今回のレシピは、イカのファルシーです。イカは、分類学上は、軟体動物門のなかで頭足綱十脚形上目に属している生物です。分類学とは、生物を似た者同志でグルーピングする事で、生物の全体像を理解し易くする為の学問です。いろんな学者が様々な分類方法を提唱していますが、生物を階級で分類する事を始めたのは、有名なカール・リンネです。彼が、最も大きなグループに「界」という名称を与え、その後に「綱」「目」「属」「種」という4つの主要な階級をつくりました。その後、界、門、綱、目、科、属、種という順序に改められました。わたくしが50年以上も前に高校の生物で勉強した頃の「界」の分類は原核生物界、原生物界、植物界と動物界の4つでしたが、いまは五界説が主流のようです。いろいろアップデートされるのですね♪イカは、蛸やアンモナイトと同じ頭足綱の仲間で、10本脚があるという意味の十脚形上目に属しています。上目の下にコウイカ目、開眼目、閉眼目などがあって、ヤリイカやケンサキイカは閉眼目、ホタルイカ、スルメイカ、アカイカ、ソデイカ、ダイオウイカは開眼目です。開眼か閉眼かは眼の水晶体を覆う角膜が有るか無いかです。コウイカ目は胴体のなかに船と呼ばれる甲があります。スミイカや沖縄のコブジメなどがコウイカの仲間です。今回、イカのファルシーに使ったのはスルメイカです。清水桂一の「たべもの語源辞典」によると、スルメイカの語源は、スミムレで、漢字だと墨群、つまり墨を吐くものが群れている様子だそうです。スミムレが転じてスルメになりました。なので、イカでもタコもスルメの仲間なのです。事実、平安時代に編纂された「和名抄」にでてくるスルメには小蛸魚の漢字が当てられています。スルメイカの別名は沢山有るのですが、全国のあちらこちらでマイカと呼ばれます。漢字で書くと真烏賊です。そのエリアで一番多く獲れるので「本物のイカ」と言うような意味合いで呼ばれたのでしょうね。島根県などケンサキイカの漁獲量が多い所ではケンサキイカをマイカと呼んでいたりします。スルメイカの、違う呼び名は、青森ではイガとかマツイカ、長崎県の北エリアではガンセキ、徳島県ではカンセキ、島根ではサルイカ、湘南ではスルメイカの幼体をムギイカと呼びます。人はイカを見ると、何か詰め物をしたくなるのでしょうか。あちこちにイカに何かを詰めた料理があります。有名なのは北海道の函館地方や渡島(おしま)地方の有名な郷土料理のいかめしでしょうかね。スルメイカ(このエリアではマイカ)の胴体にもち米を詰めて甘辛く煮上げたものです。函館本線森駅で1941年に発売され一躍有名になりました。山形県では夏いかのもんぺ焼きですね。スルメイカの胴体にゲソと大葉と味噌と砂糖を詰めて囲炉裏端で焼く料理です。徳島では、まるごとイカロケットというイカのゲソとチーズが詰められた料理がありました。南イタリアにはカラマリリピエーニと言うゲソとパン粉とチーズとハーブを詰める料理があります。スペインではカラマリス レリノスで、ゲソと玉ねぎを刻んで入れるのが定番で、その他の具材は割と自由です。卵焼きだったりパンの残りだったり、ピーマンや人参を入れるバージョンもありました。フランスではカラマリ ファルシーでゲソと玉ねぎとブーケガルニと柑橘の皮を刻んで詰めます。今日の薫先生に考案していただいたレシピはパン粉とパセリみじん切り、干しぶどうと松の実を詰めてトマトソースで煮込みます。ゲソは詰めずに外にあしらう事で、イカの姿の再現性を高めました。
