今回のレシピは、サムイ島流海老とパイナップルのカレーです。サムイ島はタイの首都バンコクから南に470㎞も離れた、タイランド湾に浮かぶ島です。タイ王国南部のスラートターニー県に属する島で、面積は252 km2ですので、徳之島や色丹島よりも少し広いくらいです。島の東側はパウダー状の砂浜が幾つもあって、タイでも指折りのリゾート地です。世界中の都市の、月平均気温の変化や月別降水量のデータを提供しているクライメットデータでサムイ島の東岸のKoh Samuiの町を調べると過去30年平均のデータで、一番暑い時期が4月から6月なのですが、月平均最高気温が29.5℃と、そこそこ暑い場所です。驚くのは、その3ケ月の月平均最低気温が26.8℃で、最高と最低の気温差が3℃も無い事です。典型的な海洋性気候の温度変化なのですが、これ位最高と最低の変化幅が小さいのは、世界でも珍しいです。日本的な四季は有りません。12月から1月が一番涼しい時期なのですが、月平均最高気温が27.0℃で暑い時期と涼しい時期の温度差が、たったの2.5℃なのです。東京の温度差が、同じクライメットデータで21.4℃なので、如何にサムイ島の温度変化の幅が小さいかわかります。サムイ島は気温としては、本当に安定したエリアなのです。雨季は明確で、10月と11月の2ヶ月が突出して多く、それぞれの月で300mm位の雨が降ります。通常の月の3倍くらいにもなるのです。
タイの南側は、有名なリゾート地が沢山有りますが、マレー半島の西か東かで気候が大きく異なります。日本でも有名なプーケットはサムイ島と緯度は近い所にありますが、サムイ島とは逆の、半島の西側に位置します。プーケットの月平均最高気温は、どの月も30℃を越えていて、サムイ島よりもずっと暑いです。プーケットも海洋性気候なのですが、月平均最低気温との差は10℃くらいある月が多く、寒暖差も大きいです、プーケットは雨季が長く4月から11月くらいまでの8か月もあります。その間、月平均200㎜から400㎜くらいも降るのです。サムイ島は気温が安定していて、雨の多い時期も2か月くらいに集中しているので、リゾート地としては大変優れているのです。蟹、海老、シャコなどの甲殻類や魚、貝などが豊富で、ターメリックやココナッツの名産地でもあります。もちろんパイナップルも沢山取れます。パイナップルは稲と同じ単子葉類でパイナップル科を形成している多年生の植物です。原産地は、熱帯アメリカのブラジルからパラグアイにかけてのエリアだと言われています。種子を作る本当の意味での果実はパイナップルの鱗状の堅くて食べられない部分にあります。ご自分でパイナップルの皮むきをする方は、堅い鱗のような中に、小さな穴があってその中に胡麻のような小さな実をご覧になった事があるかと思います。ところで、皆様はパイナップルは果物だと思いますか?野菜だと思いますか?果物と野菜のかっちりとした定義は、じつは、ありません。園芸学では「野菜」とは「副食物として利用する草本類の総称」であると定義されています。学問的にはそれで良いのでしょうが、不都合も起こります。私たちには果物の印象が強い苺、メロン、西瓜が野菜に分類されてしまうのです。世界と統計を交換する必要がある農水省は、苦肉の策で「果実的野菜」という概念を作って苺、メロン、西瓜を野菜の統計にいれています。と、いう事でパイナップルも果実的野菜なのですよ。
カレーペーストを作ります。工程の写真のハーブやスパイスをみんなフードプロセッサーにかけて作ります。フレッシュハーブやスパイスを集めてつくると、香りが豊かな、格別美味しいカレーペーストが出来ますが、市販のレッドカレーをお使い頂いても問題ありません。海老は有頭海老に拘りたいです。普通のスーパーでは、有頭海老の取り扱いが年末などに限られる事もありますが、最近は大手スーパーでも、エクアドル産などの鮮度の優れた有頭海老を通年販売しているのを見かけるようになってきました。
有頭海老の下拵えをします。頭が取れないように気をつけながら、胴体部分だけ殻をむきます。背中から包丁を入れて背ワタを取り、一部はお腹側まで刃を通します。捻りこんにゃくの要領で、その穴に、下から尻尾を通して捻るのです。文章ではお判り頂き難いと思いますので、もう一つの工程の写真をご参照いただくと判り易いと思います。フライパンにココナッツミルクを入れ、ふつふつしてきたら、海老を入れます。火が通ってきたら、カレーペーストとナンプラーとココナッツシュガーを加えます。パイナップルを入れ、さっと混ぜたら出来上がりです。
