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2024.2.28

ジョー
今年もこの季節がやってきました。
コウ
いよいよだな。
ケン
楽しみだね。
ジョー
毎年味わい深いもんねー。
ケン
今年はどれだけ食べられるかね。
コウ
ん?食べる?ケンなんの話してる?
ケン
この季節といえば、いちご狩りでしょ!
ジョー
いや、美味しいけどさ。
ケン
え、じゃーなんの季節?

今年もこの季節がやってきた!
「はじめてのお酒エピソード」入選作品の発表です!

新しい年を迎えて、春の気配を感じ始めたら、なんだかあのエピソードが聞きたくなる!
メルマガ読者の皆さまとの恒例行事になりつつあるファクトリップ特別企画「はじめてのお酒エピソード」ですが、3度目となる今年も、多くのご応募をいただきました!
本当にありがとうございます!

本当に素敵なエピソードの数々に、事務局のみんながうんうん唸る光景も、もはや毎年の恒例。今年もメルマガで最優秀賞3作品、WEBサイトでは優秀賞を含む10作品をご紹介させていただきます。お酒との出会い、その瞬間を通じて、いろいろな人生が垣間見えるような味わい深いひとときを、今年もぜひお楽しみください!

今年もこの季節がやってきた! <br>「はじめてのお酒エピソード」入選作品の発表です!


おかっぴ

【ぼくと山"﨑"と先輩と12年】

今から12年前の2月、早生まれの私は同級生たちよりもお酒の解禁が遅かった。

迎えた運命の日、大学3年生だった私は同級生たちと居酒屋デビューし、人生で初めてのお酒はサントリープレミアムモルツだった。「うげっ苦い!」今となってはプレモルは華やかなビールだと感じるが、当時の私には苦かった。その後はカクテルやらサワーなどを飲み、ある程度楽しんだあと解散となったが、その後大学1年生の頃からお世話になっている2個上の先輩から連絡をもらい、お祝いだということでバーへ連れて行ってもらうことになった。先輩の名は山﨑先輩。学年が2個上で、すでに社会人だ。バーへ入り、先輩からお祝いだと言ってご馳走してもらったお酒が山崎12年。1軒目ですでに酔っていた私は山崎12年の記憶がほとんどない。。その後も山﨑先輩とは交流が続いており、今でも笑い話として飲みながら当時のことを話すことがある。

あれから12年、来月で32歳になる。今度は私から先輩をバーに誘っている。12年越しに山﨑先輩とあのバーで山崎12年を飲むために。
余談だが、5月に結婚式を挙げるのだが、もちろんスピーチは山﨑先輩に頼んだ。


キッチン

秋晴れの大和路を歩く3人の男。同じ職場でチームとして働く班長と先輩と新入りの僕。今朝は昨日からの一昼夜交代勤務を終えた非番の日だ。新入りの僕を、多武峰談山神社の美しい紅葉を見に連れて行こうと先輩が計画してくれた。やおら、班長がポケットから何やら小さな瓶を取り出し、小さなカップに琥珀色の液体を注ぐ。そして飲んでみろと僕にすすめる。言われるままに口にすると、喉ごしがピリッとする。なぜか体が燃えるような感じだ。顔色が紅葉のように染まってきたと先輩が冷やかす。これがウイスキーだと後で知った。田舎者の僕の初体験だ。飲むほどになぜか気分が爽快になってくる。

あれから60余年、当時の体験はいまだに懐かしい。以降、ウイスキーは旅行やスキーに出かける時の必需品だ。そしてウイスキーは友人との間を取り持つ潤滑油のような存在だ。八十歳を超えた今、青年になった孫とウイスキー談義に花をさかせている。


カー坊

娘がはじめてお酒を飲むときは、私がバーに連れていこうと決めていた。お酒の美味しさと飲める量の限界を知ってほしいと思ったからだ。そのつもりで、いくつか口当たりのいいカクテルを娘に紹介したのだが、どうしたわけか、「山崎のロックがいい。」と言う。「理由は?」と聞くと、「お父さんがお母さんと美味しそうに飲んでいるから。」と、うれしそうに笑顔で答えた。

あれから、あっという間に月日が経ち、ウェディングドレス姿の娘とタキシードを着た若者が、それぞれ両手でロックウイスキーのグラスを持ってそこにいる。そして、私と妻にそれを一つずつ手渡しした。娘は、ほんの少し触れ合うくらいにグラスを傾け合わせた。はじめてお酒を飲んだときのように、うれしそうな笑顔で。「ありがとう。」の言葉と一緒に。

今年もこの季節がやってきた! <br>「はじめてのお酒エピソード」入選作品の発表です!


