Forum Report
2014年1月13日、「グローバルな文脈での日本」第5回目のフォーラムがカナダ大使館(東京)のE・H・ノーマン図書館にて開催された。そこでは「高齢社会」をテーマとして議論が行われた。
まず、世界的に著名な人口学者で、ベストセラーBoom Bust & Echo: How to Profit from the Coming Demographic Shift (1997)の著者デイヴィッド・フット教授(トロント大学)が「高齢化―人口動態の利害得失を解きあかす」と題して報告を行った。フット教授はイギリス出身で、オーストラリアにて育ち、現在はカナダに居住している。こうしたバックグラウンドを示す意味もあって、フット教授は“ageing”というイギリス式のつづりをタイトルに用いている。
人は皆ひとしく年をとるものだが、人口全体となると必ずしもそうではない。人口の高齢化は全体として平均寿命、出生率、移民の関数である。ここ数十年、先進国では人口の高齢化が認識され、注意が払われるようになってきた。そして近年では、途上国でもまた高齢化が始まっている。一国の人口構成を示す「人口ピラミッド」の古典的な形は今や急速に例外的なものになっているし、逆ピラミッド型になり始めた国もある。人口全体に対して労働人口の割合が下がると、経済成長率の低下やマイナス成長が起こることは驚くに足りない。これは人口高齢化の主たる影響の一つなのである。だからといって、低成長やマイナス成長によって生活の質もまた悪くなるとは言い切れない。人口減少やマイナス成長の下でも、GDPの総計より人口の方が早く減少するかぎり、一人当たりGDPは上昇しうるのである。
カナダは、先進国の人口動態の支配的な傾向をよく示してくれる。どの国でもそうだが、カナダの人口ピラミッドもまたこの国の歴史をよく物語るものである。第二次大戦からカナダ兵が帰還すると、予想されたとおり「ベビーブーム」(出生数の急増)が起こった。その後1960年代には産児制限の導入により出生率が急減し、その結果「ベビーバスト」(出生数の減少)となった。しかし、ベビーブーマー世代の子どもが親になると、ベビーブームの「エコー」(こだま:出生数の増加)があり、出生率はやや増加した。こうした人口の増減のパターン、すなわち急増(ブーム)、減少(バスト)、増加(エコー)は、OECD加盟国にあってはごく一般的である。ただ、カナダなど諸国の政府はこうしたパターンに意を払うことはほとんどなかった。そのため、1970年代に入って学齢期の児童数が突如減るようになると、諸国の政府は狼狽し始めたのである。このような事態は人口動態のパターンから予期しうることであった。以上の事例からは、教育、厚生、社会福祉などの政策上の危機は、しばしば政策決定者が左右することのできない構造的、歴史的諸力に支配されているということがわかる。したがって、政府当局は政策を策定するにあたって人口動態に意識を向ける必要がある。幸いなことに、人口動態は非常に予測しやすい。人口動態上の変動は強く惰性が働く傾向にあるのである。
日本の場合、人口の高齢化は明らかにカナダより一層劇的である。日本の出生率はカナダより20年ほど早い時期に低下した。一生にかかる医療費のおよそ半分は晩年期に支出される。このため、高齢者を支える労働人口が相対的に減少し、医療や介護の労働者の数が減少するまさにそのときに、高齢化した日本の人口構成によって、医療や介護のための諸資源が圧迫されることになるはずである。
ただ、すべての国がこうした課題に直面するわけではない。たとえばアメリカの人口ピラミッドは、黒人やヒスパニックの出生率が相対的に高いため、基礎部分(若年人口)が比較的安定している。その他にも、メキシコやトルコが高い出生率を維持している。これらの国では、より多くの人がお金を稼いで消費すればするほど経済面での「人口の配当」が期待できる。一方、フランスを除く西ヨーロッパは日本と似た人口上の課題に直面している。西ヨーロッパの出生率の低下は、女性の教育水準が上昇するに伴い出産時期が後ろにずれたことで、ある程度は説明できる。フランスでは、子どものいる働く女性のニーズや利益に見合った政策を実施することで、こうした事態をどうにか回避している。このことは、一定程度スカンジナビア諸国にもあてはまる。
基礎部分(若年人口)の幅の狭い人口ピラミッドは経済的問題が発生する前兆となりうるが、ベースの幅が広すぎても危険である。これはパキスタン、アフガニスタン、エジプトの例を見ればわかる。出生率が高すぎると、若い人が就労することや彼らに雇用の安定を提供するのが困難になることで、失業率が高まり人びとの不満も強まる。理想的な人口ピラミッドはおおよそシリンダーの形をしたものだといえる。出生率からすると、女性一人あたり1.8〜2.3人の子どもを産むことが理想的である。
めざましい経済発展と人口の大きさを見て、数十年のうちに中国とインドはアメリカに経済的に挑戦するようになる新興大国だと多くの識者は考える。しかし、両国の人口ピラミッドからすると別の道すじが見えてくる。インドの人口は若年層が豊富で、ピラミッドの基礎部分(若年人口)も安定的である。他方、中国の方は基礎部分が急速に狭まっているため、必然的に経済成長は鈍化することになるだろう。韓国、台湾、香港はこれと同じ流れの中で、同じ問題に直面しているのである。