さて、このサムイ島流海老とパイナップルのカレーにテイスティングメンバーが選んだイチオシは、フロムファーム 高山村シャルドネでした。高山村と聞くと「岐阜県の飛騨高山?」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、飛騨高山は市です。群馬県にも高山村はありますが、今回のイチオシになった高山村は長野県の高山村です。将棋の藤井聡太さんが七冠目の名人を獲得した名人戦七番勝負の舞台だった「藤井荘」があるのが長野県の高山村なのです。北緯36.7度、冷涼で、日本では内陸ですので、夜の気温が下がるので、美しい酸を維持しやすく、アロマも蓄える事が出来る、ぶどうにとって、とても良い環境なのです。サントリーでは、その高山村の農家さん達に、長きに渡ってぶどうを栽培して頂いています。今回マリアージュ実験に使ったのは2021年ヴィンテージです。2021年は高山村で4軒の農家さんと、初めて収量制限に取り組んだ年です。皆さんもご存知かと思いますが、ぶどうは前年伸びた枝を冬の間に短く剪定します。その剪定したところから、今年ぶどうが房をつける新梢が何本か伸びてきます。放っておくと1本の新梢には3つ程度の花芽が付きます。従来の高山村では1新梢に2房で育てて頂いていましたが、2021年から、収量制限に取り組んで頂いた涌井さん、佐藤さん、大内さん、篠原さんの4軒の農家さんには1新梢に1房に制限して育てて頂きました。そうすると糖度が上がって凝縮感が増すのは勿論のこと、例年よりも豊かなアロマがあるぶどうになりました。グラスに注ぐと、かなり淡いレモンイエローに緑色がほんのりと、はいっています。ゴールデンデリシャスや程よく追熟された洋梨などの黄色い果実を連想させる香りが感じられます。それをキュッと引き締める爽やかな柑橘のタッチもあります。複雑さを与える樽熟成由来のバニラのアクセントもあります。膨らみのあるボディ感と、それに負けない引き締まった透明感のある酸味を持った、今までの高山村から一段進化した充実感のある味わいの、力を感じる辛口シャルドネになる事が出来たと思います。サムイ島流海老とパイナップルのカレーのお皿からはココナッツ独特のこってりとした香りが立ち昇ってきます。海老の味噌のコクとレッドカレーのスパイシーさが素敵なハーモニーになっています。サムイ島流海老とパイナップルのカレーと高山村シャルドネを合わせると、口の中にココナッツの南国の香りとキレのある高山村シャルドネとが、まるく調和します。
「美味しいですね」
「海老の身の繊細な甘みを高山村シャルドネが引き立てています。その調和をココナッツやスパイシーさが包んでいるのですが、邪魔はしていないのですよね。海老と高山村の蜜月はちゃんと尊重しつつ、でもタイ料理としての世界観で包み込まれている感じですね」
「パイナップルを噛むと瑞々しい果汁がほとばしり出て、味わいが一瞬変わって楽しいです」
「トロピカルなパイナップルの風味と、冷涼な高山村のシャルドネだと、もう少し距離感があるなかなぁと想像していましたが、良く合っています。高山村に完熟した果実感があるからですかね・・・」
「タイ料理には海老や蟹を丸ごと使う料理が多いですよね。トムヤンクンもそうですよね。その味噌から出ている、豊かなコクがあるからこその美味しさだと思います」
「よく都先生が『タイ料理は基本的に出汁を取りません』と仰っていますよね。それでいてトムヤンクンは世界三大スープのひとつに数えられています。シンプルに見えて素材からの味わいがどういう具合に料理中に溶け出し、最終形の美味しさをどういう具合に完成させていくのかが考えつくされているからだと思いますよ」
冷涼さを感じさせる高山村の酸がカレーの味わいを引き締め、様々なハーブ・スパイスの香りが複雑に絡み合うカレーを更に美味しいものにしているのだと思いました。
皆様も有頭海老を見かけられましたら、是非このサムイ島流海老とパイナップルのカレーを作ってみてください。そして高山村シャルドネとの絶妙なマリアージュをお楽しみくださいませ。