今回のレシピは、とり貝のカルパッチョです。トリガイは、二枚貝綱マルスダレガイ目ザルガイ科に属する二枚貝です。マルスダレガイ目には、私たちが普段、口にする貝が沢山属しています。浅利、蛤、クラムチャウダーにつかうホンビノス貝もマルスダレガイ目です。ザルガイ科は、殻に刻まれている放射状の線が笊=ザルに似ているので笊貝の名前になりました。科名を代表するザルガイや南の海に居るシャコガイ、今日の主役のとり貝もザルガイ科です。
とり貝は、天保14年(1843)年に著された目八譜にも収録されています。目八譜は日本最古の系統的な貝類図譜で、現在の新宿区砂土原町に生まれた武蔵石寿が文章を書き、服部雪斎らが標本図を画き、全15巻で991種の貝を極色彩で掲載しています。目八譜の書名は、富山藩主の前田利保が命名しており、「貝」の字を分解し「目、八」としたものです。興味深いのは、この本が書かれたのが、西洋の動物分類学が本格的に伝えられる以前であるので、日本独自の分類である事です。また、その記述分析を見ると、当時の日本の分類学、解剖学が世界レベルにひけをとらない事が良く判ります。パソコンを使えば、国立国会図書館デジタルコレクションで15巻総て閲覧する事が出来ます。その目八譜によると、とり貝の名前は、
食用になる足の部分が、鳥の嘴の様な形をしている
味わいが鶏に似ている
上総の海で千鳥が海に入ってとり貝に変わったという伝承がある
の3つの理由から命名された、と記しています。
とり貝は青森県以南に広く分布すると貝類図鑑に書かれていますが、15年程前には、函館で大量に漁獲された事がありました。温暖化の影響なのでしょうかね。殻は大きいものだと、直径10㎝位になります。殻には放射状に40本ほどの筋があります。殻を開くと、殻の内側はピンク色で、黒くて長い足が収まっています。食べる部分は、その黒い足です。活きの良い貝は、その長い足を殻の倍くらいの長さに伸ばして動き回ります。大変美味な貝で、大きなものは高級鮨屋や高級和食で取り扱われます。とり貝としては、農林水産省の都道府県別の統計が無いので正確な数量は判りませんが、河岸を見ると、天然ものでは、東京湾、三河湾、大阪湾、豊前海などの物を見かけます。養殖によるブランド化も進んでいます。京都府舞鶴産や石川県七尾産のとり貝は、殻の直径が10cmくらいあり、河岸でも1個2000円位で取引される超高級品です。生きたままのとり貝が手に入れば、剥いて足を切り出すのですが、足の黒い色素は「ハク」と呼ばれ、大変剥がれ易いので俎板にラップなどを引いて剥がれないように注意深く作業します。
そのとり貝を、今日はカルパッチョにします。ハーブはセルフィーユ、酸味はライムで付けました。セルフィーユは、セリ科の一年草で、形はパセリに似ています。英語ではチャーヴィルやフレンチパセリ、和名は茴香芹(ウイキョウゼリ)と呼ばれます。あとの味付けは、シンプルに塩こしょうとエキストラバージンオイルだけです。
この、とり貝のカルパッチョにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはポルトガルの、ヴィーニョ ヴェルデのガゼラでした。ヴィーニョ ヴェルデはポルトガルの北部大西洋岸のワイン原産地呼称です。『ヴィーニョ ヴェルデ』を直訳すると「緑のワイン」で、フレッシュで若々しくて「緑」をイメージするワインとでも言った所です。ぶどう品種はローレイロ、ペデルナンといったこの地方の地場品種、それを黄色く完熟する、ちょっと手前の未だ緑色を残すタイミングで収穫して醸します。柑橘類などのフルーツのようなすっきり&フレッシュな味わいと、シュワッと感じられる微発泡が特長です。
とり貝のカルパッチョと合わせると、とり貝の素材としての実力が良く判ります。
「旨い!と言うか甘いですね!」
「私はとり貝が、あらゆる貝のなかで一番美味しい貝だと思っています」
「とり貝のほのかな甘みを辛口のガゼラが、見事に引き立てていますね」
「とり貝って、身が軟らかすぎず、硬過ぎず、力を入れるとぷつりと嚙み切れる丁度良い歯応えで、気持ち良いのです」
「ガゼラと合わせると、ヨード香がぐっと高まりますね」
「ヴィーニョ ヴェルデが持つ、ちょっと緑っぽい香りとグレープフルーツっぽい香りがライムと共鳴して清々しさが強調されています」
ガゼラは単体では、かなり軽やかなワインです。アルコール度数も9%と通常のワインに比べて低めなので、お休みの日のランチタイムや午後の女子会などにも丁度良い感じがします。
活けのとり貝は大きな市場に行かないとなかなか手に入らないかもしれませんが、産地で剥き身にして加熱して「たて」と呼ばれる半透明なプラステックの皿にのったとり貝は寿司種に強い魚屋さんなら取扱いがあると思います。皆様も是非、とり貝のカルパッチョを作ってみてください。そしてガゼラとのマリアージュを、是非是非お愉しみください。