今回のレシピは、鰆と芽キャベツのフリカッセです。魚をざっくり分類する呼び方に、白身魚と赤身魚と言うのがあります。魚の小ネタや、クイズに良く出題される問題に「鮭は、白身魚ですか?赤身魚ですか?」というものがありますが、白身魚と赤身魚には、明確な定義があるのです。水産学では、魚に含まれているミオグロビンとヘモグロビンの含有量が魚100gあたり10mg以上であれば赤身魚、10mg未満のものを白身魚とする。と定義付けされています。ヘモグロビンは皆さんも良くご存じのように、赤血球のなかにある、色素タンパク質の一種で、酸素を運搬する役目があります。鉄を包み込むようにポルフィリンがある状態をヘム鉄と呼ぶのですが、ヘモグロビンはそのヘム鉄の一種です。ヘム鉄は構造の中に鉄があるために、赤く見えます。ヘモグロビンは酸素濃度の高い所に行くと、酸素と結合して鮮やかな赤色になります。肺で酸素を受け取って、心臓から送り出された動脈血が鮮やかな赤色なのは、そのせいです。そして体の隅々まで送り届けられ、酸素の少ない環境になると、ヘモグロビンは酸素を切り離し、かわりに水素イオンと結合して暗い赤色に変化します。採血の時の血の色が暗い色なのはそのせいです。ヘモグロビンは酸素を運搬するのに適した物質なのです。ミオグロビンもヘム鉄の一種で、酸素と結びつくのですが、普通の体組織くらいの酸素濃度の低さでは、酸素を切り離しません。もっともっと酸素が無い状態になって初めて酸素を切り離します。なので、酸素の運搬というより、いざと言うときのための貯蔵用に向いています。このミオグロビンはクジラなどの超長時間潜水するような動物の筋肉に特に多く含まれています。動物の筋肉には、速筋と遅筋の2種類があります。速筋は瞬間的に、かつ爆発的に力を出すのに向いた筋肉です。遅筋はずっと力を出し続けるのに適した筋肉です。力を出し続ける為には、多くの酸素を必要としますので、ヘモグロビンやミオグロビンが多く含まれて、結果的に赤く見えます。そうです!赤身魚は、泳ぎ続ける回遊魚が多くて、白身魚は、餌を捕らえる時など、瞬間的に力を出す待ち伏せ型の魚が多いのです。具体的に名前を挙げると、白身魚は、鯛、平目、鰈、河豚、鱚、鮎魚女(アイナメ)、鮋(カサゴ)、細魚(サヨリ)などで、鮭、鱒も白身魚です。赤身魚は、判り易い所から言うと、まず、鮪、鰹です。鰤や縞鯵も赤身魚です。察しの良い方は、もうお気づきだと思いますが、鯵や鯖も赤身魚です。「えっ?鯵や鯖は、青魚じゃないの?」とお考えの方も多くいらっしゃると思います。白身魚と赤身魚をミオグロビンとヘモグロビンの含有量10mg以上か未満で線引きをしていますから、時期によって境界線を越えたり下回ったりする魚種以外は白身魚か赤身魚かのどちらかに分類されるのです。青魚というのは、背中の色が青(から黒)と言う、別の尺度でくくった、白身魚か赤身魚か?とは別の概念なのです。さて、赤身魚の続きですが、梶木の身は、本鮪に比べると白っぽい身の色をしていますが赤身魚です。鰯、鰊、秋刀魚も赤身魚で、今回の主役の鰆も赤身魚なのです。鰆が「魚」偏に「春」になったのは、「春」に産卵の為、外洋から瀬戸内海、それも岡山県周辺に入ってくるので鰆の字になったそうです。旬は、春と真冬と言われています。県別の消費量を見ると、岡山県が1位です。岡山県中央卸売市場の方の話によると、なんと、全国の3割以上が岡山で消費されるそうです。岡山のスーパーの魚売り場には、鰆の刺身が、ほぼ、常時並べられています。
さて、もうひとつの主役は芽キャベツです。子供の頃、ずっと「芽キャベツってキャベツが小さい時に収穫したものだ」と誤解していました。大学生の時に静岡で、芽キャベツの畑を見て、本当に驚きました。遠くから見ると、図分高い所にキャベツが出来ているなぁと思って近づくと、一株のてっぺんのキャベツっぽい葉っぱの塊の下に、太い茎を取り巻くように、びっしりと芽キャベツがくっついていました、それこそ、一株の親の茎に押し合いへし合い、100個近くの芽キャベツが、まるでタイルを敷き詰めたように実っていました。芽キャベツがくっついているのは、元々は、大きな葉っぱが出ていた場所なのですが、その葉をむしると、脇芽が出てきて、それが小さく結球して芽キャベツになるのです。静岡の路地栽培で11月くらいから結球し始め、下から順次収穫すると、また脇芽が出てきて、3月の頭くらいまで、何度か収穫する事が出来ます。農林水産省によると、2018年の都道府県別の生産量で、静岡県が93%、2位の山形県が1.6%ですから、その寡占っぷりが半端ないですよね。
