今回のレシピは、スウェーデンミートボールです。その名前の通り、スウェーデンの代表的な料理です。現地ではKottbullarと呼ばれています。直訳すると「肉団子」なのでシンプルですね。生クリームをたっぷり使ったソースをかけて、ジャガイモを茹でて、荒く潰したものと、リンゴンベリージャムを添えるのが定番です。リンゴンベリーは、和名を苔桃(こけもも)とか岩桃(いわもも)と呼ばれるベリーです。ベリーという言葉は少し曖昧な言葉です。一般的な意味でのベリーとは、汁気の多い、丸い果実の事を指しますが、厳密な定義が有る訳ではなく、かなり慣習的な分類です。普通はイチゴ(ストロベリー)、キイチゴ(ラズベリー、ブラックベリー)、クワ(マルベリー)、セイヨウスグリ(グースベリー)、ヌマスノキ(ブルーベリー)、ツルコケモモ(クランベリー)、コケモモ(リンゴンベリー)、クコ(ゴジベリー)などが含まれます。これらの植物は、近しい仲間が集まっている訳ではありません。科すら違うものがごちゃごちゃとあって、5つくらいの科に属しています。イチゴやキイチゴはバラ科のイチゴ属とキイチゴ属、ブルーベリーやクランベリー、コケモモはツツジ科のスノキ属です。セイヨウスグリはスグリ科、クワはクワ科で、クコに至っては、なんとナス科です。バラバラですよね。そして汁気が多くて丸い果実の代表とも言えるブドウやサクランボは、通常、ベリーの仲間には数えません。今回のスウェーデンミートボールの名脇役であるリンゴンベリーは、先程も申し上げましたがツツジ科のスノキ属です。他のツツジ科の植物と同様に、多少日陰でも良く育ちます。酸性土壌を好み、アルカリ性土壌では生育できません。寒さにはめっぽう強く、-40℃でも枯れません。ユーラシア大陸やアメリカ大陸の北部の山々に、点々と自生していて、栽培するというより、山に摘みに行くベリーです。わたくしが初めてスウェーデンミートボールに出会ったのは、スウェーデン発祥の家具と家庭用品を取り扱う大型店であるイケアのフードコートでした。海外には結構な回数行っているのですが、ワインをほとんど生産しない北欧には行った事が無いのです。なので、現地で食べた経験はありません。でもイケアでの出会いは衝撃的でした。ミートボールに結構な量のジャムを添えるという発想が、そもそもありませんでした。おっとり刀で食べてみると「美味しい!!」のに吃驚しました。
今回は鈴木薫先生にワインスクエア流の、ワインに良く合うスウェーデンミートボールを考案していただきました。ミートボール本体はナツメグ、オールスパイスとマスタードで風味付けします。ナツメグは、クスノキ科ニッケイ属の複数の種類の常緑高木です。一番多くスパイスとして使われるMyristica fragransは大きなものだと15m位まで成長します。インドかインドネシアかのどちらかが原産地ではないか?と言われています。雄と雌が別の株の植物ですが稀に1本のナツメグの木に雄花も雌花も付く事もあります。小さな白い花が咲いて、イチジクのような形の実が成ります。この実は5cm位あります。中に黒い種子があって、種子のまわりに赤くて網目状の部分があります。黒い種子の殻の中にあるのがナツメグで、網目状の仮種皮がメースと呼ばれるスパイスです。メースはナツメグと同じ香り成分を含みますが、穏やかで上品で、シナモンよりも高価です。実はニッケイ属の植物からはもう一つスパイスが取れます。内樹皮や、日本産では根っこの皮がシナモン=ニッキになるのです。ナツメグは古い地中海沿岸の言語のnotz muscada=ムスクの様な香りのするナッツと言われたところから転じてナツメグになったそうです。日本でもハンバーグの定番スパイスですよね。