今回の料理は、プージャー(蟹メンチカツ)です。カニは十脚目の生物で、この目は、エビ目とも呼ばれています。エビ、カニ、ヤドカリを含んでいて、世の中で甲殻類と呼ばれるものは、ほとんどここに含まれます。この目の代表的な形態は、エビ目とも呼ばれる事からも想像できると思いますが、細長いエビの形です。節足動物なので、外骨格で、頭胸部と腹部に分かれます。エビは腹部に筋肉が発達し、驚いた時には後ろに飛び跳ねるように逃げます。カニは、エビとは逆に、腹部の筋肉は退化していますので、目の下の「下目」の名称は短尾下目と命名されています。腹部は、エビに比べると、ずっと小さくなっていて、体に折り畳まれるように収納されています。その形から「ふんどし」と呼ばれる事もあります。カニは小さいものから、大きなものまで様々な種類がいます。最小と言われるカニは何種類かあるのですが、そのなかのホンダヤワラガニの甲幅が2mm程度です。一方、最大はタカアシガニと言われていて、左右の足の先から先まで測ると約3mあります。カニは世界中の海に生息しています。サワガニなど、淡水に適応した種類もいますが小数派です。FAO(Food and Agriculture Organization)による世界の漁獲量を見ると、世界一カニを漁獲しているのは中国です。約200万トンで、2位のインドネシアの13倍も漁獲しています。日本は13位で約3万トンなので67倍もの格差があります。日本都道府県別のカニの漁獲量は平成28年度で北海道、鳥取県、兵庫県の順で、その3県で全国の52%を占めます。種類別ではベニズワイガニが最も多く、全体の59%、次いでズワイガニ、ガザミ類となっています。また、県民一人当たりのカニの消費金額は、総務省統計局 家計調査によると、県庁所在地の市のみが対象の調査になりますが、平成29年で鳥取市、福井市、高知市の順です。鳥取、福井は「なるほど!」ですが県全体で3トンしか水揚げのない高知が3位になっているのは、ちょっと意外です。
今回のプージャー(蟹メンチカツ)には、ズワイガニのほぐし身を使用しました。勿論、カニ缶でも美味しく出来ます。カニの身、豚のひき肉と溶いた卵を混ぜ合わせ、丸めて揚げます。味付けはナンプラー、砂糖と黒こしょうです。さて、このプージャーにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインは、ローラン・ペリエ ロゼでした。ローラン・ペリエ社は1812年にアンドレ ミッシュル ピエールがメゾンの前身となるネゴシアンを興したのが始まりです。1881年に、当時のシェフ ド カーブのウジョーヌ ローランが後継者に指名されました。ウジョーヌ ローランはシャンパン用のセラーを拡充したりして社業を盛り立てましたが、不慮の事故により亡くなってしまいました。未亡人のマチルド エミリー(当時35才)が会社を継ぎ、夫の名と自分の旧姓を合わせて「ローラン・ペリエ社」と命名しました。彼女の獅子奮迅の経営により、一時は隆盛を迎えましたが、その後、第一次世界大戦、世界恐慌により経営は厳しいものとなりました。1939年に、ランソン家の娘であった マリー ルイーズ ドゥ ノナンクールが傾きかけたメゾンを買い取り、経営に乗り出しましたが、第二次世界大戦に突入するなど、社会情勢はとても厳しいものでした。1949年には、次男であるベルナール ドゥ ノナンクールに経営をまかせました。ベルナール ドゥ ノナンクール氏は第二次世界大戦当事、ナチスドイツに対抗する若きレジスタンスの戦士として、穴蔵に立て籠もって戦った人です。シャンパーニュ地方において穴蔵はもちろん、シャンパン貯蔵用のセラーです。終戦後、ローラン・ペリエに一旦戻り、他のメゾンにシャンパンづくりの修行に行きました。1949年に社業を任される事になるのですが、ベルナール ドゥ ノナンクール本人の言葉によると「当時は、100番目の小さなメゾン」だったそうです。社長に就任したノナンクール氏は、一軒一軒農家を回り、自分の、シャンパンづくりに懸ける情熱を説いていきました。
「お客様に本当に美味しいシャンパンを楽しんでもらいたい!」
「本当に美味しいシャンパンは本当に良いぶどうからしか出来ない!」
