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サントリー地域文化賞 | 地域文化を考える/インタビュー

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マラソンランナーになったつもりで

橋本 徹氏

Toru Hashimoto

大阪学院大学教授

[プロフィール]
1925年生まれ。経済学博士。財務学の立場から、地域の諸問題に対して、実態に則した理論的な解決方法を提言し続けている。著書に、「現代の地方財政」「21世紀を展望した税制改革」「地方自治のこころ」(共著)「地域をつくる知恵」(編・著)などがある。

「地域文化ニュース」第10号(1992年3月)掲載

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――今回は財政学がご専門で、各地の実状にもお詳しい橋本先生に、地域の問題を行政面からお話頂ければと思います。今、地域が大きく変わろうとしているようですが、中央との関係には何か変化は起きているのでしょうか。


  金は力なり

橋本 そうですね、まず、来年度予算のからみで言うと、地方交付税交付金を引き下げようという大蔵省の動きがあるということでしょうね。もちろん、これに対して全国の自治体はたいへんに反対しています。地方交付税は自治体にとって大きな財源であり、自由裁量で使える一般財源だからです。
 中央が地方交付税をカットしようとする一番大きい理由は、「国が貧乏だから」ということです。一方では地方はもう十分豊かだという意識もあるかもしれませんが、私の考えとしては、国の財政が逼迫しているというのならば、各省庁からの特定補助金を少なくして一般補助金すなわち地方交付税に切り替えてゆくべきだと思います。しかしこれには、今度は中央省庁が抵抗するようです。金というのは力ですから、自分たちが地方に配る金が少なくなるのは困るのでしょうね。

  地方の側の問題

橋本 中央と地方の関係には、金のつながりと行政上の仕事のつながりがあります。地方分権ということは、地方住民の身近な暮しを良くし、文化を高めるという仕事は、できるだけ地方団体の意思決定でやってゆくということでしょう。では、これらの仕事を進める金はどうするかというと、すべての自治体が自前の金でできるわけではない。
 たとえば、自前の財源のひとつ、法人が納める事業税の半分は、4大都市のある東京・大阪・神奈川・愛知の都府県に集中しているんですね。大半の自治体ではいくら仕事をしたいと思っても思うように金が入らない。こういった、地域ごとの経済力の差、税収の差をどうするかという問題があります。

――自前の財源をふやすためには、具体的にどういう方法があるのですか?


橋本 自前の財源つまり一般財源は、基本的には住民から取らなければならないんです。しかし住民の側にも問題があるんですね。たとえば、毎月の給料明細を見て、「所得税はなんとか我慢できるけれど、住民税の高いのはなんとかならないのか!」とたいていの人は言いますね。「所得税の分を住民税に振り替えてくれ」という人は、まあ、いない。
 これはねぇ、国民の心のどこかに、身近な場所にいる役場の人よりも、中央の役人の方が偉く見えるようなところがあるからなんですよ。だから、自治体の首長は中央からいくら金をぶんどってきたかで評価される。市民ホールでやっている芝居よりも国立劇場で上演されるものの方が、優れている、格が上だと思ってしまう。そこのところが根本的な間違いなんです。

――今、市民ホールと国立劇場の話が出てきましたが、近年、文化行政ということが盛んに言われますね。


  文化行政の棲み分け

橋本 今、国立劇場でやっている文楽。これはもともと地方から、庶民の間から生まれて非常に高い水準に育った日本の伝統芸能で、各地に様々な形で伝承されています。しかし、文楽がマイナーになって地域の力だけでは支えきれなくなった時、国が保護と援助に乗りださなければならなくなった。やがて浪花節や歌舞伎だってそうなるかもしれないですよ。しかし、大衆に愛され、どんどん発展している現代的な文化には、行政、少なくとも国は、口も手も出さないほうがいいでしょうね。

――非常に前衛的な芸術というのはいかがでしょう?


橋本 これは例えば、原子力がでたばかりの頃、国が原子力研究所を建てたように、パイオニア的かつ実験的で、民間の採算ベースにのらないようなものに対しては、国や自治体が補助をしなければならんでしょう。両方あって、行政と民間、地方と中央が棲み分けをする必要があると思います。

――しかし現実には、自治体の文化支援は、文化財や伝統の保護にはお金を出していますが、パイオニア的な前衛芸術に対してはほとんどないんじゃないでしょうか。みんなが満足する人気のあるものばかりに、しかも大量にお金をつぎこんでいて、先生のおっしゃっていることに逆行しているように思いますが。


  文化はあぶないもの

橋本 地方でこそパイオアニア的な文化にお金をつぎこんで、自分たちの地域を差別化していかないと、地域からの発信はできないんですけどね。確かにパイオニア的なものには金はつきにくい。成功事例の方が安全だから、どこに行っても似たようなものばかりになってしまう。斬新な試み、時代を先取りしたものは、今はまだ民間の力に支えられていますね。
 もともと行政というのは、保守的なもので、安全を求めるところがあります。反対に文化は、革新的で危険なもの、あぶないものですよ。人間というのは、殻を破ったり冒険をしながら、進む、変わってゆかなければならない。その殻を破るものが文化じゃないですか。

――保守的で安全を求める行政が、革新的であぶない文化に関わってゆくというのはかなり難しいことですね。


橋本 私は実際に行政の中で優れた地域文化活動をしている人たちにたくさんお会いしましたが、こういう人たちは、どこかちょっとはずれているところがありましたね。言い方が難しいのだけれど、家庭を崩壊させているような人というか、絶対に午前様でないと家に帰れないような人、寝食を忘れて地域のことに打ち込んでいるような人でないと、大勢の人を巻き込むリーダーにはなれないのかもしれない。
 新しく作っていく、創造していくということは、かなりリスキーなことで、確かに行政にはなかなか難しいことです。これは上に行くほど難しい。しかし、自由裁量ということになると、市町村のほうが都道府県や国よりもずっとやりやすいはずです。出雲の岩國市長も言っていましたけれど、市町村が何をしてはいけないとは、法律で何も規定されていないんですよ。
 例えば、この11月に農水省が全国に樹医制度をつくることを発表しました。これは岩國市長が出雲市でスタートさせた制度が、結局全国制度になってしまったということですね。住民に一番身近なのは市町村なんですから、アンテナを高く掲げて住民の真のニーズを肌で感じながら汲み上げて、よい制度をどんどん作っていけばいい。そしてそれを国の制度にさせればいいんです。

――それでは、最後になりますが、行政の中で、地域のことに真剣に取り組んでおられる方々に対して、何かメッセージを頂けますか?


  まだまだ先は長い

橋本 地域に根づいて、さらに、行政という古い体質をもった組織の中でやってゆくには、いろいろなしがらみがあって、絶えず悩まれると思います。でも、息長く耐えぬいて、続けて欲しいと思います。
 いわばマラソンのようなものだと思いますよ。前半でとばし過ぎて息ぎれがしたり、坂道や向かい風で苦しいこともあると思いますが、そこを乗りきってゆかねばならないのだと思います。もう10年以上前から走り続けている人もいれば、最近スタートしたばかりの人もいます。でも、一番先頭にいる人たちでさえ、フルマラソンでいえば、42.195キロのうち、まだ折り返し点まで行っていないんじゃないですか。地域おこしの問題というのは、それぐらい先の長いもので、まだまだこの先、高齢化とか国際化とかいう未知の問題が待っています。ラップを考え、ペースを守りながら、ともかく頑張り続けてもらいたいですね。

――ありがとうございました。

(所属・肩書きはインタヴュー掲載時のもの)

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