白州の味わいをつくる、天然水の源流を訪ねる 2016.05.31

自然の中で愉しむ
シングルモルトウイスキー白州の、爽やかな味わいを支えているのは南アルプスの天然水。すっきりとキレがよく、爽やかな清涼感を感じる良質な水が、白州蒸溜所の裏手に広がる豊かな森で育まれています。新緑が眩しい初夏に、その森を訪れました。白州の味を左右する最も重要な要素のひとつである水が、どのような環境で生まれているのかを探ります。
中央に見えるのが白州蒸溜所。山麓の扇状地にあることがよくわかります。
蒸溜所のシンボルであるキルン塔が森の木々の間から顔を見せています。
神宮川の豊かな流れは山麓の人々の生活も支えています。

白州の味わいを決める天然水の源流へ

白州蒸溜所は、別名「森の蒸溜所」。約82万㎡の敷地内には、広大な森を有しています。これだけ大規模な森の中でウイスキーづくりを行っている蒸溜所は世界でも稀です。豊かな森があるということは、木々やそこで暮らす動物たちにとって欠かせない良質な水があるということ。1973年に当時のサントリー社長だった佐治敬三が、白州に蒸溜所を建設するのを決めたのも、まさにその名水があったからこそ。白州の森から流れ出す清涼感ある味わいの軟水がなければ、シングルモルトウイスキー白州の味わいが生まれることはなかったのです。ではなぜ、白州ではこのような名水が湧き出しているのでしょうか。

白州蒸溜所の後ろにそびえているのは、標高3000mを越える山々を有する南アルプス。多種多様な生物が生息する豊かな自然環境と人々が共生していることが評価され、2014年には「ユネスコエコパーク」にも登録された自然豊かな地です。そのなかでも、白州蒸溜所の水源には花崗岩という岩の地質が広がっています。花崗岩は水を含みやすいのが特徴。つまり、降り注いだ雨や雪は花崗岩によって磨かれながら、ゆっくりと地中深くに染みこんでいくのです。

こうした水は、約20年以上の歳月をかけて、おいしい天然水へと生まれ変わっていきます。長い時間をかけて磨かれた水が、白州蒸溜所のすぐ近くでも神宮川や尾白川といった川となって流れています。今回目指したのは、その神宮川の源流部。サントリーエコ戦略部水源涵養グループに所属し、年に何度も白州の森を訪れて水源調査を行っている鈴木健さんに案内をお願いしました。
「サントリーで手入れしている全国18の森のなかでも、ここは特に保水量が多い」と鈴木さんは言います。
サワグルミの葉は羽状複葉といって鳥の羽のような形。見上げると万華鏡のよう。
雨乞岳の中腹の絶景スポット。白州町の一部と小淵沢町を望みます。

動植物の多様性が豊かな森を形成する

スタートは神宮川に注ぐ支流の小滝沢に沿って歩く山道の入口。白州蒸溜所のすぐ裏手なのに、そこはすでに深い森の中。生命力をみなぎらせて淡く輝く新緑の木々が、頭上に迫ります。聞こえるのは水の流れと鳥のさえずりくらい。見上げればクマタカがくるりと輪を描いて飛び、川を覗きこめば花崗岩に含まれた雲母がキラキラと輝いています。綿毛に包まれた無数のタチヤナギの種子があたり一面をふわふわと舞い、我々の来訪を歓迎してくれているようです。まさにここは別天地。あまりの自然の豊かさに言葉もありません。

「白州蒸溜所は、南アルプスの花崗岩が清流や冬の凍結などによって風化し、白くなった砂が堆積した扇状地にあります。白州という地名は、まさにその白い砂州という意味なのです。今日は雨乞岳という山の中腹にある湧水地にご案内します。なに、大した距離じゃありませんよ」と鈴木さんは涼しげに言いますが、都会暮らしになれた身には、きつい山道が続きます。

ただ、素晴らしい景色が疲れも吹き飛ばしてくれます。ブナやカエデといった広葉樹が多いので、森は明るく開放的な雰囲気。苔むした岩や澄んだ水の流れがアクセントとなって、絵に描いたような渓谷美が続きます。

「たくさんある樹木のなかで、ちょっと面白いのがサワグルミです。サワグルミは水分要求度が非常に高い。つまり、水がたくさんないと育たないんです。天然水の森にはサワグルミの群生があるのですが、その地下には水流があることが多いんですね。点在するサワグルミを線で繋げば、地下の水脈を探すヒントになるんです」

また、植物と同様に動物の種類も豊富です。特に、森の豊かさをはかる指標にもなる鳥類は数十種類が確認されているそうです。
「白州の森の生態系の頂点にいるのは猛禽類です。オオタカやクマタカなどが飛んでいるということは、餌になる小動物も多いということ。それに、猛禽類の巣もいくつか発見しています。単純に餌を取りに飛んで来るだけでなく、猛禽類が巣をつくって子育てをするのは森が豊かな証拠です。理想的な生態系のピラミッドができているといえるでしょう」
やっとたどり着いた天然水の湧出口のひとつ。同じような湧出口を幾つか確認しているそうです。
20年の時を経て、今まさに湧きだした天然水は神秘的ですらあります。
いくつもの湧水が集まって、豊かな川の流れとなります。

森に磨かれた天然水が白州のマザーウォーター

途中、何度か沢を渡り、ぐんぐんと山を登って、Tシャツがじっとりと汗ばんできた頃、鈴木さんの足が止まりました。鈴木さんが指差す方を見ると、白い花崗岩の隙間から細い筋が流れ出ているのが確認できます。あれぞ、まさに天然水の源流! 登山道から逸れ、木や草を掴みながら急斜面を上り近づきます。長い月日をかけて、再び地表に湧いて出た天然水が、今まさに目の前にあるのです。もちろん、白州の仕込みに使う水はここで採取されるわけではありませんが、ほぼ同じ性質を持った水と言っていいでしょう。

持参したグラスに、天然水を湧出口から直接注ぎます。小さな泡を立てながらグラスを満たす水は、どこまでも澄んでいます。この水が白州の香味を生み出すのかと思うと感慨もひとしおです。

モルトウイスキーの原酒づくりは「仕込み」という工程からはじまります。麦芽を細かく砕いて麦汁をつくるのですが、この時に麦芽と一緒に大量の仕込み水を仕込槽に注ぐのです。ですから、最終的にできあがるウイスキーの味が、水の良し悪しに左右されるのは当然の話。その水が、こんなにも豊かな森のなかで生まれているということに感動しました。

「水が地下に染みこむ過程では、花崗岩によって濾過されるだけでなく、岩中のさまざまなミネラルが溶け出します。同じ花崗岩でもミネラルの含有量は微妙に異なるのですが、白州一帯の花崗岩は、そのバランスが、絶妙にウイスキーづくりにマッチしているといえるのでしょう」
緑色の白州のボトルは、森の景色がとても似合います。

源流を訪ねて

「良質な水があってこその白州の味わい」というのは、今までの取材を通じて何度も聞いてきたのですが、今回、実際にその水が生まれるメカニズムを、源流を訪れて聞けたのはとても有意義でした。

降り注いだ雨や雪が花崗岩に磨かれて地中深くに染みこみ、20年後にやっとシングルモルトウイスキー白州のマザーウォーターになる。その水の個性が、はっきりとできあがったウイスキーの味に浮かび上がる。なんとも神秘的な話も、花崗岩の地質の上に長い年月をかけて形成された豊かな森の中で聞くと、理屈抜きで自然と理解できました。
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