今回のレシピは、いわしのベッカフィーコ、イタリアのシチリア地方の郷土料理です。元々のベッカフィーコは小鳥の名前です。体長は14 cmくらい、翼を広げると21〜24 cm、体重は約16 - 22グラムくらいの小さな鳥です。スズメが体長14-15 cmで、体重は18-27 gですからベッカフィーコのほうが一回り小さい感じですね。ベッカフィーコ(beccafico)の名前は、イタリア語でイチジクをあらわすフィーコ(fico)が好きなベッカ(Becco)嘴=鳥と言う意味です。19世紀に、シチリアの貴族の間で、この鳥を狩って、小さな体に詰め物をして焼いて食べる事が流行した時期が有ったそうです。小さくてすばしっこいベッカフィーコを沢山準備するのはとても大変ですが、貴族たちは競うように沢山狩って、脚を上に並べて焼いて食べたそうです。貴族たちは、とても旨そうにベッカフィーコを食べ、それを見ていた庶民も、真似したくなったのですが、ベッカフィーコはそう易々とは捕まりません。そこで、知恵者がシチリアで沢山獲れるいわしで、模造品を作る事を思いついたのです。それがいわしのベッカフィーコ(Sarde a beccafico)です。いわしのベッカフィーコは伝統的なイタリアの農産物 (PAT)として、国が発表しているリストにも掲載されています。わたくしは、鳥の方のベッカフィーコを食べてみたくて、シチリアで長く料理の修行をされた方に、どこで食べる事が出来るのか?を聞いてみましたが、その方も、食べた事も見た事も無かったそうです。画像だけでも見てみたくて、イタリアのHPを2時間くらいかけて、それこそ何千枚も写真を確認しましたが、鳥のベッカフィーコ料理の写真を確認する事は出来ませんでした。ずっとベッカフィーコを探し求めてネットサーフィンを続けているうちに、とある疑問が沸き上がってきました。「もしかして、いわしのベッカフィーコの方が、鳥のベッカフィーコよりもずっと美味しかったのではないだろうか?」という疑問です。もし、鳥のベッカフィーコが、いわしのベッカフィーコよりも美味しかったらば、手軽ないわしのベッカフィーコと、やっぱり美味しい鳥のベッカフィーコの両方が生き残る筈では無いか?こんなに探しても鳥のベッカフィーコが見つからないと言いう事は、いわしのベッカフィーコの方がずっと美味しくて、手間をかけて鳥のベッカフィーコを作る意味が無いからなのでは無いか?と思い至りました。そして沢山のいわしのベッカフィーコの写真を見るうちに、大きく分けて3つの仕上がりパターンがある事に気が付きました。詰め物をして、いわしを巻いて耐熱容器に鮨詰めに並べて、いわしといわしの間にオレンジと月桂樹の葉っぱを挟んで、それをオーブンで焼くパターンが一つ。いわしの半身2枚で、詰め物の上下を挟んでパン粉を付けて揚げるのが2番目のパターン。3番目は巻いたいわしをオレンジと月桂樹の葉っぱを挟んでから串で刺して焼くパターンです。1番目のパターンの写真が最も多く、これが主流のようです。その、耐熱容器に並べるパターンのいくつかのレシピに「いわしのベッカフィーコ パレルモ風」と書かれていました。パレルモはシチリア島の北にあるシチリア州の州都です。詰め物をいわしの半身で、上下を挟んで揚げる2番目のパターンには、カターニャ風とメッシーナ風の二つの表記がありました。レシピの詳細を見ると、メッシーナ風の詰め物はパン粉とケッパーですが、カターニャ風には、カチョカヴァロと呼ばれるひょうたん型をした南イタリアのチーズも入る事が、違いのポイントのようです。メッシーナはシチリア島の北東にある都市でカターニャはシチリア島の東にある都市です。今回鈴木薫先生に作っていただいたのはいわしのベッカフィーコ パレルモ風です。いわしは手開きにします。詰め物は、基本的にパン粉をカリカリにしたものです。フライパンにオリーブオイル、にんにくを入れて火にかけ、香りがたったら、松の実も加えてカリカリになるまで炒めて、白ワインで戻したレーズンなどを混ぜ合わせて作ります。この詰め物を手開きにしたいわしで巻いて爪楊枝で止めます。スライスしたオレンジを間にはさんで耐熱容器に並べてパン粉とオリーブオイルを振り掛けてオーブンで焼き上げます。
このいわしのベッカフィーコにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインは、ジョルジュ デュブッフのボジョレー ヌーヴォーでした。もちろん、マリアージュ実験では通常のボジョレーを使用しました。皆様もご存じだと思いますが、「ボジョレー ヌーヴォー」とは、フランスのブルゴーニュ地方の南に位置するボジョレー地区で、その年に収穫したぶどうを醸造した新酒ワインです。ボジョレーは、美食の町と呼ばれるリヨンからの直ぐ北に広がる地区です。 なだらかな丘陵地帯で、「ボジョレー」の名は、「美しい高台」を意味するボージュBeaujeuに由来しています。 ぶどう畑は起伏に富んだ丘の東向きから南向きの斜面に位置しますので、温暖で日当たりもよく、上質なワインづくりに適しています。 ボジョレーの北部は花崗岩質の土壌で、黒ぶどう「ガメ種」との相性が非常に良いエリアです。ボジョレー ヌーヴォーは、丸ごとの果実を齧ったかのようなフレッシュな味わいです。その、タンニンが少なくて飲み心地の良い味わいは、マセラシオン カルボニックと呼ばれる製法に秘密があるのです。普通の赤ワインは黒ぶどうを潰して発酵を行います。ぶどうの香りや色の成分は主にぶどうの果皮に含まれます。そして上質でシルキーなタンニンも皮に含まれます。一方、種にもタンニンは含まれるのですが、少し粗さのあるタンニンなのです。この種に含まれるタンニンは、出来上がったワインを長熟させる原動力にもなるタンニンなのですが、直ぐに楽しみたいヌーヴォーには邪魔な存在なのです。香り成分や色素、タンニンなどのポリフェノールは発酵によって出来たアルコールによって溶かされてワインの中に出てきます。ぶどうを潰して発酵させると、どうしても種からのタンニンも出てきてしまうのです。ボジョレー ヌーヴォーは、収穫したぶどうの房を、そのままタンクにいれて発酵させます。ぶどうの重さで、底の方のぶどうが潰れ果汁が流れ出て自然に発酵が始まり、タンクの中に炭酸ガスが充満します。酸素が無い環境に置かれると、ぶどうは細胞内発酵と呼ばれる酵母が関与しない発酵を行い、アルコールを生成します。果皮のすぐ下にアルコールが出来ますから果皮に含まれている香り成分や色素、タンニンなどのポリフェノールは溶け出します。一方、種は、果肉のゼラチン状の物質に守られてアルコールに触れませんので、種からのタンニンは溶け出さないのです。色や香りが丁度良い頃合いになった時に、圧搾して種と皮を取り除き、果汁だけを、今度は酵母によって発酵させれば、ボジョレー ヌーヴォーが出来上がるのです。
今年の解禁は11月17日です。2022年の天候は、ニュースなどでもご存じかと思いますが、ヨーロッパは暑い夏でした、7月には約60年ぶりの大規模干ばつがやって来て、ぶどうはぎゅっと凝縮しました。ボジョレー地区はこれ以上干ばつが続くと危険・・・・という絶妙なタイミングで雨がふりました。今年のボジョレー ヌーヴォーは期待出来そうです。
いわしのベッカフィーコとボジョレーを合わせると、いわしの味わいに奥行きが出来ます。
「いわしと合いますね」
「いわしや鯖などの青魚は白ワインよりも赤ワインの方が、居心地が良い事が良くありますからね」
「このシーズンのいわしは脂が乗っていますからね。軽い白ワインだといわしに、力負けします」
「松の実とカリカリになったパン粉も赤ワインに寄る原動力になっている気がします」
「しかし、ベッカフィーコって、いわしの尻尾が小鳥の脚にみえて楽しいですね」
「そして、こんなに美味しいんですね。知りませんでした」
「ベッカフィーコと合わせると軽やかなボジョレーに深みが出て、美味しくなった気がします」
「ボジョレー ヌーヴォーの解禁パーティーに出そうかな。いつもチキンや豚料理を出してしまっているので・・・・」
「こんなにボジョレーと良く合うとは想像もしていませんでした」
みなさまも、今年のボジョレー ヌーヴォーを飲まれるときには、是非いわしのベッカフィーコの事を思い出してください。そしてボジョレー ヌーヴォーとの抜群の相性をお確かめください。