今回は、その鰆と芽キャベツをフリカッセにします。フリカッセ(Fricassée)は、フランス料理の技法で、生クリームで煮込んだものです。シチューとは明確に異なるポイントがあります。フリカッセでは主素材である肉や魚を炒めてから煮ます。一方、シチューは生から煮ます。フリカッセは、表面を焼く事で旨みを閉じ込める...そうする事で具材を美味しく楽しむ料理技法です。シチューは素材の旨みをスープに溶け出させ、そのスープを楽しむ技法と言えます。
さてこの鰆と芽キャベツのフリカッセにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはシャトー ラ コスト ヴァン ロゼ、プロヴァンス地方のロゼでした。世界市場を見ると、ロゼは堅調に伸びています。2002年に1,960万hlだった世界の消費量は、2019年には2,430万hlまで2割増加しました。国別消費量を見ると、2019年ではフランスがトップで35%、2位はアメリカで15%、3位はドイツで7%、4位がイタリアで4%です。フランスは、色別で見たワイン消費で1990年台に白を抜き、2020年現在では36.1%に達するまでになっています。輸出入を見てみると、フランスがブランド戦略に長けているのが良く判ります。国別輸入量のトップも、輸出金額のトップもフランスなのです。単価の安いロゼを大量に輸入し消費しながら、単価の高いロゼは輸出してしっかりと稼ぐ...それがフランスなのです。今回イチオシワインに選ばれたシャトー ラ コスト ヴァン ロゼの故郷であるプロヴァンス地方は、フランスにおける一大ロゼ産地です。一般社団法人日本ソムリエ協会のソムリエ教本2021年度版によるとプロヴァンス地方で生産される実に89%がロゼだそうです。また、プロヴァンス産のロゼは全フランスのロゼの4割以上あり、世界の5%にも相当するそうです。
シャトー ラ コストは、プロヴァンス地方の主要なAOPのひとつであるAOP コトー・デクサン・プロヴァンスにあります。シャトーはAOP コトー・デクサン・プロヴァンスの中心都市であるエクサン・プロヴァンスの街から北に10kmに位置します。広大な200haの敷地に130haのぶどう畑があります。ワイナリー設計のマスタープランは安藤忠雄氏によるものです。安藤氏設計のギャラリーを中心に、F・ゲーリー、J・ヌヴェル、R・ピアノ、N・フォスター他、世界の名だたる建築家やアーティストによる作品30以上が点在する、まるで美術館のような場所なのです。2011年からは一般にも公開され、現在は、レストランやヴィッラも併設されています。ワインとグルメ、そしてアートが楽しめる、正にラグジュアリーなワイナリーなのです。
シャトー ラ コスト ヴァン ロゼは、有機栽培ぶどう100%使用のオーガニックワインです。ぶどうはシラー、グルナッシュが土壌は水はけのよい粘土石灰質土壌の畑に栽培されています。樹齢は40年以上で、古木らしい凝縮感がありながら、エレガントな辛口ロゼワインです。グラスに注ぐと、淡いサーモンピンクが、とても美しいです。まず、ふわっと白い花を思わせる香りが華やかです。まるで、カスミソウの花束に顔を突っ込んだかの様な雰囲気です。少し遅れて、赤いべりーのニュアンスと、白桃の様な甘い香りやレモンを思わせるフレッシュな香りが追いかけてきます。口に含むと、ボリューム感のある飲み心地で、長い余韻が楽しめるワインです。
鰆と芽キャベツのフリカッセと合わせると、ロゼのグラスから立ち昇る、ふんわりとした香りと、芽キャベツに火が通った時の香りが絶妙にマッチします。
「フリカッセを口に運んで、ワイングラスを鼻に近づけただけでマリアージュが始まります」
「キャベツを煮た香りって、ちょっとクセがありますが、ロゼと調和するんですねぇ」
「辛口ロゼですから、力のある鰆の方が光るかと思いきや、香りだけで、まずキャベツとの相性の良さを見せつけましたね」
「鰆とも、凄く良く合いますよ」
「鰆は、一見すると白身魚かな?と思うくらい、淡いピンク色です。白っぽく見えるのは、筋肉に細かく脂が織り込まれているからです。鰆を噛むと、一瞬、淡泊かな?と思わせますが、直ぐに深みのある旨みが広がります。その充実した味わいと、高級辛口ロゼの厚みのある味わいが良くマッチしています」
「フリカッセのソースの、とろりとした濃厚な味わいとロゼの濃さが、とっても良く調和して美味しいです。」
フリカッセと聞くと、難しい手間のかかる料理と錯覚されがちですが、生クリームさえあれば、意外に簡単です。みなさんも是非、鰆と芽キャベツのフリカッセに挑戦してみてください。そして南仏のエレガントなロゼとの抜群の相性をお楽しみくださいませ。