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七ヶ浜国際村事業協会「仲道郁代音楽アウトリーチ」

  • 実施日時
    2021年11⽉29⽇(⽉)〜12⽉1⽇(⽔)
  • 実施場所
    七ヶ浜町⽴松ヶ浜⼩学校、七ヶ浜町⽴汐⾒⼩学校、七ヶ浜町⽴亦楽⼩学校
  • プログラム

    ショパン:《革命のエチュード》
    シューマン:⼦どもの情景 より《トロイメライ》
    田中カレン:光のこどもたち より《青い惑星》
    ショパン:《バラード第3番》
    ショパン:《英雄ポロネーズ》

  • 出演

    仲道郁代(ピアノ)、⾼⾒秀太朗(ファシリテーター)

主催者からのレポートをお届けします。
実施の背景
 宮城県七ヶ浜町は、ピアニスト・仲道郁代⽒がデビュー間もなくから親交を深めてきた、特別な町である。⽂化創造の拠点である七ヶ浜国際村では、25年以上に渡り毎年コンサートを⾏い、2018年には、七ヶ浜町制60周年を機に「しちがはま⽂化⼤使」の委嘱を受け、ますます町との関わりを深めている。

 2011年の東⽇本⼤震災で、七ヶ浜町は甚⼤な被害を受けた。仲道⽒は、2012年から、毎年⼩学校6年⽣の各クラスへ⾳楽アウトリーチを開始、併せて中学⽣には3年に⼀度、七ヶ浜国際村ホールでの⾳楽鑑賞教室を実施し、⼦どもたちに⾳楽で寄り添ってきた。

 引き続き、⼦どもたちと深く丁寧に⾳楽の時間を紡ぐとともに、事業が10年⽬を迎えるにあたり、児童へのアンケートや、教員へのヒアリングによる効果検証を強化し、情報発信を進める。また、新型コロナウイルス感染症禍の続く状況において、児童同⼠のディスタンスを確保するなど、感染対策に配慮した内容へとリニューアルを実施する。

事業のねらい
 『聴くっておもしろい!』をテーマに、仲道のピアノ演奏を「よく聴く」ことを通じ、⾃分の中の細やかな感受性の扉を開くことを⽬的とする。

 「よく聴く」とは、⾃らの感受を視覚的な対象となる3種類の絵を通じて、⾳楽の中の動き・⾊・気持ちに投映する活動をきっかけに、⾃分⾃⾝の細やかな感性を⾒つめ顕在化するとともに、他者と感受を共有し、その多様性を実感することを指す。

 ⾃らの感覚をもとに想像を広げ、時空間や⾔語をこえて今に伝えられるクラシック⾳楽やピアノ演奏にこめられた思いに⼼を寄せることや、お互いの差異を認め合い、感受を深める活動を通じて、さまざまな他者との⾳楽を通じたコミュニケーションから⽣み出される⼒を認識し、豊かな想像⼒を育むことを期待する。

事業内容
80分間の⾳楽ワークショップ
 ・29⽇ 七ヶ浜町⽴松ヶ浜⼩学校 6年1組(25名)/2組(26名)
 ・30⽇ 七ヶ浜町⽴汐⾒⼩学校  6年1組(29名)/2組(29名)
 ・1⽇ 七ヶ浜町⽴亦楽⼩学校  6年1組(40名)

今回、新型コロナウイルス感染症対策の観点から、密集・密接した関わりを避けること が前提条件となった。このため、従前⾏っていたグループ活動を⽤いない内容としたほか、イスを⽤いて座る位置を固定し、場⾯に応じてピアノの向きを変更する、アーティストやファシリテーターも児童と距離を取って話しかけるなど、これまで七ヶ浜町で実施した仲道の⾳楽ワークショップとは異なるスタイルでの実施となった。

 ワークショップの流れを下記に⽰す。

◎導⼊ エアピアノから「想像」して聴く
♪ショパン: 《⾰命のエチュード》
♪シューマン: ⼦どもの情景 より《トロイメライ》

 ⼈が表現するときには、そこに伝えたい思いがある。まずは、集団のセーフティ(個⼈による違いを認め、安⼼して対話できる環境)を構築した後、表⾯的な演奏⾵景の印象(すごい・かっこいい等)の先にある、⾳楽表現が伝える感覚や思いを⾒つめることを⽬指す。