「だからあなたの畑のぶどうを買いたいんだ!」一定の理解は得られたものの、誰もローラン・ペリエにぶどうを売ってくれません。そこでノナンクール氏は農家に2つの提案をしました。1つ目は、「良いぶどうは高く買います」という提案でした。その頃まで、シャンパーニュ地方のぶどうは公定価格で、基準価格が決まると、自動的に畑の格付けの数字で価格が決まりました。今でもグランクリュは100%、プルミエクリュは99-90%という表現をするのはその当時の名残なのです。ノナンクール氏は、本当の良い畑のぶどうは高く買う、という今では当たり前の提案をしたのです。もう1つは悪い年のぶどうも買います、という提案でした。ここで、読者の皆様は「あれ?」と思っていると思います。
「ノナンクール氏の信念は、本当に美味しいシャンパンは本当に良いぶどうからしか出来ない!じゃなかったの?」
そうです。シャンパーニュ地方はフランスワインの銘醸地で最北のエリアです。非常に厳しい環境なので、悪いヴィンテージのぶどうは悲惨で、大手メゾンは買ってくれない事もしばしばだったのです。ノナンクール氏は、その、あまり出来の良くないぶどうを使ってスティルワインをつくったのでした。高いぶどうで、高くは売れないワインをつくる・・・・。経営的にはとても辛い事でしたが、こうして、徐々に農家の方々の信頼を勝ち得てきたのでした。彼は、本当に美味しいシャンパンとは何か?を追求し続けて、ユニークなシャンパンをいくつも世に送り出しました。マルチヴィンテージのグランシエクル、当時、大手メゾンではどこもつくっていなかったドサージュゼロのウルトラ ブリュット、そしてこのマセラシオンにこだわったロゼです。先ほども申し上げましたが、シャンパーニュ地方はフランスワインの銘醸地で最北のエリアです。日照条件も厳しく、黒ぶどうが上手く色づかない年があるのです。そのためシャンパーニュ地方は、スティルワインではEUのワイン法で禁じられている「ロゼをつくる時に、赤ワインと白ワインを混ぜる事が許されている」産地なのです。
「お客様に本当に美味しいシャンパンを楽しんでもらいたい!」が信念だったノナンクール氏は、「本当に美味しいロゼ シャンパンを楽しんでもらう為には、法律で許されているからと言って、安易な方法に逃げては駄目だ!ローラン・ペリエはロゼをマセラシオン法でつくろう!!」と思い立ちました。安定した色を実現するのは大変難しく、苦難の連続でしたが、完成したのが、今日のイチオシのローラン・ペリエ ロゼなのです。2010年10月にノナンクール氏は亡くなり、現在は長女のアレクサンドラと次女のステファニーが経営に携わっています。家族経営には、こだわっており、セラーマスターも一子相伝的な意味合いで、70年間でわずか3人しか居ないのです。現在のセラーマスターはミッシェル フォコネ氏です。
ローラン・ペリエのロゼと合わせると蟹の味わいが素直に引き出されます。
「香りが良いですね。カラリと揚げられたプージャーの香りと、シャンパンのパンを焼いた時のような香りとがピッタリ馴染んでいます」
「火が入る事で、蟹の香りも旨みも活性化されます。蟹本来の香りは、鼻からの香りというより、口中から湧きあがるような独特のコクの感じられるフレーバーです。その香りとローラン・ペリエのロゼのベリー系の香りが良く合っています」
「蟹と果実って、思いがけない組み合わせなのですが・・・」
「太宰治も著書の『津軽』の中で蟹の味わいを『もぎたての果実のように新鮮な軽い味』と表現しています」
「蟹味噌のコクと、溢れんばかりの果実味が見事に調和していますね」
今回のプージャーはタイ料理なのですが、繊細なローラン・ペリエ ロゼとばっちりマッチしています。
「ワインスクエアでは、随分長い間、鈴木都先生にタイ料理を作っていただき、マリアージュ実験を重ねてきました。実際に確かめてきた私達は、タイ料理とワインの相性の良さを実感しているのですが、読者の方々の中には、『タイ料理はビールで良いんじゃないですか?』と仰る方もまだいらっしゃるのも事実です」
「タイ料理=辛い料理のイメージが強すぎるのではないでしょうかね?」
「繊細なタイ料理には、こういった上品なワインも良く合います。タイ料理も、本当に奥が深いですね」
このローラン・ペリエ ロゼは2011年4月29日の「ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式の晩餐会でも供されました。
みなさまも、是非一度プージャー(蟹メンチカツ)を作ってみてください。そしてローラン・ペリエ ロゼとの絶妙なマリアージュをお楽しみください。