自然の中で愉しむ蒸溜所で愉しむ

白州蒸溜所があるのは82万㎡もの広大な森の中。これだけの規模の森の中でウイスキーをつくっている例は世界的に見ても稀なのだそうです。では、この森がなぜ山崎に続いてサントリー第二の蒸溜所の地として選ばれ、「シングルモルトウイスキー白州」の味にどのような影響を与えているのでしょう。1973年の白州蒸溜所の開設以来、ウイスキーづくりと森の保全に情熱を注ぐ、白州蒸溜所の新河(あらかわ)さんにお話を伺いました。



標高約700mの地に広がる母なる森
白州蒸溜所が開設されたのは1973年。サントリー2代目社長の佐治敬三は、新たなウイスキーづくりの拠点を求めて全国を視察したのだそうです。そこでたどり着いたのが白州。では、社長を虜にしたこの土地の魅力とは?「ウイスキーづくりに水が大切だということは皆さんご存知でしょう。白州にも、非常に良質な水が湧き出しています。佐治敬三も、まずそこに惹かれたのではないでしょうか。白州で湧き出す水は、硬度が約30です。山崎蒸溜所で使用されている水ですら硬度90ですから、白州の水はかなりの軟水と言えるでしょう。軟水で仕込んだ酒は香り立ちがよく、スッキリとした味わいになり、まさに白州の個性そのものを生み出します。また水を育むのには豊かな森があるのが絶対条件。白州蒸溜所を取り囲む広大な森こそが、名水を生み出す、我々にとっての宝なのです」
森が名水を生み出すとは、いったいどういうことでしょう。
「地上に降り注いだ雨や雪が地下に染み込み、長い時間をかけて濾過されることで名水が生まれます。白州一帯は非常に濾過作用が高い花崗岩質なので、不純物を徹底的に除去して水を磨いてくれるのです。ただ、固い岩盤ですから、剥き出しだと雨や雪は地下に染み込まずに地表を流れてしまいます。そこで重要な意味を持ってくるのが森なのです。森の木々から落ちた葉は花崗岩の上に積もり、悠久の時を経てふかふかの腐葉土の層になります。腐葉土はたっぷりと水を蓄えてくれるスポンジのようなもの。水が花崗岩に染み込むまで、じっくりと保水してくれるのです。我々が森のことを『緑のダム』と呼ぶのも、まさにこのことに由来しています」
さらに、森はウイスキーの原酒を熟成させる貯蔵工程においても理想的な環境を提供してくれるのだとか。
「森の木々は光合成によって酸素と一緒に水分も放出しています。この際、周囲の熱を奪うことによって気温を下げる効果もあるのです。森の中に建てられた貯蔵庫周辺は、このお陰で夏でも涼しく保たれています。穏やかに、じっくり熟成する、白州蒸溜所ならではの環境が自然と整えられるわけです」



森を守る取り組みが、ひいては白州の味を守る
こうした豊かな森も、手入れを怠ればすぐに荒れてしまい、名水を生むメカニズムも損なわれてしまうそうです。白州の森は蒸溜所ができる前は地元の集落の人が、燃料や肥料となる枯れ枝や木の葉を採取する里山だったそうで、適度に人の手が入っていたため理想的な環境が保たれていたのだとか。「私たちの役割は、この森を今の環境のまま後世に引き渡すこと。そのためには、定期的なメンテナンスは欠かせません。大掛かりなのは春と秋の年2回。1週間ほど森の中を歩きまわり、木々を1本1本チェックします。そして、害虫に喰われてダメになった木を見つけて伐採するのです。伐採した分は新たに植樹してやって、木の数のバランスを取るのも大切。害虫駆除には消毒薬や農薬を使えば簡単なのですが、万が一地下に染みこんで地下水に影響を及ぼさないとも限らないので使用しません」
薬や機械に頼らず、人の目と足で森中をチェックするのはものすごい重労働。ご苦労も多いのでは?
「深い森の中は道なんてありませんから足元もぬかるんで大変です。春には漆の木によるかぶれにも悩まされますね。ただ、偶然クマタカやオオタカの巣を発見し、巣立ちのシーンに立ち会うといった幸運に恵まれることもあります。これは非常に意味のあることなんです。我々は『Today birds, tomorrow men』という言葉を胸に森の環境整備活動に取り組んでいます。直訳すると『今日の鳥は明日の人間』という意味。つまり、鳥が棲めなくなるような環境にしてしまえば、すぐに人間も住めなくなってしまうということです。ですから、鳥は森が元気かどうかのバロメーター。現在は、白州の森で約50種類の鳥が確認されています」

白州と南アルプスの天然水はベストマリアージュ
森に育まれた水の個性がくっきりと現れた白州。では、その個性を損なわずに、さらに美味しく愉しむ方法はあるのでしょうか。「ストレートでもロックでも水割りでも、好きな様に飲んでいただいて構いません。ただ、水割りにする際は、ミネラルウォーターで割っていただきたいです。ウイスキーの香りをよりいっそうお愉しみいただけます。やはり、一番良く合うのは、白州の仕込み水と同じ南アルプスの天然水ですね」
森と、そこで生まれた水、そして白州のことを語る新河さんの表情はとても愉しそう。まるで我が子を慈しむかのようです。
「私は白州生まれの白州育ち。当たり前のように森はいつも生活のなかにありました。ただ、最近は地域の高齢化が進み、山を手入れする人が減ってきています。下草が伸び放題で、適切な間引きをされていない荒れた森も見受けられるようになりました。森は丹精込めて手入れしないと死んでしまいます。全国に森を育てる活動を広めていきたいですね」
インタビューを終えて
今回は、実際に白州蒸溜所の敷地内を歩きながら、新河さんにいろいろな話を聞かせてもらいました。森があるからこそ名水があり、名水があるからこそ、清涼な味わいの白州が生まれるのだという話は眼から鱗です。環境がウイスキーの味にどのような影響を与えているのかは、明確に数値化はできませんが、だからこそ神秘的。さらに白州への愛着が湧きました。帰宅後は白州を南アルプスの天然水で割ってごくり。確かに、昼間見たあの森の風景が目の前に浮かんだような気がしました。