニメ化したい」と強く思ったんです。

――原作のどんなところに惹かれたのでしょうか?

お酒のうんちくはもちろんですが、私が一番惹かれたのは「人間ドラマ」の部分です。さまざまな人がバーを訪れ、繰り広げるドラマが魅力的でした。アニメ化にあたって、原作者の城アラキ先生とお話する機会をいただいたのですが、そこで『バーテンダー』の世界の中でなにを一番強調して伝えたいかという話になり、私は、この作品を「お酒」でも「バー」でもなく「バーテンダー」のアニメにしたい、と答えました。

悩みつづけるバーテンダーの姿が共感を呼ぶ

佐々倉の「人間らしさ」が、バーテンダーを身近に感じさせる

――「バーテンダー」のアニメ、ですか。

アニメの監督は、原作を「料理」してお客様に「提供」するという意味で、バーテンダーの仕事と通じる部分があります。私自身が、職業人としてのバーテンダーに共感する部分が大きかったですね。そうした個人的な思いもあり、『バーテンダー 神のグラス』を、バーテンダーを中心にした話にしたいと考えました。

主人公・佐々倉溜は、高い技術を持った天才バーテンダーとしてカウンターの奥に立っています。でも彼は彼なりに悩んでいる。お客様は何を求めているのか、その思いに応えて、自分は何を提供できるのか、常に悩み、考えています。ともすればバーという空間は敷居が高いと思われがちですが、こうしたバーテンダーの考えや思いを伝えることで「バーテンダーも自分と同じ生身の人間なんだ」と共感していただけたら、もっとバーに親しみを持ってもらえるのではないかと思うんです。

――確かに、「天才」といわれながらも佐々倉には人間らしさを感じますね。

佐々倉はいわゆるイケメンではなく、少し抜けたところのある、親しみやすいキャラクターとして登場しています。それもやはり「バーテンダーに共感を持ってもらいたい」という思いからです。同時に佐々倉は、自分を追い込んででもいいものをつくろうとする「プロフェッショナル精神」を持ちあわせています。その振れ幅も佐々倉の「人間らしさ」として表現できれば、と思います。

お酒やグラス、バーテンダーの動きを美しく表現したい

バーテンダーの所作を撮影し、アニメ制作に活かしている

一方で『バーテンダー 神のグラス』はグルメアニメでもあります。ですから、お酒を綺麗に、美味しそうに見せるためにさまざまな工夫をしています。たとえば、キャラクターが会話している背景の棚やボトルは3Dのオブジェクトで作成し、それをベースに手描きしています。実際のバーでもお酒が美しく見えるようにライティングを工夫しているところが多いと思いますが、私たちも3D空間の中でライティングを設定し、お酒やグラスがきれいに見えるように試行錯誤しました。光の反射でキラキラ光って見えるような表現はアニメの得意技ですので、実際のバーで目にする以上に綺麗に見えるような表現を追求しました。

バーテンダーの所作をアニメで正確に表現することにも心を砕きました。シェイカーを振る動き、ステアの動きを再現するために、バーテンダーさんにご協力いただき動画を撮影し、繰り返し何回も観ながら動画に落とし込んでいきました。実際の所作を撮影し、再生してはじめてわかったことも多かったですね。ステアの時、バーテンダーさんがバースプーンを手の中で回していると気づき、あらためて非常に繊細で高い技術を持っているなと感動しました。

――「リアルさ」を追求している、ということですか?

原作『バーテンダー』は、実写ドラマ化もされているほど「リアル」なお話です。アニメとしては「リアル」なものをつくるのは大変です。「見たことがある」ものを絵で表現しても、ちょっとした違和感が気になって「なにか違う」となってしまう。かといって、実写に寄せすぎるとそれはそれで面白くない。リアルでありながら、アニメらしく綺麗なところはデフォルメして伝える。これまでのアニメではなかなかできなかったことに挑戦していると思います。

トレンドも取り込んだ、リアルなバーの物語に

いくつか描かれたケルビン・チェンの初期設定のうちの一つ

――倉谷監督がおすすめする、この作品の見どころを教えてください。

今回、原作にはないオリジナルのストーリーがあります。原作者の城先生が、原作『バーテンダー』連載終了後の新たなムーブメントを表現するために海外から来たバーテンダーを登場させたいと、シンガポールからやってきた「ケルビン・チェン」というキャラクターを生み出してくださいました。日本のバー文化や技術は、世界基準でみても高いレベルにあると認知されていて、実際にバー文化や技術を学びたいと来日する方も多いそうなんです。こうした最新の動向が反映されている点にもご注目いただきたいですね。

――今回、サントリーが制作に協力していますが、作品づくりにどのように活かされているのでしょうか?

サントリーさんには、山崎蒸溜所などお酒づくりの現場を取材させていただいたり、さまざまな側面でご協力をいただきました。結果、作画や音響など表現上も、またストーリー上も、リアリティと深みを増すことができたと思います。やっぱり匂いや音など、写真じゃわからないこと、行ってはじめてわかることってあるんです。たとえば蒸溜所は麦芽の香りがして、飲んでもいないのに酔っ払ったような感じがしましたし(笑)、樽の貯蔵庫は、冷暗で湿度が低いのかと思っていましたが、実際には湿気を感じました。スタッフには写真とともに自分の体験を伝え「なるべく忠実に再現してほしい」とお願いしました。

――第5話で山崎蒸溜所を訪問するシーンでは、蒸溜所はもちろんのこと、周辺の自然環境も美しく再現されていましたね。

桂川、宇治川、木津川が合流する「三川合流の地」や、美しい湧水で知られる水無瀬神宮などにもご案内いただきました。こちらは作品にも登場しています。なるべく多くの場所や人をご紹介したかったのですがそういうわけにもいかず(笑)、最後は取捨選択させていただきました。

アニメ第5話では、佐々倉たちが山崎蒸溜所を訪問する

――クリエイターとして、蒸溜所見学を通じて感銘を受けたことなどはありますか?

第5話で佐々倉が「ウイスキーは5年後、10年後にはじめて自分が作った味が評価される世界。」と語る場面があるのですが、アニメ制作にもそうした側面があります。私が監督として関与できる部分は限られていて、たくさんの人が関わり、それぞれが作品をよいものにしようと努力し、最後はそれぞれの手を離れ、時が経って作品として世に問われる。ウイスキーと同じですね。そういう意味で、山崎蒸溜所のウイスキーづくりに対する姿勢には個人的に大変共感しています。

――なるほど。お話をうかがって、監督が思いを込めて送り出した作品を、より深く味わうことができるような気がしました。本日はどうもありがとうございました。