世界4大スパイスの一つに数えられるナツメグですが、香り成分はシンナムアルデヒド 、オイゲノール、サフロール、ピネン、カンフェン、ジペンテン、ゲラ二オールなど様々な種類が含まれています。ソースの方にはリーペリンソースが使われています。リーペリンソースはウスターソースの元祖です。日本農林規格 (JAS) では「ウスターソース類」を粘度で3つに分類しています。一番さらさらのものがウスターソース、一番とろみがあるのが濃厚ソースで中間が中濃ソースです。このウスターソースの元祖がリーペリンソースなのです。リーペリンソースのリーペリンは会社の名前で、現在このソースを販売しているクラフトハインツ社によると「Lea & Perrins は1837年にウスターのブロード・ストリート出身の化学者ジョン・ウィーリー・リーとウィリアム・ヘンリー・ペリンズによって初めて発明され販売された調味料である」との事ですが、彼ら2人がこのソースを作ろうとしたのはある人物からの依頼でした。ある人物とは、インドのベンガル州総督であったマーカス・サンディー卿です。彼はベンガル州で食べたソースの味がとても気に入り、作り方を教えてもらいました。そのソースの主原料は魚醤だったそうです。帰国し、このソースの製造をジョン・ウィーリー・リーとウィリアム・ヘンリー・ペリンズに依頼しました。当時のイギリスでは魚醤は手に入れ難かった為、リーとペリンズはアンチョビを使って試作しました。でもこの試作品は大失敗だったそうです。二人はこの試作品を諦め、樽に入れて地下倉庫に放り込み、忘れてしまっていました。何年か経ち大掃除の時に試作品を見つけ、試しに舐めてみた所とても美味しかったので製造販売をする会社を作る事にしました。ウスターは、ウスターシャーを縮めた名前で、イングランドのウスター郡の郡都で大聖堂都市あるウスターシャーにちなみますがその場所こそ、リーとペリンズが住んでいた町だったのです。
今回のスウェーデンミートボールのソースはバター、白ワインと生クリームにリーペリンソースをいれて煮詰めて塩・こしょうで味を調えます。粘度を見ながら牛乳も加えていきます。かりっと焼いたミートボールに、マッシュポテトやリンゴンベリージャムなどを添えて、ミートボールに、とろりとソースをかけたら出来上がりです。
さて、このスウェーデンミートボールにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはジョルジュ デュブッフ ボジョレー ヌーヴォーでした。「ボジョレー ヌーヴォー」とは、フランスのブルゴーニュ地方の一番南側にあるボジョレー地区でその年に収穫したぶどうを醸造した新酒ワインの事です。ボジョレー地区は、美食の町リヨンからは少し北に行ったところで、なだらかな丘陵地帯です。 その名は、「美しい高台」を意味する「ボージュBeaujeu」に由来しているのです。ぶどう畑は起伏に富んだ丘の東から南斜面に位置するため、標高の割に気候は温暖で日当たりも良く、上質なワインづくりに適しています。 北部エリアは花崗岩質が砕けた真砂土の土壌で、黒ぶどう「ガメ種」との相性が非常によい土地なのです。ボジョレー地区では白ワインやロゼワインもつくられていますが、ほとんどがガメ種からつくられる赤ワインです。ワインのつくりかたもブルゴーニュの他の地区のワインとは、違います。通常は、発酵の前にぶどうを破砕しますが、ここでは収穫した「ぶどうの房」を、そのままタンクにいれて発酵させます。 発酵タンクにぶどうをどんどん入れていくと、ガメ種は皮が薄く柔らかいので、ぶどうの重さでぶどうが潰れ果汁が流れ出ます。その果汁が自然に発酵が始まり、タンクの中に炭酸ガスが充満します。炭酸ガスは重いのでタンクの底から徐々に溜まっていき、酸素を押し上げていきます。