今回のレシピは、ラムとトマトのタジン クスクス添えです。タジンは北アフリカで使われだして、今では世界中で広く使用されている浅めの土鍋の事です。そこから転じてその鍋で作られる料理の事もタジンと呼ばれるようになりました。タジン鍋は、様々なデザインの物が販売されています。真ん中が高くなった蓋が特徴的なのですが、トンガリ帽子の様なものや、富士山の様な形のものもあったりします。モロッコで最初に作られたのではないか?と言われていますが、いつごろかは、正確には判っておりません。スコットランドに2世紀頃建造されたアントニスの壁の内部から、タジン鍋の破片がいくつも出土していますので、それ以前からあったのは間違いありません。タジン鍋の語源は、アラビア語の ṭažinなのでしょうが、その ṭažinは、先住民族のベルベル人の話し言葉であったベルベル語のṭajin(浅い土鍋)や、古代ギリシャ語の tágēnon (フライパン、鍋)に由来しているのではないだろうか?と言うのが一応定説です。古代ギリシャというと紀元前3000年頃から紀元前2世紀位にあった国ですから、タジン鍋もその頃からあったのでしょうかね。タジン鍋は、トンガリ帽子の蓋に秘密があります。蓋には穴が無いものが主流ですが、穴のあるものもあります。穴が無い蓋では円錐状の空間に蒸気が溜まります。蓋の先の方は火源から離れていますので比較的冷たいです。蒸気は、そこで冷やされて水滴となって下の鍋に戻って行きます、この水分の循環で焦げ付き難く、上手に蒸すことが出来るのです。モロッコは砂漠が多く、水が何より貴重です。水をあまり使うことなく調理できるタジン鍋は本当に便利だったのです。同じ素材に火を入れるのでも、茹でると素材の味わいや香りが煮汁の中に溶け出します。煮汁もスープとして利用するなら煮る方法は良い調理方法です。でも具材しか使わないのであればタジン鍋で蒸し煮にする方が素材の味わいを閉じ込めて活かす事ができます。同じ蒸すでも、日本風の蒸籠で蒸すよりもタジン鍋で蒸す方が、香りが強い気がします。蒸すときに蒸発する香り成分がトンガリ帽子の先で凝結して、下の鍋に戻るからだと思います。モロッコ料理の肉系の素材で最も多く登場するのが羊と牛です。マグリブ(陽が沈む国)と呼ばれる、モロッコを含む北西アフリカの広いエリアで育てられている羊は、一般的な羊と違い皮下脂肪が余りなく、脂肪に溜まりがちな、あの癖のある香りも控え目です。脂肪は尻尾の付け根周辺に集中的に蓄えられるそうです。
付け合わせのクスクスですが、これも、現在のモロッコとアルジェリアあたりのエリアでベルベル人が作り始めたようです。時期は5世紀から6世紀にかけてだと言われています。元々はデュラム小麦をセモリナ(=粗挽きの粉)にしたものです。原始的な石臼を使用して粗粉砕で製造したクスクスは、伝統的な2段式の蒸し器であるクスクシエラで2-3回蒸さないといけない手間の掛かる食べ物でした。現在クスクスとして販売されているものは、 デュラム小麦を、一旦細かい粉にし、水分を含ませ、そして粒状にしてから蒸して乾燥させたものです。一粒1㎜位で、世界最小のパスタとも言われます。こちらのクスクスは一回蒸すか熱湯を掛けて置いておくと食べる事が出来るようになります。アルジェリアでは、クスクスの事をタアーム=食べ物と呼んでいます。日本人が「お米を炊いたもの」を「ご飯」と呼ぶのと同じ感覚の、毎日食べる主食の位置づけなのだと思います。
このラムとトマトのタジン クスクス添えにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインは、シャトー オーシエールでした。シャトー オーシエールは、メドック1級格付けの、しかもその筆頭格付けであるシャトー ラフィットを擁するドメーヌ バロン ド ロートシルト(ラフィット)社が南仏コルビエール地区に所有するドメーヌ ド オーシエールのフラッグシップワインです。ドメーヌ ド オーシエールはナルボンヌの街から西に10km離れた丘の中腹にあります。ナルボンヌの街は人口46,500人で、南仏の中堅都市です。地中海岸に幾つもあるラグーンの中でも比較的大きなバージュ・シジャン湖の北側にあります。ドメーヌ ド オーシエールはナルボンヌからトウールーズに向かう高速A61号線を走って行くと、ナルボンヌのA9のジャンクションから5-6分で、左側に畑もドメーヌの建物も、見る事ができます。