乗本 達彦Tatsuhiko Norimoto
大学では化学工学を専攻。最初はプラントエンジニアリング業界を志望していたが、同じプラントエンジニアならば、中身がお酒や飲料の方が面白いとサントリーへ。入社後、利根川のビール工場に配属され、ビール醸造設備の設計や工場ユーティリティ設備の設計に携わる。ここでの2年間では、妥協しない設計思想を学ぶ。その後、現在の生産技術部に異動し、省エネの設備設計を担当する。コーヒーやお茶などの飲料工場を担当し、工場の現状を調査・解析し、一から省エネを提案する手法の確立に努める。2015年の頃から、本プロジェクトに携わり、現在も引き続き、省エネ技術の海外展開を担当している。
サントリーグループでは、2014年に、2050年に向けた「環境ビジョン2050」を策定し、さまざまな地球温暖化防止対策に取り組んでいる。省エネ技術の積極的な導入によるCO2排出削減もその一つだ。2015年当時、全世界でのサントリーグループの各拠点が使用するエネルギー消費は、年間200億円を超えていた。それを背景に、生産技術部では、日本国内で培ってきた高い省エネ技術をグローバルに展開し、グループ全体のエネルギー削減を目標に掲げた。その最初の足かがりとしてスタートしたのが、メキシコでの「サウザ工場サントリー省エネプロジェクト」である。本プロジェクトでは、生産技術部初の海外大型省エネ提案を実現。サウザ社のテキーラ工場での大規模なエネルギー削減を達成するとともに、グループ内に生産技術部の名を知らしめた。本プロジェクトを契機に、現在、全世界の拠点に向けて、省エネ技術の導入にととまらず、さまざまな技術支援を展開、生産技術部のグローバル化を推進している。
国内で培った省エネ技術を海外拠点でも活かすことはできないか。それを検討する目的で、2015年にアメリカのバーボン工場とメキシコのテキーラ工場を訪問したのが、本プロジェクトの始まりです。
私と先輩社員、二人でアメリカの3工場、メキシコの2工場を視察。わずか2日間の視察・調査でしたが、日本の省エネ技術に対する期待感を感じるとともに、長年、省エネ設備の設計に携わってきた経験から、改善の余地が多々あることを直感しました。なかでも、サウザ社のテキーラ工場は、日本のビール工場などと比較すると、設備も老朽化し、熱回収システムなども古いものでした。私たちは、最も少ない投資で最も高い省エネ効果が実現できるという観点から、海外展開の最初の試みとしてサウザ社のテキーラ工場を選択。早速、詳細な調査を開始しました。
その後、テキーラ村にある現地工場を数回、訪問し、工場全体のエネルギー解析や現地オペレーターへのヒアリングなど実施。省エネ解析の結果、サウザ社に対して、新型ボイラーの導入と熱交換システムの最適化を提案しました。テキーラを始めとする蒸留酒の製造プラントでは、多くの熱エネルギーを必要とし、その蒸気を供給するために不可欠な設備がボイラーになります。
「それまで重油を使用していた「炉筒管式ボイラー」という旧式なものから、日本国内で実績豊富な、天然ガス使用の「貫流ボイラー」へ切り替えることで、大幅なCO2排出削減効果が得られるとともに、エネルギー費用も1億円以上のコストカットにつながることが分かりました。ボイラーの更新は、ある意味、分かりやすい方法ですが、もう一つの熱交換システムの最適化は、私たちの省エネ技術に対する豊富な知見があったからこそ、投資額も少なく、効果的な削減ができるものでした。
今回のプロジェクトでは、解析や設計など、技術面ではそれほど苦労をすることはありませんでした。むしろ、生産技術部での海外初の大型案件ということもあり、サウザ社の親会社であるビーム・サントリー社との予算交渉や海外向け補助金制度の活用のためのスキームづくりなど、プロジェクトを進める上での苦労が数多くありました。ビーム・サントリー社との予算交渉では、経営陣の承認を得る必要もあり、英文による提案書作成やプレゼンテーションなど、慣れない業務に苦労したことを覚えています。
今回の予算獲得のポイントは、投資額の半分近くを海外向け補助金制度で賄うというものでしたので、環境省の補助事業に採択されることが必須条件でした。
申請書の作成や支払い方法の明確化など、補助金の獲得に向けて、いくつもの壁をクリアした記憶があります。海外用補助金制度は、日本の技術を海外に導入することで、CO2削減につながることを条件に設けられたものです。と同時に、二番煎じの技術導入では、補助金率が下がってしまうという条件もあります。プロジェクトの途中からは、先輩社員も別な業務に移り、ほとんど私一人の業務となり、貴重な経験と勉強をさせてもらいました。
もう一つの難題は、メキシコ特有のゆったりした納期感やサプライヤーとの関係などから、工事や設備の立上、効率的な運用の実現などの段階で、さまざまな支障に遭遇したことです。例えば、バックアップ用に燃料を入れるために燃料タンクを洗浄しておく必要があったのですが、サプライヤーの洗浄作業が大幅に遅れ、予定した時間の10倍以上かかることが発覚。現地のメンバーは、バックアップなしでも生産できればというスタンスでしたが、私たちはリスクを考慮し、何とか間に合うようなスケジュールに組み直しました。
言葉や文化の異なる所での仕事は、いかに相手を理解し、それに応じた対応策を見出し、何が最善の出口なのかを探る重要性を学んだと思います。結果的には、サウザの現地スタッフの方に納得してもらえる設備が完成できたと思っています。このプロジェクトは、メキシコの新聞にも取り上げられ、私自身も取材され、「テキーラ村に凄いボイラーがやってきた」と、一面トップでメキシコ中に伝えられました。
今回のプロジェクトは、日本の技術を海外で活用していこうという、最初の試みでしたので、次のプロジェクトにつながる事例にする必要がありました。実際、このプロジェクトの成功を契機に、サウザ社とはもちろんのこと、ビーム・サントリー社とも相互信頼関係を築くことができ、現在では省エネ技術のみならず、さまざまな技術支援の要請を受けるようになっています。サントリーグループ内でも「ベストプラクティス賞」を受賞。現在、サントリーグローバルスピリッツ社のアメリカ・ヨーロッパの蒸溜所を始め、アジア・オセアニアの飲料工場においても省エネ提案やプロジェクトを推進しています。
サントリーグループでは、2018年に「環境ビジョン2050」を改定するとともに、新たに「2030年目標」を設定しました。こうした高い目標を持ったチャレンジングな環境の中で、私たち生産技術部のエンジニアたちが全世界の拠点で活躍し、貢献できる機会が増していると思います。
* 内容・社員の所属は取材当時のものです。