今回のレシピは、白子の巾着揚げです。タイ料理の大家の鈴木都先生に、トゥントーンという、タイ宮廷料理の前菜バージョンで作っていただきました。タイ宮廷料理のトゥントーンは巾着の形をした揚げ物で、通常の中身は海老、挽肉、春雨、きくらげなどです。今回は、その手法を用いて、中身が白子の巾着揚げです。巾着の形はご祝儀袋を模しているそうで、お目出たい席で出される縁起の良い料理です。今回の主素材の白子は、精巣の事です。フグ、タラ、サケの白子は、市場で、かなりの量が出回っています。最も高価なのはフグです。量的に一番多いのはタラの白子で、フグには負けますが、タラの白子も、年末では豊洲市場で1㎏1万円を超すものもあります。アンコウ、タイ、サワラ、イカの白子は時折見掛ける事がある程度です。昔、イタリアのヴェネトの魚市場で、大量のイカの卵巣が売られているのを見たことがありますが、その時も白子は無かった気がします。ムツやハタハタの白子も美味しいですよ。九州の鮨屋さんでは、夏場、時折イサキやアイゴ(九州ではバリと呼びます)の白子の握りを出してくれる店があります。私の父の故郷である島根県浜田ではアイゴの白子や真子(卵巣)だけで、結構な量が市場に出回る事があります。動物では、鶏の白子も美味しいです。白っぽい、空豆のような形で、魚の白子よりも少し濃厚な味わいです。沖縄では山羊の精巣を食べます。白子とは呼ばずに、刺身の時には「玉刺し」と呼んでいました。さて、タラです。タラは、マダラとスケトウダラがありますので、混同しないように、白子も呼び分けています。スケトウダラの白子が助子、マダラの白子が真子です。マダラの白子は地方名が沢山あります。北海道ではタチです。白子のお味噌汁はタチ汁です。北海道ではスケトウダラも沢山獲れるので、マダラの白子です!と言う為に真ダチと言う言い方もあります。青森では、普通に白子と呼ぶ事が多いですが、マダラの白子です!と言う為に真白子と呼ぶ場合もあります。また、タヅと呼ぶ人もいます。白子は青森名物「七子八珍」の七子の一つです。青森県南から盛岡、さらに宮城にかけてはキク、キクワタと呼ばれることが多いです。秋田、山形ではダダミ、新潟から石川にかけては、普通に白子で、福井になると再びダダミです。京都は雲子と呼ばれる事が多いです。
今回、白子はナンプラーで味付けをして巻きます。たれはココナッツクリームとレッドカレーペーストとナンプラーです。
さて、この白子の巾着揚げにテイスティングメンバーが選んだイチオシは、ローラン・ペリエ ラキュベでした。ローラン・ペリエ社は1812年にエペルネ東部のトゥール・シュール・マルヌで創業しました。現在の所有畑は150ha、年平均生産量は75万c/sです。世界第4位の規模でありながら、ドゥ ノナンクール家の家族経営のもと、独創的なラインナップを持っているシャンパンメゾンです。家族経営のシャンパンメゾンとしては世界1位なんですよ。1812年にアルフォンソ ピエロにより創業され、その後、ウジョーヌ ローランとマチルド ペリエ夫人に引き継がれ、その時に二人の苗字を繋げて 「ローラン・ペリエ社」となりました。その後、名門のランソン家の娘のマリー ルイーズ ドゥ ノナンクールがメゾンを買い取りました。第二次世界大戦が終わり、ランソン社などで修業を積んだ故 ドゥ ノナンクール会長が28歳の若さで会社を引継ぎました。その、当時の販売本数は年間約6,000c/s、大体100位のメゾンだったのです。「本当に美味しいシャンパンをお客様に届けたい」事が信念だった故 ドゥ ノナンクール会長は「良いシャンパンを醸すには、なにより、良いぶどうを調達する事が大切だ」と、来る日も来る日もぶどう生産農家を訪れました。でも、ぶどう生産農家も商売です、大手のシャンパンメゾンに買って欲しいと考えるのは当然でした。そこでノナンクール氏は「出来の良くないぶどうも買いましょう」と農家に提案したのです。ワインの銘醸地としては最も北に位置するシャンパーニュ地方は、良いヴィンテージと悪いヴィンテージの差が大きく、大手のシャンパンメゾンは出来の悪い年のぶどうは買ってくれなかったのです。大手のシャンパンメゾンはそういう悪いヴィンテージに備えて大量のリザーブワインを所有しているので、悪い年のぶどうを購入しなくても需給には問題が無かったのです。大手のシャンパンメゾンメゾンが買ってくれない出来の悪い年のぶどうを買ってくれると聞いて農家は喜びました。ここで、賢明な読者の皆様は、矛盾に気が付かれていると思います。「あれ?故 ドゥ ノナンクール会長は『美味しいシャンパンをお客様に届けたい』事が信念で『良いシャンパンを醸すには、なにより良いぶどうを調達する事が大切だ』と思っていたんじゃなかったっけ?・・・・」
