今回のレシピは、鯛と桜のスプリングロールです。スプリングロールは、格好良くカタカナ名称にしましたが、春巻きです。薄い小麦粉の皮で、食材を包み、そして揚げる、あの春巻きです。皆さんは、春巻きを何故「春巻き」と呼ぶのかご存じですか?中国では、古くから、農業のスタートとなる立春を、とても尊び、いろいろな行事を行ってきました。その立春行事で、いまも行われている代表的なものと言えば、「打春牛」「咬春」「春饼=春餅」です。打春牛は農耕に使っていた牛のお祭りです。現在では粘土や紙で、牛と芒神と呼ばれる牧童の像を作って捧げます。牛の大きさは、高さ4尺と定められており、四季を象徴しています。牛の体の長さは8尺と定められており、立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至を象徴していると言われます。尾や頭など各部位にわたって、とても細かい規定があります。手綱の色も、干支が、どの五行にあたるかで決まっている程なのです。立春の日に、牧童が春牛を打つ事で、これから一年間の農耕の始まりを祝うのです。咬春は生の大根をそのままかじる行事です。大根の辛味で「春困」といわれる春の眠気を祓うのです。春餅は、春巻きの原点とも呼ばれている料理で、基本的に「立春のお祝い料理」ですが、北京や中国北部の都市には春餅の専門店があって、一年中食べられています。元々は立春頃に芽吹く野菜と肉、炒卵などを、北京ダックの皮のような、小麦粉を焼いて作ったクレープ状の薄皮で巻いて、そのまま食べます。春巻きとは違って、揚げないのです。春餅の歴史は古く、紀元前の周の時代に、既に「春餅」の記述があるそうですし、 唐代の有名な詩人杜甫は立春という七言律詩で春餅を詠っています。
ただ、春餅と春巻きの関係性は、はっきりとは判っていない部分もあるのです。春餅は、現在では北京などの中国北部中心に広がっているのに対して、薄い皮で包んで揚げる春巻きは広東料理とされていますので中国の南が中心です。いつ頃、どこエリアで、どのように変化して春巻きになったのかは判っていないのです。北京料理の原点になったと言われる山東料理にも春巻きはありますが、薄皮ではなく厚い皮です。更にその春巻きに、衣や溶き卵を付けて揚げます。関西では山東料理を名乗る中華料理店が多くあり、小麦粉の薄皮の替わりに薄焼き卵で巻く玉子春巻きも良く見かけます。
さて、今回は鈴木薫先生に、もっともっと春らしいスプリングロールを考案してもらいました。主素材は鯛です。刺身用の真鯛でも、花鯛でも、どちらでも構いません。棒状に切っておきます。副素材はうどとカッテージチーズです。花は桜の花の塩漬けを水でさっと洗って塩抜きして使います。工程写真のように、春巻きの皮の上に、カッテージチーズと鯛の刺身とうどを並べ桜の花をあしらって、仕上げにチャービルを乗せて巻きます。チャービルは、ハーブの多くの種類が属しているセリ科の植物で、パセリにそっくりなのでフレンチパセリと呼ばれる事もあります。フランスではセルフィーユと言う名前で魚介や家禽料理のアクセントに使われます。
この、鯛と桜のスプリングロールにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインは塩尻ワイナリー 塩尻メルロ ロゼでした。塩尻ワイナリーのフラッグシップワインである岩垂原メルロや塩尻メルロなどを濃くするためにセニエした果汁を醸したロゼ ワインです。セニエとは、フランスの昔の医術用語で、「瀉血 (しゃけつ)」を指す言葉です。「瀉血」とは「血が悪い病気を引き起こす」と信じられていた時代の治療法で「血を抜く」と言う、ちょっと現代では考えられない方法なのです。赤ワインの色素や香り成分の多くは果皮に含まれます。除梗破砕して得られた「ワインに醸す前の果汁」から、果汁を一部抜きます。残った果皮と果汁の比率は、当然引き抜く前より果皮の比率が高まります。それを発酵させる事で、岩垂原メルロや塩尻メルロを濃く醸す事が出来るのです。抜いた果汁は元々、岩垂原メルロや塩尻メルロになるような素性の良いぶどうの果汁ですから、それをそのままワインにすると、とても美味しいロゼになるという訳です。
グラスに注ぐと、淡く美しいロゼカラー、ピンクに僅かに紫のタッチがあります。ラズベリーや佐藤錦などの色の淡いサクランボを思わせる香りが豊かです。口に入れると爽やかな果実味と自然な甘みが上手く調和してひろがります。心地良い余韻が楽しめるワインです。
鯛と桜のスプリングロールと合わせると、桜の香りがぐっと広がるのが判ります。
「桜、爆発!っていう感じですね」
「春巻きをかじると、ほんのりと桜の香りが漂うのですが、ワインを口に含むと鼻の奥から桜に満たされる感じに変わります。桜ってソメイヨシノは余り香りませんが、八重桜は香りますよね、あの香りです」
「このロゼが辛口なので、鯛本来の自然な甘みがくっきりと判ります」
「桜の花の塩気で、ロゼがほんのりと甘く感じるんですよね」
「スイカに塩効果かな」
「カリカリのうど、チーズのコク、総てが楽しい料理です」
「チャービルの静かに広がる香りと、桜の香りが合わさると、桜餅の葉っぱの風情もありますね」
昨年来、コロナ禍で季節感が無くなって困っている方や、酒盛りの出来ない花見には、行く気がしなかった方など、春の季節感に欲求不満だった方に特にお勧めのマリアージュです。鯛と桜のスプリングロールと塩尻ワイナリー 塩尻メルロ ロゼが食卓に並べば、部屋は春爛漫の花盛りの風情です。是非お試しくださいませ。