今回のレシピは、トマトのムースです。ムースは、フランス語でmousseと書き「泡」という意味です。ラテン語のmulsa(蜂蜜水)が語源ではないか?と言われています。フランス料理において、粘度のある液体を呼ぶ名前には、いろいろあります。たとえば、ピュレ、クーリ、ムース、ジュレなどです。ピュレは簡単にいうと野菜やフルーツなどの食材を裏漉しして、濃度のある半液体状にしたものです。クーリはピュレと同様に、裏漉しした半液体のものなのですが、ピュレよりも、もっとさらっとしたものです。粘度でいうと、ある程度形を保っていられるのがピュレで、皿に置くと平らになってしまうのがクーリです。ムースは、ピュレやクーリ、ソースなどを泡立てたものです。より泡立たせる為に生クリームやメレンゲ等を混ぜて空気を含ませます。形を保つために少量のゼラチンを加えたりもします。ジュレはゼリーです。液状のものにゼラチンを加えて固めたものです。辻調理師学校のフランス料理主任教授である西川清博先生によると、ムースの始まりは、現代から遡ること300年余り、ルイ14世の時代ではないか?と推測されているそうです。このころは、宴席に女性が同席し始めた時期のようで、女性が殿方の前で大きな口を開けるのを避ける為に、フォークなどで少量づつ掬えるような柔らかいムースが作られたそうです。本来口の中で噛み砕く作業を、料理人が包丁や、すり鉢を使ってつぶすことで代わりに行っているという訳です。この時代のムース作りは大変で、素材を包丁で細かく叩き、モルティエという石臼ですりつぶし、さらにシノワという漉し器で裏ごしにかけて作りました。使う油脂はバターが多かったそうです。1900年台に入り、生クリームを泡立てたムースが登場するようになりました。フォアグラのムースなどがオーギュスト・エスコフィエの料理書に記載されています。1970年代後半になりフードプロセッサーが登場して、ムースの世界が激変します。まさに「ムースの全盛時代到来」ともいえる状況になります。素材の幅がものすごく広がり、魚介、家禽、ジビエ、あらゆる素材がムースにされました。口当たりも、どんどん軽くなり、名称もバヴァロワ、スフレなど、より軽いイメージが伝わるよう工夫されました。その後、更に泡を細かくする為にハンドミキサーや、サイホンなども使用されるようになり[泡を含ませたムース]は滑らかさの極致を目指し進化を続けているのです。
今日の素材はトマトです。トマトはナス科ナス属の植物で南アメリカのアンデス山脈高原地帯が原産とされています。和名は蕃茄(ばんか)、唐柿(からがき)、赤茄子(あかなす)、小金瓜(こがねうり)、などと呼ばれます。トマトを最初に栽培したのはメキシコのアステカの人々でした。アメリカ大陸にヨーロッパ人が到達した時には既にトマトの栽培を行っていました。古典ナワトル語で野菜のトマトを意味する単語は現代のトマトに似たtomatlだったそうです。ヨーロッパへは、16世紀の頭に伝わりましたが、おもには観賞用だったそうで、食用になるのは18世紀で、なんと200年以上もかかったそうです。こんなに時間がかかったのは、ヨーロッパに自生しているベラドンナの実に形が似ていたからだと言われています。ベラドンナは猛毒です。色や大きさは違いますが、同じナス科なので実の形が良く似ていたので、食べる気が起きなかったようです。
トマトは湯剥きをしてフードプロセッサーでペーストにします。それを煮詰めて、ゼラチンをいれ、8分立てくらいに泡立てた生クリームに少しづつ入れながら、混ぜ合わせます。塩こしょうで味をととのえ、容器にいれ、冷蔵庫で冷やすと出来上がりです。
この、トマトのムースにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはフォルタン リトラル グルナッシュ ロゼでした。フォルタン リトラル シリーズは、フランスにおける品種名ワインの先駆者と呼ばれるフォルタン社が、フランス最大のワイン供給地である南仏のぶどうを使って醸したワイン達です。地中海沿岸(=リトラル)の畑のぶどうは太陽の光をたっぷり浴び、地中海からの涼しい風を受けて、穏やかな酸と豊かな果実味との絶妙なバランスになります。ぶどうを、より新鮮な状態で醸造する事にもこだわっています。提携農家が収穫したぶどうを長くとも2時間以内に醸造所に搬入し、1時間以内には醸造に取り掛かります。それも総てフレッシュさをキープしながらワインづくりをする為なのです。ロゼはグルナッシュ100%で辛口に仕込まれています。チェリーやラズベリーなどの赤いベリーを思わせる香り、酸味は穏やかで、フレッシュな果実感が口一杯に広がる楽しいロゼです。ラベルにはクジラのイラストがあります。この地方には、太古の昔に、セートの入り江に「イルカの鼻を持つ鯨」が棲んでいた、と言う伝説があったのです。それで、ラテン語で鯨を意味する“cetus“が、港名として名付けられたと言う訳なのです。なので、セートの紋章にもこの鯨が描かれています。
ムースに合わせると、トマトの風味が前面に出て、ぐっと広がります。コンソメの味わい深さも更に強まる感じがします。
「うん、トマトがぎゅっと濃厚になりました」
「トマト好きには堪らないマリアージュですね」
「お皿とグラスが並んでいるのを見て『この二つは、絶対に合うわ』と思いました」
「色もマリアージュの重要な要素ですよね」
「ワインだけで味わうより、ムースと合わせた方が、ワインに深みがでます。ロゼの穏やかな酸が、トマトの酸と共鳴する事で、爽やかさが増す気がしました」
「さっき、合わせる前のコンソメを舐めさせてもらったのですが、トマトと合わせて、ムースになった時の方がコンソメの味が強い気がしたのですが、錯覚でしょうか?」
「トマトにはグルタミン酸が多く含まれています。コンソメの動物的なイノシン酸と、出合うと旨味の相乗効果がおきて、何倍も旨味が強く感じられる事が実験で確かめられています」
これから暑い夏がやってきます。皆様も是非、冷たくて美味しいトマトのムースに挑戦してみてください。そしてフォルタン リトラル グルナッシュ ロゼとの抜群のマリアージュをお楽しみくださいませ。