日本推理作家協会とサントリーが協力してつくる「オリジナルシングルモルトウイスキー謎2006」の発売日である11月20日、丸の内マイプラザホールに於いて、毎年恒例となった「シングルモルト&ミステリー」トークショーが行われました。出演者は、日本推理作家協会理事長の大沢在昌氏はじめ人気のミステリー作家6名。7月20日にサントリー山崎蒸溜所で行われたシングルモルトウイスキーづくりの??混迷?≠竢ャ説創作の??秘話?≠ネど興味深くユーモアたっぷりのトークが、炸裂しました。会場に招待された120名の推理小説&ウイスキーファンは、当日初披露の今野氏の作品である「シングルモルトウイスキー謎2006〜忍〜」を味わいながら、じっくり聞き入ったり、爆笑をしたり、楽しい秋の一夜を過ごしました。そのひとときをウェブ上で再現しましたので、どうぞお楽しみください。ウイスキーグラスを片手に読んでいただくと、臨場感がさらに高まるに違いありません。
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日本推理作家協会:大沢在昌氏(理事長)/逢坂剛氏/北方謙三氏/垣根涼介氏/恩田陸氏/今野敏氏
サントリーチーフブレンダー:輿水精一 |
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■大沢在昌氏(以下、大沢氏)
ようこそいらっしゃいました。この催しも今回で9回目、「謎」というウイスキーをつくるようになって6回目です。まずは、日本推理作家協会について少し紹介させていただきます。59年前に江戸川乱歩により探偵作家クラブとして設立され、その後、社団法人日本推理作家協会となりました。新人の登竜門である「江戸川乱歩賞」、そして作家が選ぶ賞として「日本推理作家協会賞」を設けており、この賞を一昨年受賞したのが垣根涼介さん、昨年の受賞者が恩田陸さんです。このおふたりを含めて、今年のメンバーをご紹介します。まず栄えある「謎2006」ブレンダーに選ばれた今野敏さんです。ご感想は?
■今野敏氏(以下、今野氏)
光栄ではありますが、選ばれると先輩方からイビられ、イジメられると聞いているので、緊張しています(笑)。
■大沢氏
まあ、何度挑戦しても、ちっとも選ばれない方もいますから‥‥。
■北方謙三氏(以下、北方氏)
うるさいんだよ、大沢!(会場爆笑)
■大沢氏
続いて紅一点、とはいっても、二軒目の酒場からは、自分のことを「オレ」と呼び始める恩田陸さんです。恩田さん、今日はまだオレモードには入っていませんか?
■恩田陸氏(以下、恩田氏)
ええ、まだ一軒目ですから(笑)。
■大沢氏
そして、垣根涼介氏。海外のことにとっても詳しくて、3年前に出した「ワイルド・ソウル」が大変話題になりました。どう、忙しい?
■垣根涼介氏(以下、垣根氏)
淡々と書いているだけです。先輩からは年に4冊は出さなければ本当の作家じゃない、といわれますが、私は年2冊のペースです。
■大沢氏
物足りない気もするのですが、一枚一枚丁寧に書いているということでしょう。そして、最後のご紹介は大御所のふたり、逢坂剛さんと北方謙三さんです。このおふたりと私が毎回参加しているメンバーで、私は「謎2000」でブレンダーに選ばれていますが、おふたりはいまだ無冠です (会場笑)。
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■輿水精一チーフブレンダー(以下、輿水)
それではここで、7月20日に行われたシングルモルトウイスキーづくりについて、説明させていただきます。当日は、サントリーの山崎蒸溜所が保有する多彩なモルト原酒の中から厳選した10種を使い、原酒同士をヴァッティング(モルト原酒を混ぜ合わせること)し、オリジナルシングルモルトウイスキーをつくっていただきました。モルト原酒の中には、これまで一度も世に出したことのない秘蔵のものもありました。受賞したのは今野さんの作品ですが、他の皆さんの作品も、さすが日本を代表する表現者らしく、個性あふれる魅力的なシングルモルトウイスキーに仕上がっていました。 |
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輿水精一チーフブレンダー |
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大沢在昌氏
ヴァッティングイメージ:「日々」 |
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■大沢氏
私は外でどんなお酒を飲んでも、家に帰って眠る前に、必ずウイスキーをロックかストレートで一杯飲みます。それは一日の終わりを確認する儀式のようなもので、楽しくても悲しくても、日々の区切りになっているわけです。その意味で「日々」と名前をつけました。別に新刊が「Kの日々」だからという理由ではありません(笑)。
■輿水
大沢先生のウイスキーには、毎年ワクワクさせられます。モルト原酒にも、主役になるものと脇役でいい仕事をするものがありますが、今年の先生はベテランらしく脇役に注目したようです。古い樽で寝かされた脇役のモルト原酒を絶妙に使い、深い旨みのウイスキーをつくってくださいました。最初に香るトップノートは軽めに感じるのですが、徐々に奥深さが現れてきます。
■大沢氏
