今回のレシピは、長芋といかのディルバターソテーです。長芋は、ジネンジョ(自然薯)を代表選手とする、ヤマノイモ科ヤマノイモ属のつる性多年草の植物の仲間です。ヤマノイモ属の仲間は、地下に通常「芋」と呼ばれる担根体を作ります。自然薯の学名がDioscorea japonicaである事からも判りますが、自然薯は日本が原産です。「ヤマノイモ属の芋は、みんな山芋だ」と思っている方も多くいらっしゃるので、市場でも正式名称と通称の山芋が入り乱れていて、大変ややこしいです。山芋を芋の形状で分けると大体、5つに分類されます。自由奔放な形の自然薯、こん棒型の長芋、握り拳のようなツクネイモ、銀杏の葉の形の銀杏芋、グローブのような大きさで形の大薯の5つです。この5つは全部ヤマノイモ属に属していますが種が違います。自然薯は、ヤマノイモ(山の芋)、ジネンジョウ(自然生)とも呼ばれ、古くは中国の山芋に相当する「薯蕷」の漢字を使って「ヤマノイモ」と読ませました。薯蕷の漢字自体は今でも薯蕷饅頭などで使われています。自然薯は山に自然に生えるので自然薯、里で栽培する里芋に対して、山の芋と言う事で、山芋とも呼ばれます。日本では、北は北海道の札幌以南あたりから自生しており、南は沖縄にまで、広く分布しています。関東では公園などにも自生していて、2021年春サントリーワインインターナショナル株式会社が移転した田町のオフィスの傍のビジネスホテルの生垣にも生えていました。葉っぱは細長いハート型です。9月になると葉の付け根にムカゴが出来ます。ムカゴは、球芽と言われるもので、花が咲いて出来る種とは違うのですが、ムカゴを植えると、芽が出て山芋が出来ます。また、湯がいて塩を付けると、とても美味しいです。芋の方は、天然のものは、それこそ岩の裂け目や石を掻い潜って地下茎を伸ばしますので、自由奔放に色々な形の芋があります。高尾山に登山された方はご存知かと思いますが沿道のお土産物屋さんには晩秋から冬にかけて、自然薯が売られています。芋の形や大きさは様々です。ネットで「自然薯 写真ギャラリー」と検索すると、様々な形の自然薯を見る事が出来ます。自然薯は畑でも栽培されています。塩化ビニールのパイプの中で育てるものは比較的真っすぐですが、柔らかい畑に直植えされた自然薯は、土の中でも、のたうつ様な不思議な形に育ちます。
長芋はスーパーなどで良く見かけるこん棒のような形をした山芋です。中国原産と書かれる事が多いようですが、中国の食材に詳しい友人は、中国の市場では、あの綺麗な形の山芋は見た事がなかったと言っていました。5つの山芋の中で最も水分含有量が多く、さらさらした食感です。
ツクネイモは拳骨を握ったような形の芋です。大和芋や伊勢芋、丹波芋、加賀丸芋などが有名です。表面が鱗状で、摺り卸すと粘り気の強い芋です。薯蕷饅頭などのお菓子に良く使われるのはこのツクネイモです。
銀杏の葉の形の銀杏芋には「ややこしい点」が2つあります。一つ目は名前です。銀杏芋は関東では大和芋の名前で流通する事があるのです。飲食店で電話発注の時にツクネイモのつもりで大和芋を頼んだのに銀杏芋が来てしまった、みたいな事故が時折有るそうです。ややこしさの2番目は品種改良です。平たく広がる銀杏芋は、皮を剥き難いので、品種改良され、長芋のような、こん棒の形ものがあるのです。外見からは銀杏芋とは見分けが付かないので、ややこしいです。5つの最後は大薯です。沖縄から台湾にかけて良く栽培される大きな山芋で、野球のグローブくらいもありますし、形もグローブに良く似ています。
農林水産省の平成29年産都道府県別の収穫量を見ると、涼しい所に集中しています。1位が北海道でシェア46%、2位が青森で39%、3位が長野で5%、上位3つで全国の9割を収穫しています。
