あなたの“はじめてのお酒”は
どんな体験でしたか?
入選作品をご紹介いたします。

1月10日(月)の成人の日にあわせて、
SUNTORY Factory Newsでは
メルマガ読者の皆さまを対象に
“はじめてのお酒エピソード”を募集。

たくさんのご応募をいただき、
誠にありがとうございました。
お一人おひとりの
メッセージを拝見させていただき、
最優秀賞3名様に
「山崎・白州うすづくりタンブラーセット」を、
優秀賞7名様には
「山崎蒸溜所ロゴ入り 樽材ボールペン」を
贈呈いたしました。

入選全10作品をここに発表させていただきます。
十人十色の感動にあふれたエピソードを、
ぜひお愉しみください。

こもこさん

平成元年に成人式でした。父と初めて飲んだのが、一番大好きな、「山崎」。本当に大好きでした。登山が大好きな父。山頂で絶景かなと心で呟き、「山崎」を飲んだと日記に記すくらい。その、6年後、、、突然、父が他界。本当に突然で。あれもすればよかった、これもやればよかったと思っているうち、葬式の時、私の妊娠がわかり、悲しんでいる間もなく、三人息子の母となり、今となっては、亡くなった父と同じ年。末子が成人なのですが、成人式がコロナで中止に。「山崎」で乾杯しお祝いしました。その時、父の日記を久々に開いたら、、、なんと、なんと、私と「山崎」を飲んだ時のことが書かれていることを発見。娘と飲む「山崎」佳きかな。末子の成人の日に父の気持ちがわかるなんて。「山崎」がくれた、奇跡です。

マイケル・ナイトさん

私の「はじめてのお酒」は、ビールでした。子供の頃、父や親戚の大人達が、美味しく泡のついた黄色の液体を飲んでいる姿を見ていて、親戚の叔父さんから、「大人になったら飲めるものだよ。君が大人になったら一緒に飲もう。」と言われました。私は、当時、「大人になったら美味しい飲み物が飲めるんだ。早く大人になりたいな。」と思っていました。それから年月が過ぎ、20歳になり、実家に帰省したときに父から、「20歳になったんだから、一緒にビールでも飲むか。」と言われ、一緒にビールを飲んだのが、「はじめてのお酒」でした。その味は、叔父さん達が「美味しい。」と言っていた言葉から想像していた味とは全く異なり、ほろ苦い、言わば、これからの人生を物語っているかのような味に感じました。私も、今年で36歳となります。「はじめてのお酒」を飲んでから15年以上経つため、今では美味しくビールを飲むことができます。しかし、「はじめてのお酒」を飲んで感じた味を忘れることなく、今後の人生も歩んでいくことでしょう。終わりに、「一緒に飲もう。」と言ってくれた親戚の叔父さんは、先日亡くなったと母から聞きました。心残りは、一緒にお酒が飲めなかったことです。でも、今後も私の記憶として生き続けることでしょう。コロナの関係で、沢山の人と一緒にまだ飲めていませんが、今後も「お酒」を通じて色々な人に出会い、叔父さんのように「お酒の美味しさ」を伝えられるような人になりたいと思います。

ウイスキー大学4年生さん

初めての酒は山崎12年のロックだった。自分も大人になりたくて親父の行きつけのバーに連れて行って欲しいとせがんだことを覚えている。扉一枚隔てた外は東北一の繁華街なのに、都会の喧騒から隔絶された空間は異世界のように感じられた。初めての酒ということをマスターに伝えたところカクテルを案内されたが、背伸びしたくて生意気にもウイスキーを注文した。「高い度数の酒は胸が焼けるようだ」と大人が言っていたが飲めないなんてことはなかった。それだけで大人への階段を2段くらい登れたような気がした。バカラの重いロックグラスから広がる芳醇な香り。甘いけどチョコレートのように口にはべた付かない、でも口の中で味わいが変化していく味。20歳の子どもを魅了するには十分すぎた。横を向くと息子と飲めたことがうれしかったのか親父は少しはにかんだ。「美味しいか?」そう訊いてきた親父から発せられたピートの香りの良さをその時には理解できなかった。だが、初めての山崎の美味しさは分かった気がした。