まるで私の人柄のようですね。一見軽そうで、実は奥が深い(笑)。軽い脇役に徹しながらも、真摯にいい仕事をしていると‥。あれ、北方さん、何でそっぽ向いてるの(笑)。
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■逢坂剛氏(以下、逢坂氏)
私は、誰かさんのように自画自賛はいたしません(笑)。タイトルにしたへディといっても、若い方はご存知ないかもしれませんが、へディ・アマールといって1930〜40年代に活躍した史上最高の美人女優といわれた人です。(そういいながら、へディ・アマールの写真を頭上に掲げて拍手を浴びる。)「サムソンとデリラ」という歴史劇に出たりしていたのですが、演技はともかくすこぶるつきの華やかな美人です。で、まあ、こんな女性を口説き落とすにはと考えて、相当濃厚なウイスキーを作りました。
■輿水
逢坂先生は以前は穏やかなウイスキーをつくられていましたが、昨年あたりから作風が変わってきました。今回は濃厚なシェリー樽の原酒とガツンと来るスモーキーな原酒を使っていますが、これはブレンダーから見ると強いもの同士でかなり難しいヴァッティングなのです。シェリー樽モルトの濃い甘い香りとピートの利いたモルト原酒が互いに主張し合い、このバランスが難しい。でも、危ういバランスが見事にとれています。
■逢坂氏
輿水チーフブレンダーは、さすがに私の狙いをよく把握してらっしゃる。最近のブレンドに私の影響が出ているのではないかと思います(笑)。
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逢坂 剛氏
ヴァッティングイメージ:「いとしのへディ」 |
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北方 謙三氏
ヴァッティングイメージ:「潜める野性)」 |
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■北方氏
選ばれた今野は、武道家のくせに妙に優しい酒をつくりやがって‥。情けない。俺はいつも筋を通している。今回は10種類の原酒が並んでいる中から、女性のスリーサイズイメージを念頭において選んだのですが(笑)、バスト90、ウエスト53、ヒップ110ってのは見つからなかった。これがひとつの敗因。そして、提供されたモルト原酒があまりに旨かったので、ヴァッティングしながら、飲みすぎてぐでんぐでんになってしまい、ブラインドテイスティングの時に自分の酒さえわからなかったことも問題。いつものことだけれど、反省ありだなあ。
■輿水
いつも全然ぶれないのが北方先生。今回もメインになったのはいつものピート香が強烈な男っぽいモルト原酒でした。ただ他の10種の原酒もすべて使われました。これがポイントで、量は少なくても他の9種のモルト原酒の特徴が、パンチの効いたスモーキーな味の陰から、次々と現れてきます。これは飲んでいてとっても楽しかったですね。裏話をしますと、今回は一回目のブラインドテイスティングでは北方先生、逢坂先生のウイスキーが、今野先生と同点でした。
■北方氏
返す返すも、酔っ払ったことが残念。不覚にも、ブラインドテイスティングで今野の酒に一票を投じてしまったらしい(笑)。選ばれていたら、後熟した自作を楽しめたのに。実は、本当の旨さは、ヴァッティングの後で樽に戻して後熟させないとわからない。逢坂さんもだけど、初回からやってるのに俺の酒は、まだ一度も後熟させたことがない。これが心残り。やっぱり飲み過ぎたらダメだ‥(笑)。
■輿水
次はぜひ選ばれて、後熟されることを願っています。
■北方氏
うーん。俺と逢坂さんは日本推理作家協会のハルウララと言われているからなあ(笑)。
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■恩田氏
リトルコスモスのイメージの理由は、ウイスキーの複雑な味わいの中には、小さな宇宙が潜んでいるような気がしたからです。いつもはマッカランが大好きで、そんなイメージに近づけようとつくりました。
■輿水
今の言葉で納得です。マッカランといえばシェリー樽のモルト原酒が特徴です。でも山崎のシェリー樽のモルト原酒も、マッカランに負けないものです。それを前面に出して上手に使ってくださいました。毎回、女性作家の方の作品の共通しているところは、強い個性を主張することです。恩田先生の作品も、シェリー樽の魅力を十分に生かして、完熟のフルーツ、さらにはドライフルーツのような個性的な香りがあります。
■恩田氏
10種類のモルト原酒の香りと味を把握するのが難しくて悩みました。北方先生が女性のスリーサイズと言っていましたが(笑)、私はそれぞれを人柄になぞらえました。いい人だけど頑固者とか、優しいけど実は意地悪な人とか分けて、この人だったら付き合えるというモルト原酒をヴァッティングしたらこの味になりました。
■北方氏
スリーサイズ話は下品だった?恩田さんが、ウイスキーボトルの中に宇宙を見るなら、俺は酒瓶の中に懺悔することにしよう(笑)。
■大沢氏
まあ、それだけ酒で失敗を繰り返してきているわけですね、北方さんの人生は(爆笑)。
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恩田 陸氏
ヴァッティングイメージ:「リトルコスモス」 |
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垣根 涼介氏
