今回の料理は、ブリのコンフィです。ブリは、代表的な出世魚で、スズキ目アジ科に分類されます。エリアによって呼び名が違っていて、関東では小さいときにはモジャコで、ワカシ、イナダ、ワラサ、ブリと出世していきます。関西だとモジャコ、ワカナ、ツバス、ハマチ、メジロ、ブリです。関東と関西では、スタートとゴールは一緒なのですが、間は全く違うんですね。関東のワカシで、大きさは20cmから30cmくらい、イナダで30cmから40cm、ブリは80cm以上でイナダとブリの間は全部ワラサです。関西ではハマチのカバーしているサイズの幅が大きいです。35cmから60cmくらいのものはみんなハマチで、天然物も養殖物もハマチと呼びます。上京したばかりの頃に、築地のお寿司屋さんで、関西の感覚で「ハマチをお願いします」と言うと板前さんに「うちは養殖物なんざ、あつかわねぇ!」と気色ばまれて驚いた記憶があります。関東では養殖したブリの60cmくらいまでのサイズのものをハマチと呼ぶのです。
天然ものの漁獲量を見てみると、農水省の平成30年のデータで9万9600トン。県別で見ると上位は長崎県、島根県、千葉県の順です。養殖量は平成29年のデータですが、天然ものとほぼ同じの9万6000トン、県別で見ると鹿児島県、大分県、愛媛県の順です。鹿児島は断トツで、何と全国の1/4以上を生産しています。
タイトルではブリになっていますが、マリアージュ実験では50cmくらいのワラササイズを使い、コンフィにしました。コンフィとはフランス料理の技法で、もともとは果物をシロップで煮込んだ保存食です。こうする事で、傷みやすい種類の果物でも長く保存する事が出来るようになったのです。コンフィと言う技法があみ出された時期は中世だと言われています。次にコンフィにされた素材は、鴨やアヒルの脚です。フォアグラ(アヒル)やフォア ド カナール(鴨)を生産するために肥育された鳥の胸肉を、焼いたり、皮を煮たりすると大量の脂が採れます。その脂を使って脚を煮たのが、肉類のコンフィの始まりです。脂に調理済みの肉を入れておくと、冬だったら何か月も保存が可能になったのです。しかも、パサつきやすい食材もコンフィにするとしっとりと柔らかく仕上がるので、現代では魚などにも応用範囲が広がっています。レストランでは厳密に温度コントロールができる低温調理器を使うことが多いのですが、一般の家庭にはそんな装備はありませんよね。今日は家庭で手軽にできるコンフィを鈴木薫先生に考えてもらいました。なんと、大きめの鍋にたっぷりのお湯を沸かすだけで、コンフィが出来るのです!
さて、このブリのコンフィにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインは、塩尻ワイナリー 岩垂原メルロでした。塩尻ワイナリーは1936年に設立されました。そのころ、売れに売れていたワインが、当時は赤玉ポートワインと呼ばれていた赤玉スイートワインだったのです。1936年というと、第二次世界大戦の足音が間近に迫り、海外からのバルクワインの調達が難しくなってきた時期でした。その赤玉の原料供給基地として塩尻ワイナリーはスタートしたのでした。1950年代には、地元ぶどう栽培者が赤玉出荷組合を結成してくださいました。組合の看板は、今でも農協の入り口に飾られています。日本のワイン消費の中心は、長らく甘く飲みやすい甘味果実酒主体でしたが、東京オリンピックや大阪万博をきっかけとして、徐々に本格的な辛口ワインの需要も高まりを見せ、1972年からの第一次ワインブームへと繋がっていきます。塩尻ワイナリーでも1970年代には赤玉出荷組合員にメルロやマスカット・ベーリーAの苗木を配布し、辛口ワイン向けのぶどう栽培を開始し、需要の変化への対応をしています。1975年には、甘味果実酒の販売量を果実酒が逆転し、日本のワイン市場の大きな歴史的転換点を迎えました。以降、塩尻エリアは、徐々に本格的ワインの生産地になっていき、日本の産地の中でも、メルロの栽培適地として知られていくことになります。岩垂原は奈良井川の左岸サイドで、対岸は桔梗ヶ原です。その名の通り、大きな岩がゴロゴロと堆積している土壌で、岩々の上に、粘土層が少しだけ堆積しています。岩の層は桔梗ヶ原エリアよりも分厚く、そのお陰で、桔梗ヶ原よりも水はけが良いのが特徴です。表面に粘土があるので、一見すると水はけが悪そうに見えますが、驟雨の後の畑にでると、あちこちにできていた水たまりがみるみるうちに無くなり、水はけが良い事が実感できます。岩垂原メルロはコンクールなどの受賞も多く、数多くの賞を頂いていますが、中でも2015年にフランスで「コンクールの中のコンクール」と呼ばれるシタデルデュヴァンで金賞と日本ワイン特別賞を受賞しました。2016年に広島で開催されたG7外相会合のワーキングランチにも採用され各国の外相の方々に楽しんで頂きました。
塩尻ワイナリー 岩垂原メルロをグラスに注ぐと、カシスやブラックチェリーなどの黒系果実を思わせる香りが華やかです。スパイシーな香りと樽由来のバニラやナッツのような香りが柔らかく広がります。口に含むと、全体的にやわらかい印象です。最初の口当たりは、優しく穏やかなのですが、すぐにしなやかな力強さがあらわれ、凝縮感を感じさせます。充実した果実の味わいと樽の香ばしいニュアンスが心地良いワインです。ブリのコンフィと合わせると、ブリの身の部分、中でも特に血合いの部分の美味しさと抜群に良く合っていました。
「ブリを引き立てるワインですね」
「特に、血合いの所と、こんなに合うのは驚きです」
「ブリは高速で泳ぎ続ける魚です。筋肉への酸素供給能力が極めて高く、特に血合いは鉄分が多く含まれています。なので、岩垂原の土壌の鉄っぽいニュアンスと良く合うのでしょうね」
「根菜、特にレンコンとも相性が良いですね」
「タイムなどのハーブとも合っています」
「日本のメルロは、針葉樹的な清々しい緑のニュアンスを持つことが良くあります。新世界のメルロにはあまり見られない特徴ですね。そこが、コンフィするときに使うハーブ類に合うのでしょうね」
「魚料理に力強い赤ワインが良く合うのも、日本ワインの特徴の一つである、『自己主張が強くなくて控えめである』というところが原動力になっていると思います」
皆様もブリのコンフィに挑戦してみてください。そして、岩垂原メルロとの素敵なマリアージュをお楽しみください。