WINNIE THE POOHさん

20歳になってからしばらくして、久しい先輩から突然「飲みに行かないか?」との誘いがあった。仕事を始めてから間もなく、忙しい日々ではあったが、快諾をした。約束の当日、先輩と合流してとある居酒屋に入った。酒も入り世間話に花が咲いたころ、先輩がウイスキーハイボールを注文した。私はまだビールやサワーしか知らなく「ウイスキーなんて古臭くてジジ臭い飲み物ではないか?」と言うと、先輩は「お前はウイスキーの素晴らしさが分かっていない。ウイスキーこそ時間も手間もかかった最高の酒だ!ウイスキーを知らないで生きているのは損である。」と言ってきた。会計を済ませると、先輩は「俺がちゃんとウイスキーの素晴らしさを教えてやるから着いてこい!」とウイスキーが有名なとあるバーに案内された。そこでは棚一面に世界中のウイスキーが並べられており、店内は木目調のカウンターや本革のソファーの落ち着いた雰囲気に包まれていた。そこで響17年をロックで飲むことになった。初め度数は高いが、氷が溶けるにつれて甘みや香りが増して陶酔感に包まれるとともに、ウイスキーの概念が覆されたのである。一つの酒を飲むのに時間をかけてその変化を楽しみ、素晴らしさを知る機会を持てた自分は幸せであった。それ以来、ウイスキーの魅力に取り憑かれた私は、今ではウイスキー無しの人生は考えられない。その先輩と同様、私も気づけば周りの人にウイスキーの魅力を広める一員になっていった。

そーやさん

成人になったばかりの妹は、お酒が苦手でした。ある日、私はその妹を連れて武蔵野ビール工場に見学に行きました。待ちに待った試飲タイム。ガイドさんの手の中で黄金色に輝くビールグラスを見て喝采を送る中、ソフトドリンクを飲みたがる妹に、私は「せっかくここまで来たんだから、最初の一杯はビールを飲んでみな!」と勧めました。「うまい!」という感嘆の声で会場が盛り上がる中、うちのテーブルでは「ゴクゴク」と「ポリポリ」の音しか聞こえませんでしたが、その後、帰りのシャトルバスの中で妹はこう言いました。「ビールってあんなに味が柔らかくて、のど越しも良いものだったんだね」。試飲会場での彼女は、ビールの味に集中しすぎて無言になってしまったのです。二人とも30代になった今、美味しいものを食べる時、ビールは欠かせない存在となりました。家飲みをしていると、妹は今もよくこう言います。「あの時、ビールの美味しさに目覚めて良かった!」

ぷよんさん

私は自分の誕生日が嫌いでした。お正月のすぐ後で、友達はおろか、家族にも忘れられやすいからです。しかし、20歳の誕生日は違いました。毎年日付の変わる成人の日が、その年は自分の誕生日と一致したのです。成人式の後に中学の同級生たちと初めて行った居酒屋では、なんと友達がサプライズの誕生日ケーキを用意してくれていて、想い出に残る成人の門出となりました。あの居酒屋で飲んだ、苦いビールの味はこの先もずっと忘れません。

和気あいあいさん

私は父、母、弟2人、妹の6人家族ですが、お酒が飲めるのは私と父だけです。小さい頃から塩辛いものが好きだったので、父からは飲兵衛になると言われ続けていました。初めてのお酒は父と自宅で夕食後に飲んだビールです。正直苦くて美味しいとは思いませんでしたが、父があまりにも嬉しそうにしているので、美味しい美味しいと飲んでいたことを覚えています。それ以来、父には恵比寿のガード下や吉祥寺など色々な場所に連れていってもらいお酒の美味しさも徐々に知りました☆飲んだ後はカラオケ♪と、父と楽しい時間をいっぱい過ごせたことが私にとって宝物です。それからしばらくは一緒に飲む機会が減りましたが、私の子育てが落ち着いてきたので、以前のように外でとはいきませんが、実家で父と飲む機会が増えてきました。たわいもない話をしながら父とのんびりお酒を飲むのが、今ではいい息抜きとなっています。父と飲むお酒が一番美味しいです。父と二人で、いつまでも元気にお酒を楽めたら、こんな幸せなことはありません。

