サントリー ワイン スクエア
7月の好天で遅れを取り戻す希望が膨らんだのも束の間、8月の天候不順で今年の収穫への見通しはかなり厳しいものになってきています。8月の平均気温は平年比-0.4℃、日照時間-7%、降水量+39%と完全に期待を裏切るものとなってしまいました。あとは9月、10月の好天がヴィンテージを救った昨年の再現を願うばかりですが、9月の第1週も4日続けて雨と、出足からつまづいた感じです。今年は昨年にも増して、造り手の情熱と技量を試されるヴィンテージとなりそうです。
9月9日には公的機関のVINIFLHOR(全国果実、野菜、ワイン、園芸同業者連合会)が、今年のフランス全土の収穫量予想を43.6百万hlと発表しました。これは8月発表時の見込みを大きく下回り、もし見込み通りとなるとVINIFLHORが統計を取り始めた1974年以降で最も収穫量が少なかった1991年(大霜害で壊滅的打撃を受けた年)の42.6百万hlに匹敵する年となります。95年以降、不作と表現すべき年が現れず、温暖化による高温の影響ばかり話題に上った15年でしたが、今後の天候次第では本格的な不作の年になりかねない、厳しい状況と言えます。もちろん我々生産者は、天候の回復を神に祈るだけという訳には行きませんので、例年のとおり品質を上げるために可能なことはすべてやり切り、今年の収穫を迎える心構えで臨んでいます。
そんな沈滞ムードを吹き払うようなイベント・・・そうです、今年もメドックマラソンの季節がやってきました。今年で24回目となり、確固たる認知度を誇るまでになった今年は、世界35カ国からの2,000人の外国人を含む8,500人が参加し9月6日に行われました。ラグランジュは約13Km地点の給水所となっています。ワインアンドカルチャーの田辺由美さん、エノテカの阿部さんなどワイン界からも多くの参加者がありました。その他シャトー ラグランジュの販売を行なっているファインズ(株)の田中さん、広上さん、などなど。皆さん思い思いの衣装とペースで初秋のメドックを楽しまれていました。
9月の初旬には、もう一つの記事が、ボルドーで話題を呼びました。サンテミリオンでガレージワインの代表的存在として一世を風靡した「シャトー キノー ランクロ」が、LVMH(モエヘネシー ルイヴィトン)グループを率いるベルナール アルノー会長とベルギーの実業家アルベール フレール氏に買収されたというニュースです。ユニオン デ ランクリュ ド ボルドーの会長も務めたアラン レイノー氏は、1997年の取得以来、大胆な収量制限と近代的醸造手法で米国の評論家ロバート パーカー氏からの高評価を得、シャトー キノー ランクロを一躍有名なシャトーにしました。しかし、ボルドーワインのスタイルが、凝縮感よりバランス重視にシフトしていく中で経営が厳しくなっているとの噂が数年前より囁かれていました。地元紙によると、銀行が融資に難色を示したことが原因とありますので、サブプライム問題を背景に融資姿勢が大きく変化している銀行問題が直接の理由のようです。しかし本質はガレージワインの終焉なのかもしれません。「ガレージワイン」の言葉が広義なので一言加えるなら、「極端な凝縮と、それを評価するパーカー評点を後ろ盾とした少量&高価格戦略」という意味でのガレージワインの終焉です。味の好みは千差万別ですので、このスタイルを全否定するつもりはありませんし、もちろん、志を持ち、スタート スモールで品質を純粋に追求するガレージワインは賞賛されて然るべきもので、今後もチャレンジャーが出てくることは必要だと思っています。
シャトー シュヴァル・ブランやディケムを経営する新しいオーナーが、このシャトーを買収した意味、そして今後どのような方向に導いていくのか、その舵取りには大いに興味を惹かれます。
椎名敬一
ぶどう栽培研究室、ガイゼンハイム大学留学、ロバート・ヴァイル醸造所勤務、ワイン研究室、原料部、ワイン生産部課長を経て、2004年6月よりシャトー ラグランジュ副社長。2005年3月より同シャトー副会長。