 ピアノ演奏を⽤いたワークショップでありながら、冒頭からあえて⾳のない状態を作り出し、意外性がもたらす集中⼒のスイッチ、演奏を期待させる想像⼒のスイッチを⼊れた後、⾳を出した状態と⽐較することで、感受を焦点化し、「よく聴く」活動へと導⼊する。

 ワークショップが始まるとまず、仲道が数⼈の児童に協⼒を求め、「好きな⾊」を質問する。児童が「⻘」「ピンク」「⻩⾊」「⿊」など答えると、「間違ったことを⾔ったのは誰?」と全体に問う。多くの児童が⼾惑いを⾒せると、「好きな⾊はそれぞれ⾃由。間違っているなんてないよね。答えに間違いがない質問もあるよ」と確認する。

 これらの⾄近距離でのコミュニケーションを通じ、⼼理的バリアを取り除くとともに、⾃分の感受に間違いはないことを確認し、正解のみを求めようとする思考をほぐしていく。

 仲道が⾳を出さずに演奏する<エアピアノ>で30 秒ほど演奏したところで、「何が聴こえてくる?」と児童に問う。児童は想像⼒を働かせ、ショパン《⾰命のエチュード》のエアピアノでは、「落ち着かない」「⼒強く誰にも負けない感じ」「鮮やかな空」「⼤⽊のようだ」などの意⾒が出た。その後実際の演奏を聴くと、⾳楽表現の迫⼒に児童の表情は集中し、「表⾯では強く、裏では切ないようだ」「悲劇や絶望、苦しさも感じる」「迷いなく進もう!という感じ」など、その⾳に込められた思いを感じ取ろうとする様⼦がみられた。

 同じく、シューマン《トロイメライ》では、エアピアノと実際の演奏を⽐較しつつ、「ゆったり優しい雰囲気だけど、聞いてみたら芯がある感じがした」「争いのない平和な世界かと思うと、家族を亡くしたような悲しさを感じる」「静かに⾬が降っているようだ」「満⽉の夜に豊かな⾃然の中でリラックスしている」など⾃由な想像が次第に開かれていった。

◎活動 3枚の絵とともに⾳楽を味わう
♪⽥中カレン: 光のこどもたち より《⻘い惑星》

 1:⾳の「動き」を聴く
 2:⾳の「⾊合い」を感じ取る
 3:⾳楽の中の「気持ち」を想像する

 各3種類の絵を⼿がかりに「動き・⾊・気持ち」を通じて⾳楽を味わうワークである。異なる要素をもった絵でそれぞれ⽐較を⾏い、1つ⽬は「動き」に焦点を当てたものだ。まさにピアノから⾳が形となって⽴ち上るような、最も聴覚と結びやすい部分から想像をスタートさせた。⾊はあえてモノクロにすることで、絵の形に集中させている。

 ①「宇宙で星が降ってくる」②「植物の芽⽣え」「夏の夜の花⽕」③「真っ⽩の霧の中で⼤事なものを探している」などの意⾒が挙がり、動きや形に⾳楽をつなぐことで、連想される⾵景や物語が広がり、その感受性には児童⾃⾝も驚いていた。

 2つ⽬は⾊に焦点を当てている。単⼀の⾊ではなく、グラデーションを⽤いることで、細やかな可能性を許容し、3択の選択肢に絞りつつも、児童ひとりひとりの感覚を排除しないよう⼯夫している。

 児童は、①「海と船、⾨出を連想する⾊」「海の底から⽔⾯を⾒た⾊」②「暗いが太陽の光が差し込む森の中」③「孤独を感じる⾊」など、他者の感受も受け⽌めることでますます感覚をひらきはじめた。「なるほどね…そのイメージではこんな感じかな?」と、児童の感受を受けて、改めて仲道が演奏する場⾯もあった。それぞれの感受により、演奏がさらなる可能性を持つ様⼦を、児童は⽬前で実感していった。

 最後は、形の要素に加えて「顔」が⼤きなポイントとなる絵である。「顔」は⼼を想像するきっかけとして⽤いられている。3つの顔の絵はどれも複合的な要素がかけ合わさり、まさに⾔葉にできない部分の表現を顕著に感じさせる。

