今回のレシピは、牛肉のステーキ セップ茸のマデイラソースです。ステーキは大型の動物もしくは魚、鳥の筋肉を筋繊維に垂直方向に分厚く切ったものを焼いた料理です。焼き方は直火かフライパンで焼くかオーブンで焼きます。
料理としてのステーキは、シンプルな料理ですから
1. 人間が、大型の動物を狩猟したり、飼育が出来る事
2. 火を使う事が出来る
3. 大型の生物の筋肉を筋繊維に垂直方向に切る事が出来る、石器もしくは青銅器、鉄器が存在する事
の3つの条件が揃えば食べられていた、と考えられます。
人類がいつ狩猟を始めたのかは判っていませんが、30万年前には木製の槍が使われていたことは確実ですので、少なくともその頃には狩猟は行われていたでしょう。火の使用はもっと古く、ホモ・エレクトスかホモ・エルガステルが70万年前には使用していたようです。石器の使用は更に古く、ケニア南西部で300万年~258万年前のものとされるオルドワン石器が発見されています。なので、料理としてのステーキは少なくとも30万年前位からは食べられていたと考えられます。
言葉としてのステーキの起源は、諸説あるのですが、大体3つの説があるようです。
中英語で切った肉を焼いた料理を指し示すsteke説
15世紀半ばのスカンジナビア語のsteik説
古ノルド語の「杭で焼く」を意味するsteikja説の3つです。
中英語とは、12世紀以降にイングランドで話されていた言葉で、バレンシア大学は、中英語が話された時代を1150年から1500年であるとしています。古ノルド語のsteikja説も15世紀とされており、ほぼ時を同じくしてステーキの名前が生まれたのか、どこかで生まれたステーキの名前が速やかに伝わったのかもしれません。
今回は鈴木薫先生にワインスクエア流のセップ茸のマデイラソースのステーキを作っていただきました。セップ茸は世界の美食家が愛する茸です。茸とはなんぞや?は、正確な定義が出来ないのですが、「菌類が、胞子を効率的にばら撒く為に作り出す子実体」を「茸」と呼んでいます。子実体を作らない菌類は黴と呼ばれますが、黴と茸には明確な違いは無いのです。茸は真核生物の菌界に属しています。セップ茸はフランスの呼び方で、イタリアではポルチーニ茸、日本ではヤマドリタケ、ドイツではシュタインピルツ、中国では牛肝菌(ニューカンチン)と呼ばれています。セップ茸は、分類学上はハラタケ目-イグチ科-ヤマドリタケ属です。ハラタケ目は松茸や椎茸も含む大きな目ですが、毒キノコも数多くふくまれています。セップ茸は、松茸やトリュフと同じく、植物の生きた根と共生する菌根菌ですので、人工栽培は未だ成功していません。世の中に出回っている大量のセップ茸は総て天然ものなのです。セップ茸は、品種によって楢やブナ、栗や針葉樹などの根と共生します。ラグランジュに居た椎名チーフエノロジストによると「ボルドーではセップ ド ボルドー=Boletus edulis(ボレタス・エドゥリス)が一番美味しいとされています。フランスの茸図鑑には食用のセップとして10種類くらい掲載されています」との事です。イタリアでは4種類がポルチーニとされています。イタリアは南北に長く、海沿いからアルプスの標高の高いところまでありますのでフレッシュなポルチーニが1年の四分の三位の長期に渡って出回っているのです。中でもコルクガシの森に生えるBoletus aereus(ボレタス・アエレウス)と栗の林に生えるBoletus aestivalis(ボレタス・エスティヴァリス)は特に美味しいと言われます。今回のマリアージュ実験でセップ茸は乾燥のものを水でもどして使いました。バターでみじん切りしたエシャロットを炒めセップ茸とマデイラを加えてセップ茸の戻し汁とフォンドヴォーを加えて煮詰め、仕上げにバターモンテしたらソースの出来上がりです。さて、この牛肉のステーキ セップ茸のマデイラソースにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはサントリーフロムファーム 岩垂原メルロでした。このワインを醸しているのはサントリー塩尻ワイナリーです。サントリーが塩尻にワイナリーを持ったのは、登美の丘ワイナリーよりも3ヶ月早い1936年の7月の事です。塩尻ワイナリーは赤玉スイートワインの原料基地として生まれたのです。鳥井信治郎が赤玉を1907年に発売してから、売り上げを伸ばしてきました。発売からずっとスペインの赤ワインをベースにブレンドされてきましたが、1931年に満州事変、1932年には5・15事件が起こり、きな臭い空気が流れていました。1933年には日本が国際連盟を脱退し1936年には2・26事件が勃発し、安定的に海外の赤ワインを調達出来なくなってきました。鳥井信治郎は醸造学の権威であった坂口謹一郎博士に相談したところ、岩の原葡萄園の川上善兵衛を紹介されました。当時の岩の原葡萄園は交配品種の研究にお金が掛かり過ぎていて困窮していましたので、1934年に借金をすべて肩代わりする形で寿屋が経営を引き継いでいました。登美の丘ワイナリーは、坂口謹一郎博士と川上善兵衛と鳥井信治郎が現地に赴き買収を決定し自分の手でぶどうを栽培するワイナリーになりました。また、塩尻では、当時生食用としては余り人気の無かったコンコードが大量に余っていました。