今回のレシピは、鶏レバーとレンコンの赤ワイン煮です。蓮根は文字通りハス=「蓮」の「根」です。ハスは、インド原産の多年性水生植物で、APG植物分類体系ではヤマモガシ目ハス科ハス属に属すとされています。西洋の絵画に良く描かれるスイレン=睡蓮はスイレン目スイレン科スイレン属に属する水生植物で、パッと見は、似てはいますが、「目」まで違いますので全然別の植物です。見分け方は花が咲いていれば簡単です。ハスの花には、将来実が付く、蜂の巣状の花托が、ドンとあり、スイレンには普通の雄蕊と雌蕊があります。花が咲いていない時期には、葉を見るしか無いのですが、ハスの方が、葉っぱのサイズは大きいのが普通です。ハスの葉は、中には元気良く、水面から飛び出しているものがありますが、スイレンは基本的に水からは飛び出しません。スイレンもハスも葉は円形ですが、大きな違いは、スイレンは葉に切れ込みがある葉もありますが、ハスには切れ込みは入りません。ハスは、古くは、花托の形からハチス=蜂巣と呼ばれ、それがハスに転訛しました。沼や湖を好み、泥の中から美しい花を咲かせます。また、葉っぱは、水面に浮かぶために撥水性が高くなるように進化した結果、濁流に揉まれても泥に汚れる事がない事から、古くから尊ばれてきました。原産国であるインドでは、インダス文明の頃から神聖なるものの象徴として崇められました。ヒンドゥー教の神であるクシュリナは蓮華の様に先を見通せる眼を持つとされています。仏教では、ハスは仏の智慧の象徴とされ、如来様はハスを模った蓮華座にお座りです。
ハスは酸素の少ない泥の中で生き抜くために、全身に空気を通す穴を発達させて進化してきました。皆さんの良くご存じのレンコンの穴はそうして出来たのですが、植物解剖学では、その穴を通気組織と言います。レンコンの穴の数は少ないもので8個から多くて15個くらいでいろいろあります。この穴は、繋がっています。地中の最終地点は、レンコンの節を通って、一番先っぽ、レンコンが成長していく、小さくて先が尖ったレンコンの芽の所です。地上の最初の地点は、茎の先の葉っぱです。茎は細いのですが、ちゃんとレンコンと同じ並びで穴があります。葉っぱの中央には窪みが有って、その真ん中が穴の始まりの場所なのです。早朝、ハスが茂っている所に行くと、葉っぱの中央の窪みの所に朝露が光っていたりします。レンコンの葉には強い撥水作用があって、葉の上にキラキラと水の珠を作ります。この作用の事をロータス(=ハス)効果と呼びます。「蓮は泥より出でて泥に染まらず」は日本や中国で、清廉潔白を愛す言葉として知られていますが、泥に塗れても、泥や水分が付着しないハスの葉の事を言っているのです。この葉っぱの中央部分は、そのロータス効果によって水は侵入しないのですが、空気は通る穴があるのです。皆さんは像鼻杯という飲み方をご存じですか?これはレンコンの名産地や、ハスが沢山植わった池などで行われる夏の行事です。大きなハスの葉のくぼみに、日本酒や水などの飲み物を入れて、長い茎の端から強く吸うと葉のくぼみにあった飲み物が飲めるのです。この様子を象が鼻を掲げているさまになぞらえて像鼻杯と呼ぶのです。
ハスは、色々な部位が食用可能です。ハスの茎は、日本では余りポピュラーではありませんが、煮物にして食べるエリアもあるようです。中国のハスの一大産地である湖北省では、春から夏にかけて、間引かれた若茎(葉の芽)を炒め物・漬け物などにして食べます。ベトナム料理によく使われる蓮の茎の酢漬けはゴイセンと呼ばれます、瓶詰めのものがネットで販売されていて、瓶一杯にぎっしりと超ミニサイズのレンコンのような切り口が並んでとっても可愛いです。実も食べれます。実は、秋になって花が枯れてから花托が肥大していき、その中に実をつけます。 花托は大きくなり、穴が広がっていきます。この穴の中に、緑色で、どんぐりのような形の実が育ちます。これが蓮の実なのです。でんぷん質が多くて、ちょっとトウモロコシをおもわせる食感があります。上海や香港では、ハスの実を使って蓮蓉包と言う名前の饅頭を作ったり、月餅に入れたりします。この実の殻は非常に堅く、泥の中で何年も何年もじっと待つ事が出来ます。日本にも古代の遺跡から発掘された古代ハスが何ヶ所か栽培されています。府中市郷土の森公園修景池には、千葉市検見川の落合遺跡で発掘された2000年前の大賀ハスが栽培されています。埼玉県行田市の古代蓮の里には、1400年前から3000年前と推定されるハスが育てられています。
