五感を使いたいとき、気がつけばウイスキーがある──
ホワイトマウンテニアリング・デザイナー、相澤陽介
ホワイトマウンテニアリングのデザイナーである相澤陽介さんは、新しいアトリエを軽井沢の奥深い場所に構えた。そこでは、東京にいるときとはちょっと違う仕事をしているらしい。そして、山のアトリエにはウイスキーが欠かせないのだという。その理由を訊いた。
文・オオサワ系 写真・湯浅亨
山のアトリエ
相澤さんがデザイナーを務めるファッションブランド、ホワイトマウンテニアリングは、「服を着るフィールドはすべてアウトドア」をコンセプトに掲げ、2006年の秋冬コレクションよりスタートした。現在ではインターナショナルブランドと協業するなど、日本を代表するブランドとしてファッションシーンを刺激し続けている。また、相澤さんは多摩美術大学の客員教授を務めるほか、北海道コンサドーレ札幌の取締役兼、クリエイティブディレクター、さらには建築プロジェクト「NOT A HOTEL」にディレクターとして参画するなど、クリエイターとしても活躍の場を広げている。その相澤さんが今、活動の拠点を軽井沢にも構えている。
「アトリエを作る計画は10年以上前からありました。最近は規制も緩和されて、また出張がしやすくなってきていますが、コロナ禍前は毎月1〜2回は海外出張が入っていて心身ともに疲弊しきっていました。そこで仕事に対する目線を変えようと、以前から計画していたアトリエ作りを現実的に考えるようになりました。ここには週1回くらいのペースで訪れています」
面白いことを突き詰める
ブランド創設から16年。いまでこそ日本を代表するブランドとして認知されているが、当然ながら、ここに辿り着くまでには紆余曲折があった。
「美大を卒業してからずっと働いていたコム デ ギャルソンを27歳で辞めて、ファッション業界から一度ドロップアウトしました。日雇いの仕事をするなどして過ごし、その当時はもうファッション業界で働くつもりもありませんでした。でも、クリエイティブとは無縁な生活をしながらも、面白いことをやらないと納得できないという思いがつねにあったんです」
“面白いこと”を考えた結果、思いついたのが「アウトドア」だ。これは前職での経験が大きなきっかけとなっていた。
「前職時代にメンズでアウトドアをテーマにした時に企画を担当していたんです。その方法論が自分には楽しくて記憶にありました。あと、もうひとつの大きな要因が父の存在です。父の影響で、子どもの頃からアウトドアのアイテムやファッションが好きでした。アウトドアならではの実用的なデザインとモードなエッセンスを融合させたら、面白そうだなと思ったんです」
五感を養う
ここ最近、相澤さんのクリエイティブに不可欠な“面白さ”は、アトリエでの1人の時間に醸成される。
「アトリエでは、音楽はレコードでしか聴きません。ターンテーブルに好きなレコードを置き、針を落として聴く。あとは料理をしたり、仕事終わりに深夜、1人で好きな映画を観たりしています。ここでは、できるだけ五感を使うようにして過ごしているんです。その傍らに、いつもあるのがウイスキーなんですよね。ゆっくり飲みながら、静かに想像を巡らせるのが好きです。東京のオフィスにいる時は、サブスクで音楽を聴きながら、食事も簡単に済ませてしまうことがありますが、情報やスピードの波にのまれ、五感を研ぎ澄ますことができなくなるのではないかとも感じています。自分自身の感性を刺激するには、意識的に五感を働かせないといけない。それはデザイナーとしても大事なことだと思っています。そうやって刺激として得た知識や感覚が時間とともに深まり、より興味がわき、“面白さ”につながる。僕の場合、ファッションや音楽、映画など、周囲のすべてに意識してアンテナを張っていると、最終的にウイスキーにも辿り着くんです。
とりわけ、僕にとってグレンフィディックは、特別な存在です。過去にスコットランド近郊のブランドでデザイナーをやっていたこともあり、スコッチウイスキーが好き、というのもあります。ただ、僕は大酒飲みというよりは、うまいものを少しだけ、という性格なので、飲むならいいものが飲みたい。グレンフィディックは若い頃から飲んでいて、その上質さを感じていましたし、今も五感を刺激するときには、そんなウイスキーがそばにあってほしい。このアトリエの空間と、軽井沢の空気とともに、さらに刺激を与えてくれる存在です。
チャレンジすること
相澤さんは一度ファッション業界から離れ、再び戻り、今にいたるまで様々なチャレンジをし続けてきた。いっぽう、グレンフィディックもまた、順風満帆な歴史を辿ってきたわけではなかった。シングルモルトとしてはじめて販売するなど、新しい挑戦を常にしてきた。その姿は、どこか相澤さんと重なる。
「ホワイトマウンテニアリングというブランドは思いつきで始めたわけではなく、アウトドアが大好きだった父の影響から好きになり、自分が子どもの頃に見ていたものを形にしたい、という思いから始めました。これは僕の歴史や経験に基づいてのこと。グレンフィディックは創業者ファミリーが一丸となって生み出し、新たなチャレンジを続けてきたことによって、いまがあるのだと思います。服とウイスキーで畑こそ違いますが、同じものづくりに携わる人間として、心からリスペクトしています」
グレンフィディックのスピリットはウイスキーの味だけでなく、ボトルのデザインにも宿る。三角の形状はウイスキー作りに必要な3つの要素である、水、麦芽、風土を表しつつ、「グレンフィディック」を意味する「鹿の谷」を連想させる切り込みが入っている。デザイナーの目にはどう映るのだろう。
「最初に飲んだのはおそらく20年以上前。いま飲んでみて、ボトルデザインが変わっていたことに気づきませんでした。でも、デザイナーの立場、また大学でデザインを教える立場から言わせてもらうと、これはよいことです。僕はデザインをする際、もともとあったものをアップデートしたり、パブリックイメージを具現化したりすることにフォーカスしています。大事なのはデザインを“変える”のではなく、愛用している人やファンが納得するデザインにすること。グレンフィディックで言えば、これだけの長い歴史がありながら、変化しながらも大事な部分を継承し続けているのはすごいことです。味わいだけでなく、ボトルのデザインにも歴史やこだわりが詰まっているのは素敵だなと思います」
相澤さんは、グレンフィディックが生まれたスコットランドの地に思いを馳せながら言葉をつむぐ。
「スコットランドには手つかずの自然が残り、荒々しさを感じさせる土地です。だからこそ、想像力を掻き立てられるんです。僕の場合、それがクリエーションのヒントや刺激にもなる。僕にとってグレンフィディックは、大事なひとときに、五感を刺激しつつ大人の想像力を優しくあおってくれる、そんなウイスキーなのだと思います」