今回のレシピは、成城学園前の名店だった寺田食堂の豚肉の風味焼きです。かつてサントリーの東京支社のワイン課には、イタリアワインのスペシャリストの寺田さんと言う方が在籍しておられました。彼の実家が成城の名店だった寺田食堂だったそうです。大将で料理長だったお父様が亡くなられた後、寺田食堂は無くなってしまい、お洒落なブティックが入ったビルに建て替えられました。私は残念ながら寺田食堂の営業中には伺った事が無かったのですが、寺田さんのお母様がご存命の頃に、この豚肉の風味焼きを頂いた事がありました。その時にお母さまは「主人がこのレシピを作ろうと思ったのは、貧乏な学生さんでも美味しい肉を腹いっぱいに食べてもらう為です。そして不足しがちなお野菜もたっぷり採れるようにと、山盛りの千切りキャベツに肉汁で作ったドレッシング代わりのソースをたっぷり掛けてその上に豚肉の生姜焼きを一杯乗せたんですよ」と仰っていました。お母さまに食べさせて頂いて、その美味しさに驚き、それ以降、我が家の定番メニューのひとつになりました。去年の秋に「そうだ!ワインスクエアで寺田食堂の豚肉の風味焼きを掲載しよう!そして風味焼きに一番合うワインを探そう!!」と思い立ち、寺田さんに許諾を頂く為のメールをお送りしたのですが、お返事が有りませんでした。その後、クリスマス間近のある日「寺田さんがお亡くなりになった」という知らせが飛び込んできました。お別れに伺い、豚肉の風味焼きの掲載の許可を頂こうとしました。もちろんお返事は無かったのですが、わたしには、寺田さんが微笑まれたように見えました。
美味しくするポイントは、りんごのすりおろしと玉ねぎのすりおろしをたっぷり使う事、レモン果汁と砂糖で甘酸っぱく仕上げる事です。まずは、キャベツの千切りを山盛りつくります。りんごのすりおろしと玉ねぎのすりおろしとにんにくと生姜のすりおろしを小鍋にいれて中火にかけて、軽く煮詰めます。豚肉はバラ肉でもロース肉でも美味しく出来るのですが、がっつり食べたい時はバラ肉の方が向いているようです。塩胡椒で下味をつけ、小麦粉をはたいておきます。フライパンで豚肉を炒めて、しょうゆ、みりんと生姜のすりおろしで味を付けて豚肉は取り出して山盛りの千切りキャベツに乗せます。肉汁がたっぷり残ったフライパンに白ワインとレモン汁を加えて一度煮立ったせます。小鍋のソースも合わせて、豚肉とキャベツの上に掛けたら完成です。
さて、この成城学園前の名店だった寺田食堂の豚肉の風味焼きにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインは、ドメーヌ バロン ド ロートシルト サガ R ボルドー ルージュでした。日本人はフランスワインが大好きです。2015年の輸入通関数量でチリに逆転されますが、それまで、日本にワインが輸入され始めてからずっとフランスがトップでした。そして2021年には再び逆転しトップに返り咲きました。量でもトップですが、金額では2位のイタリアの約3倍、チリの4倍です。これはボルドーやブルゴーニュのワインの高級品が金額を引き上げているからです。インテージのデータを見ると2000円以上のクラスでのフランスの構成比は半分以上の53%※1を占めています。ワインの高価格帯ユーザーへの調査で、「2000円前後のワインを購入する際に安心感がある産地は何処ですか?」の質問への回答は1位がボルドー、2位がブルゴーニュ※2でした。このボルドーへの安心感の源泉となっているものに、1855年に行われたメドックの格付けがあります。その年に開催されるパリ万国博覧会で、ナポレオン3世が思いついたボルドーワインの高品質をアピールする為の戦略がこの格付けでした。「ボルドーの高品質を、より一層、判り易く理解してもらう為」だったのです。実際に選定を行ったのは、ボルドー市の商工会議所です。格付けの判定基準は、当時、既に確立されていた生産者の名声とワインの実際の取引価格でした。