ぶどうに酸素が供給されない状況が続くと、ぶどうは、果皮で細胞内発酵を起こします。出来たアルコールが色の源となるポリフェノールや香り成分を果皮から溶かし出してくれるのです。この発酵方法がマセラシオン カルボニックです。ボジョレー地区のヌーヴォーはほぼ全てマセラシオン カルボニックで発酵されます。赤ワインにとってタンニンは重要です。ぶどうの実には果皮と種にタンニンが多く含まれます。果皮のタンニンはシルキーで赤ワインには、是非とも欲しい重要な要素です。一方、種のタンニンは、少し荒さが強くて、普通のブルゴーニュワインでもあまり欲しくない要素なのです。ボジョレーはフレッシュで生き生きとした果実味が命なので、出来るだけ遠ざけたいのが種からのタンニンなのです。マセラシオン カルボニックではぶどうを潰さずに発酵させます。ぶどうの種は果肉に包まれたままの状態で発酵が進みますので、種はアルコールに触れませんので荒いタンニンは抽出され難いのです。色と香りが十分に抽出されたら、プレスをして果皮や種とワインを分離して、果肉に残っている糖分は白ワインの様に発酵を続けてボジョレー ヌーヴォーになります。今回のマリアージュ実験ではセラーに残しておいた昨年のボジョレー ヌーヴォーを使用しました。2023年のジョルジュ デュブッフ ボジョレー ヌーヴォーは、ほぼ1年間の時間の経過の結果、香りの絶対量は昨年の解禁日にテイスティングした時よりも減ってはいましたが、イチゴやサクランボを思わせる果実香は、まだしっかりと残っていました。口に含むとみずみずしい果実味と落ち着きのある広がりが楽しめました。スウェーデンミートボールと合わせると、合いびき肉の旨味が素直に広がるのが判ります。
「素朴なミートボールの味わいとチャーミングなボジョレー ヌーヴォーは、シンプルだけど揺ぎ無い、ある意味、安心出来る組み合わせですね」
「リンゴンベリージャムを付けて食べると、ボジョレーの果実味が更に増幅されます」 「ナツメグが入る事で肉団子の味わいに芯が通る感じがします」
「ボジョレーはリヨンの労働者たちがビストロで気軽に楽しむワインだったのです。ジョルジュ デュブッフさんたちがボジョレー ヌーヴォーの解禁イベントを世界的に広める前、今から大体70年くらい前の頃は、ボジョレーは、それこそ瓶にも詰めてもらえないワインだったのです。樽のまま、リヨンに運ばれて「ポ」と呼ばれるデキャンタにいれて客席に運ばれる・・・・客達はソムリエがサービスするのではなく、自分たちで注ぎ合い、空になった「ポ」は窓際に並べて置き、次のポを頼むのです。丁度、日本の居酒屋で呑兵衛達が空になった徳利を沢山並べるように並べて行くのです。酒飲みのやる事は、世界中似ているのです」
「ジョルジュ デュブッフさんたちがボジョレー ヌーヴォーの解禁イベントを各地で仕掛けました。当時は、まだ定期便があった超音速機のコンコルドにボジョレー ヌーヴォーを載せてニューヨークで解禁イベントをしたり、パリでヘリコブターから「Beaujolais Nouveau est Arrivees!(ボジョレー ヌーヴォー 只今!到着!!)」の垂れ幕とともに落下傘で飛び降りたりして、盛り上げ、世界中に認知されるようになったのですよ」
今年のボジョレー ヌーヴォーはどんな出来なのでしょうね?OIVはボジョレー地区の終了予想を遅霜と夏の雹の影響で、量は、かなり少なめと発表しておりました。どんな味わいに仕上がっているのか?本日が解禁日ですので、是非試してみてください。
皆様も、是非スウェーデンミートボールに挑戦してみてください。そしてジョルジュ デュブッフ ボジョレー ヌーヴォーとの素晴らしいマリアージュをお楽しみくださいませ。