百人一首による運命の導き
百人一首の翻訳に取り組んだきっかけは、ものすごく何気ないスタートだったんです。来日してから月日が経ち、帰国するか悩んでいた頃、ある友人から「日本の歌集を翻訳してみたら?そこに答えがあるんじゃないか」とアドバイスを受けて。当時はまだ古典も読めない状態だったので、高校の教科書に掲載された百人一首から翻訳を始めました。
和歌の翻訳が自分と合っていたのか、その後2008年に『英訳 百人一首』を出版し、アメリカと日本で翻訳賞をいただいたんです。当時はかなり自由な翻訳でしたが、英語でカルタとして遊べる形にしようと、五行詩の形式で作り直しました。2度目の翻訳では、掛詞(かけことば)や縁語(えんご)、枕詞(まくらことば)、歌枕(うたまくら)、序詞(じょことば)といった和歌特有の修辞法まで研究を重ねて翻訳を。3度目の翻訳では、各和歌が本来収められていた歌集における文脈まで考慮しました。和歌には歌の背景を説明する詞書(ことばがき)があるんです。その文脈で読むと、結構違う意味が見えてくる。知れば知るほど百人一首の不思議を発見し、その謎を解きたくなっていきます。
いま京都の嵯峨に住んでいるんですけど、そこって、実は百人一首が生まれたあたりなんです。発祥の地にも住んでいて、3度も英訳して、本も出して。百人一首は、もう私の人生そのものと言っていいかも知れません。私が百人一首を選んだのではなく、百人一首が私を選んだ。そう感じています。
連想が生む、
重層的な日本文化
百人一首の中でいちばん好きな歌をあげるなら、46番の曽禰好忠(そねのよしただ)の歌です。
由良の門(と)を
渡る舟人(ふなびと)
梶(かぢ)を絶(た)え
ゆくへも知らぬ
恋(こひ)の道かな
Crossing the Straits of Yura
the boatman loses the rudder.
The boat is adrift,
not knowing where it goes.
Is the course of love like this?
【ピーター・J・マクミラン 2017、英語で読む百人一首、文春文庫、文藝春秋】
由良川の河口を渡っている船人が小船をコントロールするすべを失ってしまう。それが恋をした人の心と同じだ、という内容の歌です。心を自然のイメージに重ねている点がとても普遍的で、どこの国の人にも歌の世界観がわかりやすく伝わる、とても素晴らしい歌だと思います。和歌って、複雑なレトリックを使っているものもあれば、素直に自分の気持ちを詠んでいるものもあります。でも、翻訳する時には、なるべく高校レベルの英語以上の難しい単語は使わないように心がけています。そのほうが、外国人に理解しやすいし、日本人にも理解しやすいんですね。
日本語の魅力を一つだけ紹介するとしたら、同音異義語が多く言葉遊びがしやすいところです。それは万葉集の時代から、平安時代を経て、連想という日本文化の大事な基礎となっています。平安時代の歌人たちは、レトリックを使うことによって自分のたしなみを表現していました。例えば、“松”の木と、人を“待つ”など。ダジャレのように感じられるかもしれませんが、当時はこれが書き言葉における最高の技法だったんです。同じ言葉から複数の意味を連想し、情景が広がっていくような表現が万葉集などの歌の中で取り入れられるようになり、能、歌舞伎、狂言といった日本の文化に浸透していきました。このような連想から生まれる重層的な意味の広がりは、日本文化の本質的な魅力の一つです。
京都の神秘と自分の時間
もっと静かに暮らしたいと思って、活動拠点を東京から京都に移したんですけど、逆に仕事は倍増しました。古典に対するリスペクトがある関西で、私の活動は花開いたんです。いまは万葉集の全訳をはじめていて、源氏物語の和歌も訳しています。あとは現代短歌、例えば穂村弘さんや俵万智さん、そういった方々の歌を翻訳したこともあります。万葉集から現代に至るまでの歌の世界を、京都から世界に発信していけたら、と思っています。
京都の家は古民家で、よく人から「素敵ですね」って言ってもらえるんですけど、全然そんなことなくて。古くて、寒くて、駅から遠くて、暗いです。でも、夏は風が通ってすごく快適です。自宅そばの松尾芭蕉も通ったという道を歩きながら、千年前の歌人たちと同じ月を見上げる。家のそばで見かけた鹿は、嵯峨に暮らしていた西行の和歌に詠まれた鹿の子孫かもしれない。そんな日々が、今の私の創作活動に大きな刺激を与えてくれます。
仕事はとても忙しいのですが、疲れた日の夜はお酒を飲んでリラックスするのが好きです。飲みながら、猫と遊んだり、映画を見たり。自分の時間が広がっていく。でもお酒はあまり強くないので楽しむのは1日に、1~2杯程度にしています。
故郷の記憶が目覚める香り
ウイスキーという言葉の由来がアイルランドで使われるゲール語「Uisge-beatha(ウシュクベーハー)」からきている説があって。これは「命の水」という意味です。私たちが若い頃は、バーでウイスキーを飲むと「命の水だ」とよく喜んだものでした。
そんな命の水を、アイルランドでは上等のおもてなしとして、よくお客さんに出します。なので、ラフロイグの香りをかぐと、古く大きな田舎の家で、暖炉を囲んで過ごした夜の風景がよみがえるんです。早く暗くなる冬の夜、クリスマスを待った日々。暖炉で燃やすピートの香りには、切なさ、懐かしさ、喜び、悲しみ、ぜんぶある。そんなふうに、香りが思いと重なることで、頭の中に情景が広がっていく、和歌の魅力と同じ「連想」がウイスキーを飲んだ時にも起こります。
私は冒険を求めてアイルランドから来日しましたが、万葉集をはじめ日本の和歌を翻訳する今も冒険はずっと続いています。毎日新しい発見があり、それは尽きることがない。すごい発見が無限にある。たくさんのことを知れば知るほど、連想は重なって世界は重層的にどんどん魅力的に広がっていきます。そんな冒険をこれからも続けたいと思っています。
Text:C-Nut Photograph:Megumi Omori
ピーター・J・マクミラン(Peter MacMillan)
アイルランド国立大学卒業後渡米し博士号を取得。現在は東京大学非常勤講師、相模女子大学および武蔵野大学の客員教授を務める。2008年に英訳『百人一首』を出版し、日米で翻訳賞を受賞。日本での著書に、『英語で味わう万葉集』、『謎とき百人一首 和歌から見える日本文化のふしぎ』、『英語で古典 和歌からはじまる大人の教養』、『シン・百人一首 現代に置き換える超時空訳』など多数。2023年、JICA初の文化担当講師に就任。2024年、NHK「100分de名著」で百人一首の指南役を務める。同年、外務大臣表彰受賞。また秋の叙勲にて旭日小綬章受章。