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ピーテッド麦芽使用、2回蒸溜
一般にアイリッシュウイスキーといえば未発芽の大麦と麦芽の両方を原料に使用し、3回蒸溜をおこなうことが知られている。多くは軽快で繊細な甘みのスムーズな飲み口を特長としている。
ところがこの「カネマラ」は未発芽大麦を使用せず、ピート(泥炭)を焚いて麦芽乾燥させるアイリッシュウイスキーでは現在唯一のピーテッド・シングルモルトである。しかも伝統の3回蒸溜ではなく、初溜、再溜の2回蒸溜のシステムを取っている。スコッチのモルトウイスキーの製法と同じである。
製品はノンエイジの「カネマラ」、そして「カネマラ12年」の2つだが、これまでのアイリッシュウイスキーにはないユニークな香味に虜になる人は多い。
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アイリッシュの革命児
製造しているのはクーリー蒸溜所。アイルランド共和国の首都ダブリンから北へ約67マイル、車で1時間半程度の距離の街ダンドーク近郊に位置する。そこは北アイルランドとの国境間近の地であり、目の前のアイリッシュ海を船で渡ればブリテン島のリバプールへ着く。
クーリー社は1987年、クーリー半島にあったスピリッツやアルコール燃料を製造する国営工場をジョン・ティーリングが買収し設立。ティーリングはアメリカ・ハーバード大学で祖国アイリッシュウイスキーの歴史研究をした人物。栄枯盛衰によって失われたかつてのアイリッシュ・ブランドの再興を事業コンセプトとした。
ポットスチルを設置して、1989年からウイスキー製造をはじめたまだ新しい蒸溜所だ。元アルコール工場であったために連続式蒸溜機もそのまま残っており、グレーンウイスキー製造もおこなっている。
“アイリッシュの革命児”とさえ呼ばれるほどさまざまな取り組みがなされている。製品には「カネマラ」の他にシングルモルト「ターコネル」やブレンデッド「キルベガン」などをはじめシングルグレーンも製品化している。歴史は浅いが、すでに国際的な酒類コンテストで多数の受賞歴があり、注目を浴びつづけている。
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ブティック・ディスティラリー
「キルベガン」貯蔵熟成においてはクーリー蒸溜所内だけでなく、一部原酒をアイルランド中部に位置するキルベガン蒸溜所でおこなっている。首都ダブリンから西へ車で約1時間半の場所にタラモアという街があるが、そこから北へ10キロほどのところにある小さな村がキルベガンだ。
キルベガン蒸溜所の前身は、特定されている蒸溜所のなかで記録に残っている最古の蒸溜所であるブルスナ蒸溜所(1757年創業)である。1843年にロック家が買収し、ロック蒸溜所となる。輝かしい時代もあったが1953年に創業を停止して以来そのままになっていた。クーリー社が1988年にロック蒸溜所とキルベガンの商標オーナーとなり、貯蔵庫、そして歴史的価値の高いウイスキー博物館としても機能させる。さらに2007年からは小規模ながら蒸溜を再開し、ブティック・ディスティラリーとしての人気を高めている。
ブレンデッドウイスキーの「キルベガン」はブルスナ蒸溜所時代の代表ブランドを復活させたものである。
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14ppmから生まれる
しなやかスモーキー「カネマラ」はピーテッド麦芽を使用し、クーリー山のスリーヴ・ナ・クロークに湧く見事な軟水で仕込む。ちなみに麦芽のピーテッド・レベルは14ppm。
1回あたり約6.5トンの麦芽を仕込んで麦汁を得る。麦汁はステンレス製発酵槽へと送られ、酵母を加えて約2日間の発酵をおこない、アルコール度数約8%の醪(もろみ)が生まれる。これを蒸溜する。
ポットスチルは初溜1基、再溜1基の1組。2回蒸溜によって得られるニューメイクはアルコール度数約66%。このニューメイクは樽熟成によって軽快でソフトな香味を生み出す特性を抱いている。
貯蔵熟成樽はすべてバーボン樽。クーリー蒸溜所の貯蔵庫はアイリッシュウイスキーの貯蔵でよく見られるパレットを使用した縦積み方式だ。これは貯蔵庫の収容力や作業効率に優れた方法といえる。
こうして生まれる「カネマラ」は、ピーティーというよりスモーキーといったほうが正しいかもしれない。しかもスコッチのアイラモルトで世界的な人気を誇る「ラフロイグ」「ボウモア」のような重厚で複雑な感覚とは異なる特長を持つ。
エメラルド島とも呼ばれるアイルランド、その緑の大地の爽やかな風を想起させる。しなやかでスムーズながらピーテッド・レベル14ppm以上のスモーキーさを感じさせるユニークさも魅力だ。
「ラフロイグ」や「ボウモア」と飲み比べるととても面白い。おそらくスモーキーな香味の楽しみのひとつに、このアイリッシュのピーテッド・シングルモルト「カネマラ」が加わることであろう。アイリッシュウイスキーの歩みと特性
- アイリッシュウイスキーの
歩みと特性 -
アイリッシュウイスキーがノンピーテッド主体で、3回蒸溜になったのにははっきりとした理由がある。
まず古くからイングランドの統治下にあったアイルランドには、さまざまな課税が繰り返しおこなわれた。そのなかで、とくに麦芽にかかる税の負担を軽減するために製造者は未発芽の大麦使用比率を高くしていく。これがスコッチウイスキーのフレーバーと異なるひとつの要因となる。
また蒸溜においては、16世紀には2回、3回、4回蒸溜がおこなわれていたという記録もあるようだが、やがて大英帝国の偉大な特産品としてアイリッシュウイスキーが重要な役割を担うようになると、品質向上を目指していくなかで定着したのが3回蒸溜であったようだ。
アイルランドはスコットランドと同じようにピート(主に植物が半炭化した堆積物。泥炭あるいは草炭)原野が存在する。18世紀末まではキルベガン蒸溜所(当時ブルスナ蒸溜所)ではピートを焚いていた。19世紀に入ってもしばらくは石炭が不足するとピートを燃料にしていたという。その他の蒸溜所も同様で、かつてアイリッシュにもスモーキーフレーバーがあったといわれている。
ピーテッド麦芽を使用しなくなったのは19世紀に入りアイルランドのウイスキー産業が巨大化したためである。ピートを燃料として小規模に生産する状況ではなくなり、石炭や木材が燃料に変わる。イングランドの石炭が大量に運ばれてくるようになったのである。
19世紀まで、ウイスキーといばアイリッシュモルトであった。大英帝国の流通網によって広く飲まれていた。スコッチに日があたりはじめるのはブレンデッドウイスキーが開発され、それが世界的に流通しはじめる19世紀後半からのことである。