今回の料理は鰆のムニエルです。鰆はスズキ目・サバ科に属する魚で、出世魚のひとつです。大きくなるにつれサゴシ、ヤナギ、サワラと呼び名が変わります。サワラは「狭腹」で、お腹の部分が狭くなっているから、そう呼ばれるようになったと言われています。幼魚のサゴシも「狭腰」からだそうです。県別の消費量を見ると、岡山県が断トツの1位です。岡山県中央卸売市場の方の話によると、なんと全国の3割以上が岡山で消費されるそうです。しかし、2016年の県別漁獲高の方は、トップは福井県で、石川県、京都府と日本海の県が並び、岡山は32位なんですよ。以前は岡山でも沢山の鰆が獲れていたのですが、近年瀬戸内海では漁獲量が減り、代わりに日本海で沢山とれるようになりました。岡山には日本中から良い鰆が集まるのです。いろいろ調べていると、水産庁の古い統計を見つけました。日本海での鰆の漁獲量と全国におけるシェアのデータです。日本海での漁獲量は1990年代には1,000トンに達さない年がほとんどで、シェアも5-6%でした。最も少ない1996年は200トンでシェアはたったの1%でした。1999年から急増しはじめ、その統計の最後の年の2007年には、なんと8,000トンで全国の70%にも達していました。2016年の県別漁獲高では、日本海に面する府県の合計は55%でした。昔の瀬戸内海のシェアは、正確には判りませんが相当高かったと思われます。サワラが鰆の文字になったのも、「春」に産卵の為、外洋から瀬戸内海、それも岡山県周辺に入ってくるので鰆の字になったと言われています。岡山で鰆の記述は古くからあり、八代将軍吉宗の時代の書物である享保・元文の備前国・備中国の領内産物帳に「当地では、馬鮫魚なる魚が豊かである」と記されているそうです。当時、鰆は顔が馬面で、獰猛なフィッシュイーターであるために、馬鮫魚と呼ばれていました。漁獲の減った岡山県では、県の水産試験場栽培漁業センターで2004年度から稚魚を生産し放流しています。また、鰆を獲る流し網の網の目を大きくし、小型の鰆を獲らないようにしたり、更に禁漁期間も設けるようにして資源回復に努めています。今回はその鰆をムニエルにします。ソースは、春らしくグリンピースを使ったミントソースです。
この鰆のムニエルにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはウィリアム フェーブル シャブリでした。ウィリアム フェーブルは1850年設立の伝統ある生産者です。1950年に現在の社名であるウィリアム フェーブル氏が相続しました。氏は積極的に畑を買い増したため、グランクリュ総面積100 haのうちの15.2haという、シャブリでは最大のグランクリュ所有ドメーヌとなりました。比類ない銘醸畑から生まれるワインは極めて高い評価を得ました。長くブルゴーニュワインを飲み続けている方ならご存知かもしれません、マラディエールと言うのが当時のウィリアム フェーブル氏のシャブリの銘柄名でした。しっかりと樽熟成された力強い名品で人気を博していました。美味しいシャブリをつくり続けたので、名声は高まりましたが、フェーブル氏には後継ぎがいませんでした。「1998年に引退する」と意思表明すると買い手が殺到しました。フェーブル氏は自分の畑のワインの品質を更に高めてくれる人物を慎重に選びました。名乗り出た多くの候補のなかからフェーブル氏の眼鏡に適ったのは、すでにブシャール ペール エ フィスの改革を成功させていたシャンパーニュ「アンリオ」のジョゼフ アンリオ氏だったのです。ジョゼフ アンリオ氏は当時まだ31歳だったディディエ セギエ氏を醸造長に抜擢しました。セギエ氏は、シャブリ本来の透明感があって、綺麗な酸と旨みのあるワインづくりをするため、いくつもの改革を断行しました。彼が目指しているのが「人の手が見えないワインづくり」です。余計なものを加えず、テロワールを重視したワインづくりなのです。まず、それまで機械で行なわれていた収穫をすべて手摘みに変更しました。こうする事で、機械収穫によってぶどうが傷付くのが防げます。また、未熟な房や病気の実を畑の段階で選別する事ができます。広い畑のあるシャブリでは総量の9割以上が機械摘みだというのが実情なのです。大手生産者ですべてを手摘みで収穫しているのはフェーブルだけなのです。そして、手摘み収穫したぶどうが、重なり合い、ぶどう同士の重さによって潰れて傷まないように、ぶどうの運搬に使う箱を通常の約3分の1の大きさの小箱(通常35kg→13kg)に変更しました。更にその後、選果台上で傷のある粒を取り除き、健全なぶどう果のみ選定するようにしました。また、所有畑を80に分類、収穫から熟成まで別々に行ないました。厳しい温度管理を行なうため、コンピューター集中制御の小型のステンレス醸造タンクを導入しました。またシャブリ本来の個性を尊重するため前のオーナーであるフェーブル氏が多用していた新樽を大幅に制限しました。この春にセギエ氏が来日した時にも、蒲田の鮨屋でご自身のワインづくりへの熱い思いと鮨とフェーブル シャブリとの相性の良さを、じっくり聞かせて頂きました。
グラスに注ぐと、色はかなり淡く、わずかに緑がかったレモンイエローです。グラスに鼻を近づけると、香りの量は控えめで、柑橘系、それも少し酸っぱそうなイメージのあるレモンやライムの印象です。青リンゴのニュアンスも感じられます。味わいは、きっぱりとした辛口で、キレのある酸味があります。エレガントでシャブリらしいミネラルもしっかりと感じられるワインです。鰆のムニエルと合わせると鰆の味わいが際立ちました。鰆はクセが無く、淡白でありながら、素材自身の甘みとコクがある魚なのですが、そのコクがシャブリと出会う事で、よりくっきりと表現される気がしました。
「これは旨いですね」
「料理だけで食べている時と、シャブリと合わせた時はまるで別の魚です」
「特に皮目の美味しさを強く感じます」
「キメ細かな身がほぐれる時に独特のコク味がでるのですが、その味わいがグリンピースとミントのソースに、ばっちりですね」
「グリンピースソースとシャブリも良く合っています。クリーミーな味わいをシャブリのキレのある酸が、グッと引き締めています」
「ただただ、旨い・・・・・、感服しました」
鰆はこの季節、産卵のため沿岸に近づき、漁獲量も増え、価格も安定します。是非ムニエルをグリンピースソースで作ってみてください。そしてウィリアム フェーブル シャブリとの絶妙の相性をお試しください。