ノナンクール氏は高いぶどうを買って、高くは売れないヴージーなどのスティルワインにしたのです。「こういうメゾンなら信用できる!」と徐々にローラン・ペリエにぶどうを売ってくれる農家が増えて行ったのです。故 ドゥ ノナンクール会長は2010年に90歳で亡くなりました。ノナンクール氏の葬儀には、そういった長い付き合いの栽培農家の方が多数参列されていました。現在の当主は長女のアレクサンドラ ドゥ ノナンクールです。セラーマスターはミシェル・フォコネです。彼は1973年にローラン・ペリエに入社し、1950年のエドゥアール・ルクレール、1983年のアラン・テリエに続く3代目のセラーマスターを2004年から務めています。今年、マクシミリアン・ベルナルドーが、ミシェル・フォコネの直属として、ローラン・ペリエ・グループのセラーマスター兼ワインマネージャーに任命されました。細胞生物学と植物生理学の学位を取得した後、マクシミリアンは2008年6月にディジョンで国家醸造学者の学位を取得しました。ブルゴーニュで経験を積んだ後、シャンパーニュ地方のコンサルタント醸造学者としてSofralabに入社し更にぶどうの栽培とシャンパーニュワイン造りのエキスパートになりました。
ローラン・ペリエのメゾンスタイルは、「フレッシュであること」「エレガントであること」そして「バランスが良いこと」で、常に一貫しています。バランスの良さを達成する為には瓶内二次発酵後の熟成期間を長く取る必要があります。しかし熟成期間を長く取るとフレッシュであることが失われ勝ちです。そこでローラン・ペリエでは、もともとフレッシュさを多く持っているシャルドネをメインで使い、早く熟成感が出るけれども長熟には向かないムニエは出来るだけ控え目な使用率にとどめています。ちなみにシャンパーニュ地方ではぶどうの価格は同じランクであればムニエが一番手頃で、シャルドネが一番高価です。ローラン・ペリエ ラ キュベは、英国王室御用達シャンパンメゾン ローラン・ペリエ社のスタイルである「フレッシュさ」「エレガントさ」「バランスの良さ」を、正に表現したスタンダードキュベです。シャルドネをメインで50%-55%、ピノ・ノワールをサブに30%-35%、ムニエは出来るだけ控え目に15%-20%です。瓶内二次発酵後の熟成期間は最低でも48ヶ月とるようにしています。100以上のクリュ(畑)から厳選したぶどうを使用。またその厳選ぶどうからの、一番搾り「ラ キュベ (La Cuvée)」のみを使用していることを、その名前で宣言しているのです。法律で認められているタイユは、全く使わず、他のシャンパンメゾンに売却しているのです。味わいはメゾンの味わいのスタイルである「フレッシュ」「エレガント」「バランスが良い」を正に体現しているシャンパンなのです。
白子の巾着揚げを食べると、パリパリとした食感に驚かされます。ローラン・ペリエ ラキュベと合わせると白子の海の風味が口に広がりました。
「美味しいですね」
「巾着の上の部分が、具材に触れていないので、揚げてから時間が経っても、しなしなにならないんですね」
「そのクリスプな感じが、泡とばっちり合っています」
「皮の、ちょっと焦げた風味がローラン・ペリエ ラキュベの酵母の自己分解のトーストを思わせる香りと共鳴していますね」
「白子が全然生臭く無いんです。ちょっとびっくりする位です」
「ナンプラーで下味を付けると、生臭みを、ぐっと抑える事が出来るんです」
「白子の磯の風味が、ローラン・ペリエと出会う事で、際立っています」
「とろりとした、白子のテクスチュアで、ローラン・ペリエの味わいがリッチになりますね」
「たれのココナッツ風味で、より複雑な味わいになっている気がします」
「いずれにしても、素晴らしいバランス感ですね」
ダイヤモンド社で昔、発行されていたソムリエ協会会長の「田崎真也のシャンパン・ブック」には、39のシャンパンを、爽やか⇔複雑の縦軸と、フレッシュ⇔コクの横軸の分布図で味わいのタイプを判り易く解説してくれていました。そのころのローラン・ペリエのスタンド―ドキュべは爽やか・フレッシュタイプ感が際立つタイプとしてプロットされていました。和食や鮨に合わせ易いタイプのシャンパンの代表選手なのですね。
皆様も良い白子を見かけられましたら是非とも白子の巾着揚げに挑戦してみてください。そしてローラン・ペリエ ラキュベとの素敵なマリアージュもお楽しみくださいませ。