ほとんどの先進国では経済的産出量が絶対的に低下するだろうし、また多くのセクターでは「規模の経済」を維持できないであろう。このことを我々は受け入れる必要がある。とはいえこうしたマクロ経済的な問題は、我々の経済的な幸福が損なわれることを意味するのではない。我々は考え方を切り替える必要がある。我々は一国の人口と経済規模の縮小を受け入れるにせよ、とりわけ生産性が上昇すれば、我々の生活の質を向上させつづけることはできるのである。
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フット教授に続いて、津谷典子教授(慶應大学)が「日本における高齢化と人口減少のインパクト―人口学的展望と政策的含意」と題して報告を行った。日本は急速な高齢化の継続と一層の人口減少に今から準備しておかねばならない。報告の主題を一言でまとめるとこうなると津谷教授はいう。周知のとおり、日本は現在世界でもっとも高齢化が進んでいる国である。2010年には総人口の23%を高齢者(65歳以上)人口が占めるようになったが、その割合は1970年代初めから増え続けている。近年の日本の非常に低い出生率が近い将来改善され、人口置換水準(人口が増えも減りもしないゼロ人口成長の状態になる水準の出生率で、女性1人あたりの合計特殊出生率に換算すると2.1をやや下回る水準)を超えたとしても、1970年代半ば以降の置換水準以下への出生率低下(これを少子化と呼んでいる)の影響により、急速な人口高齢化と人口減少が今後しばらく続くのは確実である。高齢化と人口減少に対応するためのあらゆる社会制度的変更や政策的変更は、このような厳然とした人口学的前提を考慮に入れて行われる必要がある。残念なことに、この問題に対して、短期間で効果を発する魔法のような解決策は、日本のみならず世界の他のどの国にもない。
出生率が人口置換水準以下の時代に生まれた女性たちが、人口置換水準を割り込んだ低水準でしか子どもを生まないと、人口減少が始まる。日本の人口ピラミッドの底辺部分(年少人口)は、合計特殊出生率が人口置換水準以下に低下を始めた1970年代半ばに縮小し始め人口高齢化が始まった。しかし、戦後の出生率の変動傾向をふまえれば、こうした人口高齢化はある程度予測できるものであったと考えることもできる。戦後日本のベビーブームの期間(1947〜49年の3年間)は欧米先進国に比べるとずっと短く、またその後出生率は急速な減少に転じた。この戦後の急速な出生率低下(合計特殊出生率は1949年の女性1人あたり4.3から1957年の2.0までのわずか10年弱で半減以上の低下をみた)の後、日本の出生率はほぼ置換水準で推移したが、1970年代半ばに再び低下を始め置換水準を割り込んだ。出生率はその後も低下を続け、1990年代には女性1人あたりの合計特殊出生率はおよそ1.5、そして2000年代に入るとおよそ1.3で推移している。女性1人あたりの合計特殊出生率が1.3という水準は、この状態が40~50年続くと、人口はおよそ3分の1減少するという超低水準である。
フット教授の報告にもあったとおり、人口高齢化は日本だけの問題ではない。しかし日本の高齢化の特徴は、そのスピードが欧米先進諸国に比べてずっと速く、特に高齢者(老年)人口の高齢化(老年人口に占める後期高齢者の割合の増加)が著しいことである。しかしその一方で、社会制度は人口や社会経済の変化のスピードに合わせて変化することが難しいため、急速な人口高齢化や減少に十分に対応しきれていない。今後も日本では急速な高齢化が続き、また人口減少も本格化すると予想されるが、この同時進行する高齢化と人口減少への制度・政策的対応は非常に困難なものとなるのではないか。中でも、公的年金制度、介護保険制度、国民健康保険制度に代表される社会保障制度は、今後の受益者数の急増と支える人口の減少を考えると、その存続が危ぶまれる。
このような人口変動とそれが社会制度に与える影響を背景として、日本政府は多くの政策的対応を行ってきている。例えば、1990年代には、高齢者を自宅で介護する家族を支援するべく、政府はゴールドプラン(1990〜94年)、新ゴールドプラン(1995〜99年)を実施し、また2000年代に入ると介護保険制度も開始された。しかし、このような政策的取り組みにも拘らず、今後日本がさらなる困難な政策的課題に直面するようになるのは必至である。高齢化や人口減少そしてその主要な要因である出生率低下などの人口変動が社会や経済に対して持つ影響力は大きく、また長期的であり、短期的かつ場当たり的な政策的対応によって解決できるものではない。高齢化や人口減少への対策のひとつとして、外国(特にアジアを中心とした発展途上諸国)からの労働力移入を増やし、若くて健康な労働者を確保すべきという指摘もある。しかし、国連の推計によると、2000年時点の日本人口の規模と年齢構造を今世紀半ばまで維持するのに必要な国際人口移動(移入)者数は、非現実的なほど大きい。したがって、より現実的な対応として、社会保障制度への負担・貢献を増やす一方で給付を下げるような方向で社会保障制度を再構築することは避けて通れない。つまり、当面の政策的対応として、高齢者が受けるサービスを精査し必要性の低いものを縮小することにより、増加する一方の働く世代の負担の軽減を図ることが不可避となろう。