2024年1月31日 山崎蒸溜所

今だからこそ、伝えたい。
工場長の藤井が語る、次の100年への想い。

山崎のボトルを前に話をする藤井工場長の画像

2024年、着工から100周年を終え、新たな年を迎えた山崎蒸溜所。
サントリー創業者・鳥井信治郎の「やってみなはれ精神」の象徴であり、
サントリーの原風景ともいえる山崎蒸溜所では、これまで20名が工場長を務めてきました。
中でも歴代最長となる13年間に渡りその任を担っているのが、20代目工場長である藤井敬久です。

「100周年を経ても、大きく変えることはありません。
山崎蒸溜所を支えていただいた皆様への感謝を忘れずに、
これまでと同様、さらに美味しいウイスキー、美味品質の追求を行っていきます」

そう語る藤井は、サントリー入社以来、山崎一筋38年。
ここ山崎の地で、あらゆる側面からより良いウイスキーづくりに取り組んできました。
節目にあたって「変えることはない」と言うものの、
2023年に実施した山崎蒸溜所の改修工事では、藤井の想いがしっかりと注がれました。

藤井工場長の画像

歴代工場長のネームプレートの画像

山崎蒸溜所のウイスキー館に設置された歴代工場長のネームプレート

「これまでウイスキーづくりを続けてきた中での、
私の反省点のひとつと言えるかもしれませんが、
『山崎蒸溜所が愚直にやってきたことを、ちゃんとお客様に伝える』
ということが、十分にできていなかったと思うんです」

その言葉の裏には、長年に渡り山崎蒸溜所の中心に居続けたからこそ知る、
日本のウイスキーと山崎蒸溜所の歴史がありました。

山崎蒸溜所の目の前を走る、JR京都線。
今から40年ほど前、この電車に乗って京都の大学に通っていたのが藤井でした。

「学生時代は居酒屋でアルバイトばかりしていました。
4回生になり大学院進学を考えたのですが、
『まさか大学院に行くとは言わないよな?』と教授に釘を刺されたんです。
勉強しない学生に大学院に来られても困ると思われたのでしょうね。
そこで就活を始めて、ご縁があったのがサントリーだったんです」 

入社直後に配属されたのは、山崎蒸溜所の敷地内にあるウイスキー研究室でした。

山崎蒸溜所の遠景

「当時は2次会や3次会でスナックなどに行くと、
みんなウイスキーの水割りを飲んでいた時代でしたね。
でも、『おいしい』と言って飲んでいる人はあまりいませんでした。
いわば惰性でウイスキーが飲まれていたんだと思います」

藤井が入社した1985年以降、チューハイ、赤ワイン、吟醸酒、焼酎と、
次々に新しいお酒が支持を得ていく中、
ウイスキーの消費量は右肩下がりで減少を続けていきました。
その間、藤井はウイスキー研究から樽貯蔵技術開発、原酒開発、中味開発と
立ち位置を変えながら、新しいウイスキーを世に出し続けましたが、
ウイスキー人気の回復には繋がりませんでした。

「どんなにいいものをつくっても、それをお客様に知ってもらわなければ、
飲んでもらわなければしょうがないんです」

ウイスキーが脚光を浴びることがないまま迎えた2003年。
藤井にとっても、日本のウイスキー市場にとっても、大きな転機が訪れます。

山崎のボトルを前に話をする藤井工場長の画像

「配属が変わり、ブレンダーになったんです。
それからしばらくして、当時チーフブレンダーだった輿水がテレビ番組で取り上げられ、
ブレンダーという仕事が注目を浴びるようになりました。
そこで、ブレンダーが直接ウイスキーについて語るセミナーを開くことにしたんです」

消費者一人一人に、直接ウイスキーの魅力や、
その背景にあるストーリーを語り始めると、予想以上の手応えがありました。

「輿水と私が中心になって、日本中でセミナーを開催しました。
そこで『ウイスキーって、改めて飲んだけど美味しいね』と言ってもらえたんです。
久しぶりに『美味しい』と言ってくれる人たちを見つけました。
セミナーを始めて1年目には6,000人以上、
2年目には9,000人以上の方々にウイスキーの魅力を直接伝えることができました」

ウイスキーの魅力を語る地道な活動を続ける中、藤井は2010年に第20代工場長に就任します。
この年、藤井が現チーフブレンダーの福與とともに設計した「山崎 1984」が、
国際的な酒類コンペティションISCで、最高賞「シュプリーム・チャンピオン・スピリット」を受賞。
「山崎」、そしてジャパニーズウイスキーが注目を集めるひとつのきっかけとなりました。

話をする藤井工場長の画像

山崎1984の画像

ブレンダーを務めていた際に製品化を手掛けた「山崎 1984」

「人気がない時にウイスキーの魅力を語っても、誰も聞いてくれません。
多くの人がウイスキーに興味を持っていただいている時にこそ、
よりその魅力を伝えることが必要なんだと思います」

不遇の時代を知るからこそ感じる、「伝えること」の大切さ。2023年には、
再びISCで「山崎25年」が「シュプリーム・チャンピオン・スピリット」を受賞。
賞賛が集まる中でも、藤井の想いは揺るぎません。

「一番大切なのは、飲んだ方に美味しいと思っていただくことです。
例えるなら、家に知人を招いて、手料理でおもてなしをする。
そんな感覚ですね。お客様に喜んでもらいたい。お客様を少しでも驚かせたい。
これから先も、ウイスキーを手にしてくださる方のことを思い描いて、
その方たちが期待する以上の味やストーリーをお届けしたいです」

次の100年もウイスキーがひとりひとりに寄り添う存在でありたい─。
工場長である藤井の想いとともに、山崎蒸溜所は歩み続けます。

山崎のボトルを持つ藤井工場長の画像

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