 ①「さみしさがまとわりつく」「朝早く起きてコタツに潜り、外を⾒ると雪が降っていた」②「宇宙にひとりでいる」「嫌なことがあったが助けてもらった」③「最初暗かった⾃分の世界に、明るい⼈が⼊ってきてくれる」など、顔や表情そのものだけでなく、⾳楽を通じてその背景に深くアプローチし、想像を広げている様⼦が⾒られた。

 感受の⾔語化は、⾃⼰の内⾯を表出することに対する⼼理的なバリアが働く上、語彙の問題で単純化した把握となりやすい。しかし顔を模した「仮定の他者」に投映することで、複雑で繊細な感受を、単純化せずにアウトプットしやすいこと、また感受の奥にある思いを汲み取ることを促している。

 活動の間、仲道とファシリテーターは、時に質問を投げかけながら、それぞれの児童のアウトプットを受け⽌めるよう努めた。

 仲道は1 ⼈1 ⼈の選択とその思いを尋ねると、全体に向けて語り直す(Retell)。このとき、仲道の語り返しによる受容と、児童全体の傾聴により、それぞれの感受が共有され、受け⽌められていることが確認される。仲道の⾔葉と演奏を通し、他者の感覚を共有することで、深く豊かに味わう⼿⽴てを⾃然に実感していく。

◎鑑賞
 ♪ショパン: バラード 第3番

後半は、前半で広げた想像の扉を⽣かし、⽐較的⼤きなピアノ作品の鑑賞を⾏う。
「バラード」とは物語を意味している。仲道はまず、ショパンがもとにしたと⾔われる、⽔の中に住んでいる精霊・⼥神さまの恋の物語 ―湖の中に住む⽔の精が、湖畔にやってきた若い男性に対し「⽔の世界の王様になり、不⽼不死の⾝となれる」と誘うものの、若者は「たとえ命に限りがあっても⼈間の⼥性と恋をしたい」と断り、精霊は嘆き悲しみ、⽔の中に沈む― を語った。しかしそこで、「でもこの湖はどんな様⼦だろう?その周りにあるのはどんな⽊?花?空気?…実は、妖精がいる湖なんて、誰もまだ⾒たことない景⾊かもしれないね。⾳楽を聞いてみて。」と付け加える。

 物語の⾔葉を⼿がかりにしつつ、ピアノで表現される⾳の世界の中から、さまざまな感覚をつかみ取れるよう意識的な声かけを⾏ったことで、様々にうつりゆくショパンの表現に⾷い⼊るように⽿を傾ける児童の姿が印象的であった。

◎鑑賞
 ♪ショパン: 英雄ポロネーズ

 今⽇の活動を振り返り、「よく聴く」活動として、①聴こえない⾳楽を想像したこと、②⾳楽から他者の気持ちを想像したこと、③様々な味わい⽅を他者と共有し、感受を深めたことから、ひとりひとりが細やかな感受性を持っているとともに、他者の感受をお互いに認め合ったことを確認した。

 仲道は「他の⼈のことを細やかに想像し、思いを寄せることは、他の⼈を⼤切にすることになる。⾳楽の向こう側を想像することができたみんなは、他の⼈に想像を巡らせて、思いやることができる⼈だと思うよ」と語りかける。そして≪英雄ポロネーズ≫も、故郷の状況に思いを寄せるショパンの気持ち、また戦争時にも⾳楽に思いを寄せた⼈々の暮らしがあったことを話すと、児童はより真剣な眼差しとなり、演奏にこめられた思いに、それぞれ⼼を寄せていた

◎振り返りと共有

 今年度からの取り組みとして、活動終了直後の時間内に「振り返り」の時間をもった。

 ファシリテーターの進⾏により本時の活動内容を確認したのち、①80 分を通じた⼼の動きグラフ ②2つの印象的な場⾯ ③⾳楽を聞いて考えたり、思い浮かべたりしたこと(鑑賞時の⼼境・普段の⾳楽体験との差異)の三点を整理した。

 「吸い込まれるように⾳を受け⽌めていた」「デジタルではない⽣演奏の空気感で今回のワークを⾏ったことで、より伝わるものを感じた」「歌詞のある⾳楽との違い」「⾳⾊と気持ちがつながる感じを発⾒した」などの声が聞かれ、ワークからもたらされた感覚をメタ認知し、⽇常の体験との⽐較から、改めて児童にとっての本時の活動を捉え直す時間となった。