ヴァッティングイメージ:「DATE LINE」 |
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■垣根氏
私は南の島が好きで、この前もフィジーに行きました。そのフィジーに子午線が通っていることからDATE LINEという言葉をイメージしました。実際のヴァッティングは、いつも酒場めぐりの最後に行くバーで、バーテンダーさんとポツリポツリ話しながら、締めに飲むようなウイスキーをイメージしました。若干甘めで、優しい気持ちになるようなお酒になればいいなと作りました。
■輿水
垣根先生のものは、華やかなフルーティさが際立つ原酒と、ミズナラの樽で寝かせた原酒を主に使って、実にいいものに仕上がりました。とくにミズナラ樽のモルト原酒は、他にはない山崎蒸溜所独特のもので、山崎の原酒ならではの魅力を凝縮したようなウイスキーに仕上がりました。
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■今野氏
北方先生に腰抜けと言われようが(笑)、失敗はできないと、オーソドックスなベースの原酒を選んで華やかなモルト原酒を後から選んでいく方法を取りました。たぶん、使ったモルト原酒の種類は私が一番少ないと思います。
■輿水
そうですね、5種類だったと思います。大きな特徴はスモーキーな原酒を一滴も使わなかったことです。バニラやフルーティな香りが前面に出て、華やかに穏やかに甘さが広がって、あまりウイスキーを飲みつけない方でも、抵抗なく飲めるものになったと思います。
■今野氏
ソフトなウイスキーをつくろうという意図がありましたから、それでいいのですが、なんだか輿水ブレンダーが、あまりお好きでない感じが気になります(笑)。
■大沢氏
というより、イメージを裏切りすぎなんだよ、今野は。武道家で格闘家のおまえが、こんな甘くて飲みやすい酒を作っちゃったことでびっくりしたんだよ(笑)。
■輿水
好きでないなんてことは決してありません。受賞が証明するように、素晴らしい出来栄えです。従来、シングルモルトウイスキーというと強さを主張するウイスキーを想像しがちですが、こんな優しくてまろやかなウイスキーもあるというのは、驚きなのではないでしょうか。「謎2006」にふさわしいですね。ちょっと水を加えるとその華やかさがさらに広がります。ぜひ女性にも飲んでいただきたいですね。
■今野氏
いま、後熟したものを再び味わうと、我ながらいい酒をつくったと思います。皆さん、ぜひ飲んでみてください。
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今野 敏氏
ヴァッティングイメージ:「忍」 |
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トークショー第2部は、参加者から各作家への質問コーナー。ファンからの質問に、各先生方がユーモアたっぷりに答えても会場は爆笑の渦に。「お気に入りのお酒のおつまみは?」の質問には、こんなユニークな答えがありました。
今野氏 塩辛。イカもいいけど、甘エビの塩辛が好物です。
恩田氏 ビールが好きだから、枝豆と鶏のから揚げ。(大沢氏から「そりゃ尿酸値が上がりそうだなあ」との声)
垣根氏 高菜の漬物。長崎の実家から送ってもらってます。
逢坂氏 その辺にあるものを何でも食べますね。青りんごとかキャベツとか。(大沢氏の「ダイエットか」のチャチャに会場爆笑)
北方氏 つまみだって? 女の涙かな(大うけ爆笑)
大沢氏 実は仕事場で糠漬けを漬けてまして、大根の葉の古漬けとカシューナッツの組み合わせが抜群。ぜひ試してみてください。
ミステリアスな答えもありのトークを楽しみながら、ウイスキーの心地よい酔いとともに秋の一夜は更けていきました。
なお、今野敏氏のレシピによる「日本推理作家協会オリジナルシングルモルトウイスキー 謎2006〜忍〜」はサントリーのウェブページで数量限定販売中です。他では手に入らない謎に満ちた味と香りをお楽しみください。
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ウイスキーには、大麦を原料とする「モルトウイスキー」と、とうもろこしや雑穀を原料とする「グレーンウイスキー」があります。モルトウイスキーだけを使ったのが「山崎」「白州」「北杜」などのモルトウイスキー、モルトとグレーンを混ぜて作るのが「響」「オールド」などの「ブレンデッドウイスキー」です。さらにこの「モルトウイスキー」にはひとつの蒸溜所だけで作られた原酒のみを使った「シングルモルトウイスキー」と、複数の蒸溜所の原酒を混ぜ合わせる「ピュアモルトウイスキー」があります。今回、推理作家の先生方に挑戦していただいたのは、山崎蒸溜所のみでつくられた原酒をヴァッティングする「シングルモルトウイスキー」づくりです。
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個性の強いウイスキーの原酒は、ヴァッティングさせたのち、樽に戻してもう一度眠らせます。これが後熟です。ヴァッティング直後には、とがっていた味が樽の中で溶け合って熟され、一段と香りの高いおいしいウイスキーになります。
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