ドメーヌ ド オーシエールの始まりはローマ時代にさかのぼります。ドメーヌ ド オーシエールのぶどう畑のある場所は、コルビエール地区で、中世にはシトー派修道院が農場として運営されていました。フランス革命を経て競売にかけられ、その後オーナーがかわる度に荒廃してしまい、すっかり荒れ果てていました。1999年にドメーヌ バロン ド ロートシルト(ラフィット)のオーナーであるエリック ド ロスチャイルド男爵がこの畑のポテンシャルにほれ込み、広大な畑を購入しました。ドメーヌ バロン ド ロートシルト(ラフィット)にとっては、ボルドー以外でぶどう畑を手掛けた事は無く、まさに新たなる挑戦でした。オーシエールの荒廃したぶどう畑は560haもありました。まず、ラングドックで土壌コンサルタントとして活動していたオリヴィエ・トレゴア氏に土壌を分析してもらいました。土壌は、斜面では砂利質や砂岩質、平野部は砂質でした。3分の2の斜面部の畑がAOPコルビエールに認定される畑で、シラー、ムールヴェードル、グルナッシュ、カリニャン、サンソーを植えました。残りの3分の1がIGPペイドックに認定される平野部の畑でメルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドを植えました。シャルドネはフォンフロワド山の麓の最も冷涼な北向きのIGPペイドックに認定される区画で育てられています。植え付け面積は170haにしました。ぶどう畑の倍の面積を残したのは、森林とガリーグ(南仏の潅木が群生した土地)を残す為です。自然と共生することで、健やかなぶどう畑を保つことができるようにする為なのです。シャトー オーシエールのぶどう品種はシラー76%、ムールヴェードル24%です。色は、濃いめのダークチェリーレッドです。熟したカシス、ブラックチェリーやバラの印象がありゴージャスです。甘苦系のスパイスをイメージさせる香りやバニラの香りもあります。口に含むと力強いアタックで、構造の大きさを感じさせます。キメ細かなタンニンが豊かで、余韻の長いワインです。ラムとトマトのタジン クスクス添えと合わせると、蒸されたラムとオーシエールのボディとが丁度良くバランスしています。
「ラムの香りと、オーシエールのスパイシーな香りとが良く合っています」
「南仏らしく、スパイス満載で調理していますからね」
「ラム肉のコク、脂とが口の中でシャトー オーシエールとマリアージュします。本質的な相性というか、ずっと羊を食べ続けてきた人たちが愛する組合せなんだろうなぁ・・・・と思わせる納得の味です」
「フランス料理の肉の格は、仔羊が最上位で続いて仔牛、牛と続きます。そして仔羊と相性の良い代表格はメドックの赤ワインというのが定説です。ラフィットはそのメドックの1級格付けのなかでも最上位である筆頭格付けですからね。そのラフィットが醸すドメーヌのワインですから、ラムに合わない訳が無い、と言う感じでしょうかね」
「おつゆも美味しいです。ステーキ肉などをナイフで切った時にでる肉汁も美味しいのですが、このおつゆには、スパイシーさやハーブのニュアンスも溶け込んでいます」
「そうそう、タジンの蓋で香りも回収されるからね。それが煮詰められる事で自然に極上のソースになっていますよね」
「このシャトー オーシエールはドメーヌ ド オーシエールのフラッグワインです。だから、主張の強さもありました。今日マリアージュ実験した他の料理では、明らかにシャトー オーシエールの方が強すぎてアンバランスになっているものもありました。でもこのラムのタジンとは、ばっちりですね」
皆様も是非、タジンの蒸し料理にトライしてみてください。もしタジン鍋をお持ちでない方も蓋をしっかりして焼けば普通のフライパンでも作れます。その時は、ごく弱火で、焦がさないように調理してください。また、新しくタジン鍋を選ばれる時は、ご自身がどの火源で調理するのかを良く考えてお選びください。伝統の陶器製はIHでは使用できません。IH対応の物は電子レンジでは調理出来ません。シリコンのものは電子レンジで使用できますが、IHや直火では使えません。旨み成分や香りを逃がしにくいタジン鍋の料理は何かと使い勝手が良いです。そして、今回のラムとトマトのタジン クスクス添え、本当に美味しいですよ。是非シャトー オーシエールとの絶妙なマリアージュをご体験くださいませ。