山芋の薬功は古くから知られており、古事記や日本書紀にも記されています。古くから「山のうなぎ」と言われるほど精力がつくことで知られています。漢方では干したものを山薬と称し滋養強壮剤として胃腸虚弱や体力低下の改善のために用いられるようです。漢方処方では八味地黄丸、牛車腎気丸、六味地黄丸などがあり、薯蕷丸というそのものずばりの名前の薬もあります。
相方のイカは頭足類です。頭足類は、軟体動物門 頭足綱に属する動物の総称で、タコも巻貝のような殻を持つオウムガイも、アンモナイトやベレムナイトもみんな仲間ですが、絶滅したものが多く、生き残っているのはオウムガイ目と十腕形上目と八腕形上目くらいです。
十腕形上目はイカの仲間の集合体で、8本の腕と2本の触腕で、8+2で十腕形です。八腕形上目はタコの仲間で8本の腕です。今回は市場では白イカや赤イカと呼ばれるケンサキイカ(剣先烏賊)を使いました。赤イカも大変ややこしいイカです。市場で赤イカとして取引されるのは剣先烏賊なのですが、和名でアカイカというイカもいるのです。ケンサキイカはヤリイカ科ケンサキイカ属なのですが、アカイカはアカイカ科アカイカ属ですので、科すら違う別のイカなのです。アカイカは加熱しても硬くならない特長があるので、おつまみで出てくるイカの燻製などに加工されます。さて、ケンサキイカの方の白イカと赤イカの話です。この2つは遺伝子的には同一と判定されているようですが、産地と形が違います。白イカは北陸から山陰、九州にかけて水揚げされ、ずんぐりむっくりした形です。赤イカは伊豆諸島あたりで漁獲され細長くスマートです。豊洲市場で2つを並べて貰った事がありますが、同じ遺伝子を持つイカには見えませんでした。
長芋といかのディルバターソテーの作り方は簡単です。長芋をバターとオリーブオイルで表面に焼き色が付くように揚げ焼きします。イカをディルと炒めて、塩こしょうで味付けをしたら完成です。
この、長芋といかのディルバターソテーにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはサントリージャパンプレミアム かみのやま産シャルドネでした。上山市は蔵王の西に位置します。シャルドネを育ててくださっている契約農家さんは木村さんです。JRのかみのやま温泉駅から南東に6km程行った所に生居川ダムがあるのですが、そのダムに、ほど近い所に畑はあります。木村さんは、醸造用ぶどうの他に果物を多数手がけていらっしゃっていて、ラ フランスは東京の超高級果物店にも卸している凄腕です。マリアージュ実験に使用した2019年ヴィンテージは味わいのボリューム、やわらかさを出すため、一部を樽発酵と樽熟成しています。ぶどう畑の周りを洋梨畑に取り囲まれているせいか、洋梨を思わせる香りがあります。オレンジピールやベルガモットのような柑橘系の爽やかさを感じさせる香りやあんずが熟した甘い印象もあります。口に含むときりっとした辛口ながら、柔らかさと程良い厚みを感じさせます。2017や2018よりも複雑さや奥行きを感じるワインに仕上がっています。長芋といかのディルバターソテーと合わせると、イカの素材そのものが持つ繊細な甘さが光ります。
「白イカはイカの中でも、甘みが強いイカです。その白イカが、バターでソテーされる事で、甘みが活性化しています。その甘さをキリリとした辛口のかみのやま産シャルドネがくっきりと強調している感じがします」
「長芋も甘く感じます」
「長芋ってアクがありますよね。そのアクがかみのやま産シャルドネと出会うと、穏やかに、まろやかになっています」
「バターの風味も、ワインと合わせた方が、より強く感じますね」
ワインそのものは、決して強くはありません。けれども、イカと長芋の素朴な味わいに、そっと寄り添って、料理としての完成度がぐっとアップした素適なマリアージュでした。