ありがとう山崎さん

警察官の娘として、法令違反なんてご法度!な家庭で育ちました。そんな私にとってお酒デビューは、もちろん20歳のお誕生日ぴったりの当日。ドキドキしながら20倍くらいにして割った梅酒は、もちろん美味しくありませんでした(笑)ですが時を経て、お酒の美味しさに気づき、ウィスキー、特に山崎の美味しさに目覚めた私は、一人でバーにも行くようになるまで成長しました。そして30歳を前に、職場で知り合ったある男性と飲んだ、「二人のはじめてのお酒」は、やっぱり山崎でした。どのジャパニーズウィスキーが好きか激論を毎回交わし、すっかり意気投合、交際に発展しました。アクセスの良い白州の工場見学にも何度となくデートで足を運び、結婚して子供が生まれたらこの大自然を見に来たいなと密かに思っていました。そこから数年経ち、その男性は私の夫となり、一昨年には娘も生まれました。娘が生まれた年、夫が入手困難となった山崎をなんとか見つけて買ってきてくれ、20年後にこれを娘の「はじめてのお酒」にしようね、と夫と約束しました。20年後、娘はきっとドキドキしながら山崎を20倍くらいにして割って飲むに違いないね、と山崎の瓶を見つめながら夫とお喋りしたことは、もうすでに良い思い出です。

かわちゃんさん

母親は私が幼い頃からお酒の好きな人でした。甘口のワインやカクテルの他、ウイスキーやブランデーなども戸棚にあるのを見つけたことがあります。その中で私が気になっていたのがオールドで、早く飲んでみたいと子供心に思っていました。 今から約40年前、私が20歳になった大学の夏休みで実家に帰った時、ふとしたことから昔と同じ様に戸棚にあるオールドを見つけました。何故か、「みんなが寝静まったころ、こっそり飲んでやろう」と思い、暗い中、クラッシュアイスの水割りを作ってみたところ、暑さも相まって、経験したことのない喉に染み渡るおいしさを発見しました。悪戯心がお酒を好きになるきっかけなんて、不思議ですね。それ以来、ウイスキーの虜になり、リザーブ、ロイヤルと進み、今では知多、白州、山崎、そして響に至っています。 この味を教えてくれた母は今も健在で、時々グラスをかわすための帰省が楽しみの一つとなっています。

KEMURIさん

地下鉄で見かける人々がマスクをしている姿を違和感なく感じるようになったのはいつ頃からだろうか。以前のように疲れ切った通勤客で車内が埋め尽くされることはないが、漠然とした虚無感が空間を埋めているように感じる。近頃は同僚とプライベートな話をする機会も減った。90年代生まれからすると、意図せぬかたちで時代が漸く追いついてきたと思っているのかもしれない。私はバーカウンターで過ごす時間が減った分、1人リビングでグラスを見つめる時間が伸びた。昔は膝の上で帰りを喜んでくれた息子たちも、今は思春期を謳歌しており、かろうじて「おかえり」と言う程度。そんな中、ふと見かけた息子の学校の課題「大人のイメージを描く」。そこには素っ気なく、「ウイスキーを飲む」と書かれていた。彼が20歳を迎える頃、ウイスキーをどう感じるだろうか。そんな物思いに耽けながら飲むウイスキーは、いつまでも私をあの頃の自分に引き戻してくれる。

いかがでしたか?
これからもサントリーの製品が、
皆さまの人生の大切なひと時に
寄り添えることができたら幸いです。

Factory Newsでは、
工場見学やイベントの情報発信以外にも、
読者の皆さまと繋がれる企画や
モノづくりの現場を感じていただける
記事を届けしてまいります。
この機会にぜひご登録ください。

新型コロナウイルスの影響を鑑み、
現在は工場見学を休止しております。
見学・予約再開については日程が決まり次第、
メールマガジンやホームページにてお知らせいたします。

工場見学、特別セミナーなどの限定イベント、
おすすめコンテンツなど
各工場の旬の情報をお伝えしています。