ナポレオンからの指示のあった対象ワインは、ジロンド県の総てのワイン、というものでしたが、実際のところ、19世紀にボルドーから主に輸出されていたのは、メドック地区の赤ワインと、ソーテルヌ・バルサック地区の甘口白ワインだったので、この2地区のシャトーが1855年の格付けに選ばれたのでした。格付けについて良くご存知の方でも、ソムリエ教本に限らず、あらゆるところに記載されている「メドック格付け1855年、プルミエ グランクリュ」の掲載順序が、シャトー ラフィット・ロートシルトから始まる理由はご存知無い方が多いかもしれません。ラフィットは、その名声と取引価格において断トツの別格扱いをされていたので、当然のように筆頭として格付けされているのです。そのシャトー ラフィット・ロートシルトを所有しているのがドメーヌ バロン ド ロートシルト(DBR)社です。ドメーヌ バロン ド ロートシルト(DBR)社のワインには「5本の矢」の紋章とそれを取り囲んで“Domaines Barons de Rothschild LAFITE”の文字が刻まれています。この5本の矢には意味があります。ロートシルト家の初代であるマイアー・アムシェル・ロートシルトは、フランクフルトのゲットー(ユダヤ人隔離居住区)出身で、最初は古銭商でしたが、後のヴィルヘルム9世と取引をするようになり急速に成長し、大きな銀行家になりました。5人の息子をヨーロッパ主要都市に派遣し、一大情報網・金融網を築き上げ、素早い情報を独占する事で巨額の利益を生み出しました。5つの都市とはフランクフルト、ウイーン、ロンドン、ナポリとパリでした。マイアーは死ぬ前に「五訓」を残しました。そのなかで、何より望んでいたのは、ロートシルト家の正式な家紋にも刻まれた「協調(concordia)」 なのです。5人の兄弟が団結して、密な情報を駆使する事こそが利益の源だと考えていたのです。
パリを治めていたジェームス・ド・ロートシルトは1868年にドメーヌ バロン ド ロートシルト ラフィット社を設立し今日に至っています。現在のオーナーはエリック男爵のお嬢さんのサスキア・ド・ロートシルト氏で社長はジャン・ギョーム・プラッツ氏が務めています。ボルドーのシャトーで、シャトー ラフィット・ロートシルト、シャトー デュアール・ミロン・ロートシルト、シャトー レヴァンジルとシャトー リューセックを所有し、その他に世界中にワイナリー&ブランドを所有しています。南仏はオーシエール、チリはロス ヴァスコス、アルゼンチンはカロ、中国はロンダイ、そしてボルドーには「サガR」ブランドがあります。
サガRの醸造責任者は女性で、ディアヌ・フラマン氏です。ちなみに、サガは「伝説」、Rは「ロ―トシルト」の意味です。シャトー ラフィット・ロートシルトは5大シャトーの中で、最もエレガントであるといわれ、その味わいは「ラフィット エレガンス」と呼ばれています。マリアージュ実験に使ったサガR 2020年ヴィンテージはメルロが70%でカベルネ・ソーヴィニヨンが30%です。赤いベリーや青いベリーを思わせる香りが豊かで、赤い薔薇の連想もあります。口に含むと柔らかでエレガント、正に「ラフィット エレガンス」を体現したワインです。
豚の風味焼きと合わせると、豚のしっかりとした味わいをサガRが包み込みます。
「すごく、自然に馴染む感じのマリアージュですね」
「サガR自体が、軽やかでエレガントですからね」
「豚の脂身が、サガRのタンニンと出会って甘くマリアージュします。豚もふんわりと上品になる感じがします」
「タレの沁みたキャベツが旨いですね、ちょっとビックリです。サガRとそのキャベツとの相性もとても良いです。爽やかでキャベツをモリモリ食べる事が出来ました」
「そうですね。キャベツ多過ぎじゃない?と最初は思いましたが、あっと言う間に無くなりました」
「リンゴの爽やかさとレモン果汁の爽やかさと、サガRの穏やかな酸が丁度良くバランスしていました」
皆様も、是非、成城学園前の名店だった寺田食堂の豚肉の風味焼きを作ってみてください。そしてサガRとの絶妙な相性をお楽しみくださいませ。
※1 インテージSRI+ 22年1-8月ワイン 価格帯別×原産国別 動向
※2 ミルトーク22年7月 N=111