今回のレシピは、ごぼうの梅煮です。ゴボウはキク科ゴボウ属の二年草の根菜です。根が長く伸び食用となります。根の長さは品種にもよりますが50cmから1mくらいです。花には棘々があって薊(アザミ)に似ています。ゴボウの原産地はユーラシア大陸のどこかと言われていますが正確な場所は判っていません。日本には中国から薬草として伝わったとする説が有力ですが、縄文時代の遺跡からごぼうの種が見つかった事もあり、日本への伝来経緯は確定していません。中国では根の部分は牛蒡根、種は牛蒡子と呼ばれ漢方薬の材料として重要です。分布は広く中国、台湾、朝鮮半島、日本はもちろんの事、中東からインド、ヨーロッパ、英国、スカンジナビア半島からロシア、オーストラリアまで分布しています。食用にするのは日本だけ、と言う間違った情報が流れた事もありますが、韓国や台湾では結構見かけますし、ヨーロッパでも昔は食用にされていたようです。現在では、昔ほどには食べなくなったようなのですが、フランス料理のレシピでも、ごぼうのクーリー(coulis de bardane)などで提供される事があります。このごぼうはセイヨウゴボウで日本のごぼうの親戚です。農水省によると、都道府県別生産量は青森がトップで茨城、北海道の順でその3つで全国の6割近くを占めます。ごぼうは地中深くに根を伸ばしますので、農家さん達は「ごぼうが上手く育つ畑は、どんな作物でも美味しく育つ」と言います。ウメはバラ科サクラ属です。原産地は中国だと言われています。実の真ん中に種がある核果(ストーンフルーツ)です。今年の梅は不作でしたね。和歌山では「暖冬でおしべが短く、受粉率が下がった」という報道がされていました。また和歌山では、3月に雹が降り、そのせいで傷が付いた実も多かったですね。
今回のごぼうの梅煮は、わたくしがこのコラムを執筆し始めた2006年よりもずっと前から久保家のワイン会でマスカット・ベーリーAやピノ・ノワールが提供される時の定番料理です。ごぼうを赤ワインと昆布と梅干とを弱火でひたすら煮る料理で、時間はかかりますが、手間は掛かりません。
さて、このごぼうの梅煮にテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはサントリーフロムファーム 塩尻メルロでした。サントリーが塩尻にワイナリーを持った歴史は古く、1936年の7月の事でした。これは登美の丘ワイナリーよりも3ヶ月早いのですよ。赤玉は1907年に鳥井信治郎が発売してから、スペインの赤ワインをベースにブレンドされてきましたが、第二次世界大戦の足音が近づいてくると、安定的に海外の赤ワインを調達出来なくなってきました。鳥井信治郎は醸造学の権威であった坂口謹一郎博士に相談したところ、岩の原葡萄園の川上善兵衛を紹介されました。当時の岩の原葡萄園は交配品種の研究にお金が掛かり過ぎていて困窮していましたので、1934年に借金をすべて肩代わりする形で寿屋が経営を引き継ぎました。登美の丘ワイナリーは、坂口謹一郎博士と川上善兵衛と鳥井信治郎が現地に赴き買収を決定しました。また、塩尻では、当時生食用としては余り人気の無かったコンコードが大量に余っていました。このコンコードの取引先を探していた株式会社 林農園の林五一氏が、師と仰いでいた川上善兵衛に「どこかコンコードを買ってくれる先は無いか?」と相談したところ、「寿屋がぶどう不足で困っている」とサントリーと塩尻を繋いでくださいました。塩尻ではワイナリー建設に先立つ形で、1934年に赤玉ブドウ酒ブドウ供給組合が発足しました。1960年頃には赤玉出荷組合が正式に発足しぶどう栽培の技術向上に取り組んできました。赤玉出荷組合は現在も活動を続けています。第二次世界大戦後も赤玉は順調に売り上げを伸ばし1950年代は、ぶどうを作っても作っても足りない状況で、赤玉用の工場や作業場は、登美の丘と塩尻の他に6つ、国内に合計8つもあったのです。栽培農家さんにも赤玉の原料葡萄となるナイアガラ、コンコード、キャンベルアーリー、デラウェアなどを増産してもらっていました。
赤玉の出荷量のピークを迎えたのが1964年で168万c/sにもなっていました。その後、東京オリンピックや大阪万博などもあり、食の洋風化も進み、本格的な辛口ワインが好まれるようになり、赤玉は徐々に減っていきました 赤玉用のアメリカ系のぶどうは、特殊な香りがあって、辛口に仕込んでも美味しくないのです。そこで、サントリーは、塩尻などの栽培農家さんにメルロやマスカット・ベーリーAなどの本格的な辛口ワイン用のぶどうに転作していただけるようにお願いしました。1975年にはサントリー、メルシャンが塩尻の農家とメルロの買い取り契約を締結したと塩尻の市史に残っています。
サントリーフロムファーム 塩尻メルロをグラスに注ぐと、少し濃い目のルビーレッドです。熟したチェリーのペーストや、小豆を煮る時の香りや、しっとりとしたシダ植物などを連想させる香りに、湿り気を帯びた土の様な落ち着いたアーシーさと、仄かに感じられる植物の新芽のタッチがあります。しっかりと熟した果実味と、まろやかな酸味があります。キメ細かで溶け込んだタンニン。バランスの取れた、実に塩尻らしい味わいを持ったメルロです。ごぼうの梅煮と合わせると、塩尻地区のメルロに共通して感じる、小豆を煮た時の香りのイメージと梅の風味が良くマッチしていました。
「この、小豆の香りは、日本のメルロというか、塩尻のメルロに共通に感じますよね」
「ボルドーのメルロや、増して新世界のメルロでは、このタッチは、まず感じた事がありません」
「塩尻は、日本では屈指の日照量ですが、ボルドーや新世界程は多くないので、この緑を感じさせるニュアンスが出ます」
「あまり好まない人も居ますが、ソムリエ協会の田崎会長は、塩尻の良い特徴だからこれを生かすペアリングを考えるべきだ、とよく仰います」
「ごぼうの土っぽい香りと、複雑な風味の塩尻メルロが良く合っています」
「ワインと料理のお互いの奥行きが広がって、両方が美味しく感じる、幸せなマリアージュですね」
皆様もごぼうの梅煮に挑戦してみてください。多めに作って常備菜として置いておくのも良いかもしれません。そしてサントリーフロムファーム 塩尻メルロとの素晴らしいマリアージュをお楽しみくださいませ。