



スノーシューを履いて八ヶ岳の麓へ
今回の目的は、天然の氷で白州のオンザロックを飲むこと。しかも、凍りついた滝にできるピュアな天然水のつららにこだわりました。どこかそれにふさわしい場所はないかと、橋詰さん相談してみると、ありました!澄んだ水でできたつららを手に入れられる場所が。目的地に定めたのは白州蒸溜所と同じ北杜市の川俣川渓谷。八ヶ岳を源に発した川俣川に流れ落ちる湧水「小滝」は、冬に凍りつき幾筋ものつららとなるそうです。小滝までは、八ヶ岳牧場の間を走る農道を歩いてアクセスします。ただ、取材にでかけたのは厳冬期の1月下旬。あたり一面は雪に覆われていますから、そのまま歩き出せば膝まで雪に埋まってしまいます。そこで使用するのがスノーシュー。スノーシューは西洋かんじきとも呼ばれる雪上歩行具のことです。靴にストラップで固定して歩き出すと、適度な浮力が得られて雪上での歩行をサポートしてくれます。
歩き出しは快調そのもの。斜度もなく、雪上のお散歩といった趣です。夏の間は数百頭の牛が放牧されているという牧草地は真っ白に染まり、誰の踏み跡もありません。前方には八ヶ岳の最高峰である赤岳や権現岳(ごんげんだけ)といった名峰が雪化粧してそびえています。振り向けば、白州蒸溜所を麓に抱える甲斐駒ケ岳や富士山もくっきり。「八ヶ岳ブルー」と称される濃い藍色の空は、我々の来訪を歓迎してくれているようです。
ただ、やはり雪の抵抗を受けて歩くのはかなりの運動強度。普段の運動不足がたたり、30分も歩くと息があがってきます。そんなときは立ち止まって、橋詰さんが用意してくれたお茶を飲んで小休止。あたたかいお茶が体にじんわりと染みこんでいくと、疲労も吹き飛びます。雪面に目を落とせば、暖かな日差しが反射してキラキラと輝いています。都会とはまるで別世界。なんて贅沢な時間なんだろう。



いよいよ凍てついた小滝に到着
スタートから40分ほど歩くと、いよいよルートは森の中へ。渓谷へ向かって徐々に高度を下げていきます。先程までの風景とは一変して、あたりはすっかり葉を落とした木々に囲まれます。サクッ、サクッと雪を踏みしめる音以外にはなにも耳に届きません。木々の間を縫って地上に届く日差しは、細い光の筋となって幻想的。ほんの数十分の間にこれほど劇的に姿を変える清里の自然って本当に懐が深い!さてさて、さらに歩みを進めると、サラサラと水の流れる音が聞こえてきました。凍てつくことなく流れる川俣川に到着です。そこからは川沿いをしばし遡上。なにやら、向かう先に青白く輝く壁のようなものが見えます。近づくに連れ、その全容を見せ始めた壁の正体こそが目的地の小滝です。
「小滝」という名前から想像していた規模とは段違い。せいぜい背丈ほどの滝と思っていたのに、落差はゆうに5mを超えます。水の筋が何本にも並んで凍てついた様子は、まるで風に揺れるカーテンのドレープを一瞬にして凍らせたよう。自然が作為なくつくり上げた氷の芸術作品は、優雅なのに力強い姿で見るものを圧倒します。
近づいてみると、つららの透明度にも驚かされました。青く見えるほど透き通っているのは不純物が少ない証拠。手でそっと触れると、表面は意外にも乾いています。乾燥した空気の中でじっくりと冷やされ、長い時間をかけて生成されたつららの“純度”は、目で見てわかるほど高いものでした。

雪原に戻って天然の氷で白州を愉しむ
このピュアな氷で白州が愉しめる。もうその場でオンザロックをつくりたくなる衝動を抑え、つららを持参した水筒にそっとしまい、スノーシューツアーは無事終了。さて、次に考えたのは白州を飲む場所。特別なオンザロックだから、シチュエーションもしっかり吟味したい。「あっちがいい」「いや、むこうにしょう」と散々迷って決めたのは、清里の中心街に向かって開けたなだらかな丘。視線のずっと先には富士山がはっきり見える特等席です。
水筒からつららをふたつ取り出し、互いにぶつけて適当な大きさに砕きます。キーンと澄んだ音を立て、細かな破片を飛び散らせて割れたつららをグラスの中へ。そこへいよいよ白州を注ぎます。琥珀色の液体が触れると、ピキ、ピキと小さな音が響きます。眠っていた天然の氷が白州によって目覚めるような、なんとも神秘的な瞬間。ぐるりとグラスを回すと、天然の氷独特の高い透明度のせいなのか、いつもより白州の色が鮮やかに感じます。鼻を近づけると、余計に爽やかでフレッシュな香りが立ち上がるように感じたのも気のせいではないと思います。
ちょっと厳かな気分すら感じながら、ついにグラスに口を付けます。すっと流れ込んだ白州が、舌の上でぱっと花開きます。ミントのような香りとほのかな酸味、軽いスモーキーさを残して、余韻嫋々(じょうじょう)と喉を通っていきました。その後は、体中にまで白州が染みこんでいくような不思議な感覚に包まれました。
よく晴れていたとはいえ、やはり高原の厳冬期。この日も気温は氷点下を下回っていました。やはり、都会にいるよりは五感が研ぎ澄まされていたのでしょう。味だけでなく、音や色、香りまで含めて、より深く白州を理解できたような、そんな貴重な体験ができました。
体験を終えて
最初から想像はしていたことなのに、やはり環境による白州の味わいの変化には驚かされました。自分で天然の氷を取りに行き、それを砕いて、オンザロックにして白州を飲む。こんな貴重で贅沢で愉しい体験は、一生忘れることができないと思います。清里の澄んだ空気のなかで飲む白州の味は格別でした。※運動前や運動中の飲酒、また運転前や運転中の飲酒は絶対にやめましょう。