ハスの食べる部位の主役は、何と言ってもレンコンです。日本には、細くて、節の間の長い在来種と、太くて節の間の短い中国系品種がレンコンとして栽培されています。在来種はやわらかく粘り気が強いのが特徴で、中国種は在来種に比べて粘り気が少なくシャキシャキとした食感が特徴です。
今日は、このレンコンで鶏レバーとレンコンの赤ワイン煮にします。レシピではレンコンを乱切りにして水にさらしていますが、これは見栄えを良くする為ですので、黒くなるのを気になさらない方は、そのままお使いください。
この鶏レバーとレンコンの赤ワイン煮にテイスティングメンバーが選んだイチオシワインは、塩尻マスカット・ベーリーA ミズナラ樽熟成でした。このワインは、長野県塩尻市岩垂原の山本さんの畑のマスカット・ベーリーAをタンクで発酵し、日本産ミズナラ樽100%で約2年間熟成させました。マスカット・ベーリーAは1927年に岩の原葡萄園の川上善兵衛が交配した品種で、日本の赤ワイン用品種で最も多く栽培されています。ミズナラはブナ科コナラ属の落葉広葉樹で、比較的冷涼な所を好み、長野県や関東以北の山中に多く自生しています。長野県下伊那郡阿智村の小黒川にあるミズナラは、国の天然記念物になっている巨木です。一般的にミズナラの木はフレンチオークに比べると、幹がごつごつしており、より大きな木でないと樽材にする事が難しい木です。樽材にすると、少しエキゾチックでオリエンタルな香りがします。高級なお線香に使われる白檀を思わせる香りです。ウイスキーの響が世界的に認められるきっかけになった樽材としても有名です。
グラスに注ぐと、美しいルビー色です。キイチゴ、ラズベリー(フランボワーズ)やイチゴなどを思わせる赤いベリーの香りとオレンジピールのイメージ。またミズナラ樽からと思われる白檀やココナッツやキャラメルの印象のある甘さを伴った複雑で馥郁たる香りがあります。アタックは、やや力強く、甘やかさを感じます。心地良く涼やかで綺麗な酸味があり、自然な甘やかさとのバランスが良い、ふくよかで、口中に余韻が長く続くワインです。
鶏レバーとレンコンの赤ワイン煮と合わせると、鶏のレバーのぽくぽくとした食感が解ける感じで、口一杯に味わいが広がります。
「レバーの濃厚な味わいが、ぐわっと広がるのですが、その広がり方に嫌味が無いです。鶏レバーって、独特の、ちょっと癖のある香りや味がありますよね。このワインと合わせると、それを全く感じません」
「レバーを煮込むときに使っているスパイスはナツメグですかね、その香りとミズナラの持つ複雑なスパイシーさが絶妙にマッチしますね」
「レバーとの相性も良いのですが、レンコンの風味とマスカット・ベーリーAが物すごく良く合います。なにか本質的な、根源的な相性の良さを感じます」
「マスカット・ベーリーAのぶどう自体にフラネオールという、イチゴキャンディを思わせる香りがあります。フラネオールは天然にはイチゴやパイナップルに含まれ、ソバやトマトの香り成分としても知られています。その他にマスカット・ベーリーAには、土っぽいニュアンスが含まれていて、その香りとレンコンの大地の力を感じさせる香りとが良く合うのだと思います」
皆様も、是非この鶏レバーとレンコンの赤ワイン煮に挑戦してみてください。栄養満点で鉄などの普段では必要量が摂取できない成分も多く含まれています。冷めても美味しいですので、多めに作って、常備菜として冷蔵庫に入れておくのも良いと思います。そして塩尻マスカット・ベーリーA ミズナラ樽熟成との抜群の相性をお楽しみ下さい。