さて、このイカのファルシーにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはウィリアム フェーブル シャブリでした。ウィリアム フェーブルは250年もの歴史を持つ生産者です。この生産者に輝きを与えたのは、今も存命のウィリアム・フェーヴル氏が1959年に引き継いでからです。彼は良い畑を次々と買い増しし47haまで拡張しました。そのうち15.2haがグラン クリュ畑です。グラン クリュ畑は全部で100haしかありませんので、ウィリアム フェーブルはシャブリ グランクリュの断トツトップの所有者となったのでした。当時のワインの名前はドメーヌ ミッシェル マラディエールで新樽の風味が豊かで厚みのあるシャブリを醸していました。跡継ぎが居なかったフェーブル氏はウィリアム フェーブルを売却することにし、1998年、同じブルゴーニュにあるブシャール ペール エ フィスの復活に成功していたアンリオ家が獲得しました。故ジョゼフ アンリオ氏はウィリアム フェーブルの類まれな畑の能力を最大限に生かすため様々な改革を行いました。その一つが当時まだ31歳だった若手醸造家ディディエ セギエ氏の登用です。セギエ氏は1998年、収穫のわずか1週間前に抜擢されたばかりでしたが、それまで機械で行われていた収穫を手摘みに急遽変更する(シャブリでは手摘みは珍しく、今でも98%は機械)など、次々と改革を行っていきました。そしてかつて新樽を多く使用していたフェーブル氏の時代から一変し、新樽は使用しない透明感を感じさせるワインとなり、辛口論評で有名な「ル クラスマン」で「もっともピュアで最もエレガントな白ワインをつくる生産者の1つ」と評価される様になりました。そして今年、2024年1月にDBRラフィットファミリーに加わり、新たなステージに立ちました。
ウィリアム フェーブル シャブリは清々しい柑橘類をイメージさせる香りと、土壌を感じさせるスモーキーな香りがあります。くっきりとした酸で、ミネラル感が豊富で、うまみを感じる味わいです。強いワインではありませんが、細く棚引くような余韻が長く続く、深い味わいのワインです。イカのファルシーを口に運ぶと、まずトマトソースの味わいが口中に広がります。爽やかなトマトの酸味とコクを伴った旨みと、松の実のナッティさや干しぶどうの甘酸っぱさとが複雑に絡まりあいます。イカ自体は、余り自己主張しないで、割と大人しい印象です。面白い事に、シャブリを飲むと、イカの印象が前面に出てきます。とりわけイカの甘みが、辛口のシャブリに出会う事でくっきりと認識出来るようになりました。
「イカの繊細な甘さが、はっきりと判りますよね」
「トマトで煮込まれる事で爽やかな味わいになっているイカのファルシーに、更に柑橘系の爽やかさも付与されて美味しくなっています」
「干しぶどうが、割と多めに入っていますから、辛口のシャブリと、どうかな・・・と思っていましたが、良く合っています」
「ぶどう同志ですから、折り合いが付くのでしょうね」
「イカも、刺身だとシャブリを合わせると、マリアージュしているような、いないような微妙な感じがして、いつも悩んでいました」
「イカ刺身、特に山陰でシロイカ、関東や金沢でアカイカと呼ばれるケンサキイカの刺身だと、弾力があって噛む回数が多いですよね。イカの繊細な甘み自体とシャブリは良く合うのでしょうが、噛んでいるうちにワインの風味が消えてしまいますので、ワインが何処に居るのか判らなくなるからです」
「金沢には『東の次郎、西の弥助』と呼ばれる小松弥助という寿司屋の名店があります。大将の森田一夫さんのアカイカに入れる隠し包丁は超絶的で、イカの筋肉の繊維をコンマ数mmの精度で切断しているので、まるで空気の様にイカが口のなかで溶けるのです。そのイカだったら、シャブリは抜群に合います」
「このイカのファルシーは煮込まれることでイカが柔らかくなって、口中で解けるので、シャブリと良く合うのですね」
皆様も、スルメイカが安い時に、是非このイカのファルシーに挑戦してください。そしてウィリアム フェーブル シャブリとの素晴らしい相性を経験してみてください。