このコンコードの取引先を探していた株式会社 林農園の林五一氏が、師と仰いでいた川上善兵衛に「どこかコンコードを買ってくれる先は無いか?」と相談したところ、「寿屋がぶどう不足で困っている」とサントリーと塩尻を繋いでくださいました。塩尻ではワイナリー建設に先立つ形で、1934年に赤玉ブドウ酒ブドウ供給組合が発足していました。1936年に塩尻ワイナリーも完成し、塩尻エリアのぶどう栽培農家さん達のぶどうを購入する形で赤玉をつくっていました。1960年頃には赤玉出荷組合が正式に発足しぶどう栽培の技術向上に取り組んできました。赤玉出荷組合は現在も活動を続けています。第二次世界大戦後も赤玉は順調に売り上げを伸ばし1950年代は、ぶどうを作っても、作っても足りない状況で、赤玉用の工場や作業場は、登美の丘と塩尻の他に6つ、国内に合計8つもあったのです。栽培農家さんにも赤玉の原料葡萄となるナイアガラ、コンコード、キャンベルアーリー、デラウェアなどを増産してもらっていました。
赤玉の出荷量がピークを迎えたのが1964年で168万c/sにもなっていました。1964年には東京オリンピック、1970年には大阪万博などもあり、食の洋風化も進み、本格的な辛口ワインが好まれるようになり、赤玉は徐々に減っていきました。赤玉用のアメリカ系のぶどうは、特殊な香りがあって、辛口ワインに仕込んでも美味しくないのです。そこでサントリーは、塩尻などの栽培農家さんにメルロやマスカット・ベーリーAなどの本格的な辛口ワイン用のぶどうに転作していただけるよう苗を配布したりしました。1975年にはサントリー、メルシャンが塩尻の農家とメルロの買い取り契約を締結したと塩尻の市史に残っています。塩尻のメルロを日本中に認識させた大きな出来事が1989年と1990年にありました。メルシャンの桔梗ヶ原メルローがリュブリアナ国際ワインコンクールで大金賞を連続で獲得したのです。このことで塩尻は日本に於けるメルロの聖地となりました。サントリーも1歩出遅れはしたのですが、2001年と2002年の塩尻ワイナリー特別醸造桔梗ヶ原メルロがリュブリアナ国際ワインコンクールで、連続金賞を頂きました。また2002年の塩尻ワイナリー特別醸造桔梗ヶ原メルロは2008年の洞爺湖サミットの晩餐会に使用されました。サントリーでは桔梗ヶ原の他に、奈良井川を挟んだ対岸の岩垂原の協力者さんでも高品質なメルロを栽培してもらっていました。小ロットでの醸造に対応出来るように設備を整え、桔梗ヶ原と岩垂原のメルロを醸してみると、だんだん岩垂原の良さが際立つようになってきました。桔梗ヶ原と岩垂原は奈良井川の河岸段丘でほぼ同じ標高ですが、堆積している土砂が違います。桔梗ヶ原の畑を掘ると上から50cm位は黒ボク土と呼ばれる保水力があり栄養に富んだ土があり、その下が砂礫です。一方岩垂原では、黒ボク土はみられず、黄土色の土砂があってその下は大き目の砂礫です。岩がごろごろしているから岩垂原と呼ばれたのです。なので、岩垂原は極めて水捌けの良い土壌なのです。今年開催されたJapan Wine Competition(日本ワインコンクール)2024では岩垂原のメルロが2つの金賞と、ひとつの銀賞を受賞しました。サントリーフロムファーム 岩垂原メルロキュベスペシャル2020とサントリーフロムファーム 岩垂原メルロ2019が金賞、今回マリアージュ実験に使った岩垂原メルロ2020は銀賞でした。この3つの受賞ワインのぶどうのほとんどは山本さんという協力者さんのぶどうです。サントリーが自社管理している農業法人と上今井地区の協力者さんのぶどうが使われています。グラスに注ぐと深みのあるダークチェリーレッドです。ブラックベリーや色の濃いチェリーを連想させる黒系果実の豊かな果実香と樽由来のバニラやスパイシーさがバランスよく感じられます。アタックの果実の完熟からくる甘やかさと中盤からの味わいの伸びが感じられ、程よい厚みとフィニッシュに滑らかなタンニンを感じられます。ステーキにセップ茸のマデイラソースを絡めて口にいれ、よく噛んで岩垂原のメルロを飲むと和牛の脂と若々しいタンニンとがマリアージュして甘さに転換します。
「ステーキに、ボルドータイプの上物ワインが合うのは、当たり前と言えば当たり前ではありますが、滅茶苦茶美味しいですね」
「うん、鉄板のご馳走マリアージュだよね」
「セップの奥深く華やかな香りとメルロが共鳴しています。2020年だから若いワインなのですが、熟成後の複雑さが引き出されている気がします」
「ソースに使っているマデイラも熟成感を引き出すのに一役買っていますね」
「ステーキ単体よりも、岩垂原と合わせた方がコクも奥行も出て、一段上の料理に感じられました」
「生のセップを使うと、もっとみずみずしい茸汁が出るのでしょうが、乾燥ポルチーニはマデイラソースを吸い込んで別の味わいの茸汁が出てきます。これはこれで肉汁とワインと三位一体に溶け合ってとても美味しいですよね」
これから、ご馳走料理を作る機会も多いかと思います。牛肉のステーキ セップ茸のマデイラソースも思い出して挑戦してみてください。乾燥したセップは「乾燥ポルチーニ」の名前の事が多いですが、ネットで簡単に手に入ります。そしてサントリーフロムファーム 岩垂原メルロとの素晴らしいマリアージュをお楽しみくださいませ。