そら

「騙されたと思って!」姉はそう言って、笑顔で白い泡と黄金の液体を私の前に置いたのでした。小さい頃から苦いものが苦手だった私。飲酒年齢になっても、苦いと噂のビールは避けていて、出来れば可愛いフルーツのお酒を初めてにしたいなと思っていました。そんな私に先に大人になっていた姉が、悪戯っぽい顔をして差し出したのがビール。

期待の目にしたかなくそれを一口飲んだ私。思ったことはまさに「騙された!」苦くて全然美味しくないなんて誰が言ったんだろう?こんなスッキリとしたら美味しいものがあったなんて!ニコニコとする姉に、えへへへと笑顔を返した、そんなはじめてのお酒。ビールは今も大好きです。



2022年夏の終わり、長男が生まれた。名前は「響」。別にウイスキー(響)が好きで名付けたわけではない。ただ、その名前の響きに魅了され名付けただけ。命名後、サントリーに「響」というウイスキーがあることを知り興味を持った。

ちょうど妻は「響」と遠方の実家へ里帰り中。寂しさを紛らわすように「響(ウイスキー)」を一目見ようと白州蒸溜所へ。BAR白州で初めて出会った「響」。居酒屋のハイボールしか知らない私はすぐに「響」が奏でるハーモニーの虜になったのは言うまでもない。あれから1年と3ヶ月。気付けば我が家は「響」と「響」の空き瓶で溢れかえっている。けれどもそれ以上に溢れていたのは「白州」の空き瓶だった。

「響」が生まれたおかげで、「響」に出会い、気付けば「白州」の森の生命力が私の生命力になっていた。今では大切な我が子同然の「響」と「白州」。これからもよろしくね。


おーちゃん

初めてのお酒の記憶は20歳の誕生日付近。今から30年以上前の当時はスナックが主流で、先輩に連れられて初めてのお酒で初めてのボトルキープ。それがプレゼントでした。

カウンターのみの薄暗いお店で入り口の扉は窓もなく、しかもビルの高層階。入るのさえ1人なら躊躇ってしまうお店に入りマスターの背後にはたくさんのボトル!ブランデーとウイスキーばかり。ネームプレートをかけるからと渡されたマジックで大人とは思えない子供っぽいサインを書いて先輩のボトルと並べた時は恥ずかしかった!角、オールド、リザーブ、ローヤルと並んだ棚を見ながら、いつかローヤルを自分でボトルキープしたいなぁと薄い薄い水割りを飲みながら心に誓ったことを思い出します。

今は50歳を超え、ローヤルをロックで飲みながら大人になったとしみじみ感じる今日この頃です。


ピノ

元々お酒は好きな方ではなかった私のお酒デビューは、新社会人になり職場の歓迎会でした。その時は、ビール、日本酒、焼酎がテーブルに並び、上司の日本酒好きも相まって、ワインやウイスキーなど、ビール以外の洋酒はなかったのが印象的でした。アルコールにめっぽう弱かった私はビールが精いっぱい、果てには、こんな苦いもののどこが美味いのか?と半ば苦行の様な記憶しかありませんでした。

それから20年経った今、ほぼ毎晩ウイスキーを飲む日々が続いています。しかも基本ストレート。おおよそ、当時の自分からは想像出来ない代わり様です。そのきっかけは10年ほど前、時の上司とバーに行った事です。カウンターの後ろの棚にズラリと並ぶボトル、慎ましくシックに呑む渋い雰囲気が、何となく大人の階段をまた一つ上れた感覚がありました。そこのマスターから勧められたのは山崎、飲み方はトワイスアップ。ウイスキー初心者だった私は、そのような飲み方すら知らなかったですが、マスターのレコメンドは間違いなく、ウイスキーがこんなにも美味しいものだったのかと、衝撃を受けた記憶があります。当時は酒屋でもまだ気軽に手に入りましたが、今となってはそれは叶わない時代になってしまいました。

それからというもの、スコッチ、アイリッシュ、バーボン、カナディアンと様々なウイスキーを飲んできましたが、今も山崎を飲む時は、特別な気分になります。あの時以来、自分の誕生日に飲むお酒は、もちろん山崎。今後も、ライフスタイルの節目に飲むお酒は、山崎以外にはないです。


まつへい

私のはじめてのお酒はビールでした。父が仕事から帰ってくると、いつも冷蔵庫からビールを出してテーブルに座り、私はそのビールをつぐ係でした。父は私に「ありがとう」と言って、一口飲むと「ああ、うまい!!」と幸せそうに飲んでいました。私はビールを飲んだことは無いのですが、父の笑顔を見て、ビールはおいしいものなんだなぁと思っていました。

20歳の誕生日に、父が私にビールを差し出しました。「おめでとう、これで一緒に飲めるね」と。私は嬉しくて、ビールを受け取りました。初めて口に含んだビールは、苦くて炭酸が刺激的でした。
そこまで美味しくなかった...でも、私もあのビールを飲んでいる!!父と同じものを飲んでいる!!という感覚は、とても幸せでした。私も今ではビール好きです。父と私のはじめてのお酒は、私の大切な想い出です。


竹の子

受験に失敗、浪人生の時に入院治療する事に。脊椎すべり症という病で新宿のT病院でお世話になった。入院中に二十歳になりベットの上で暗い青春幻想に浸っていた時、当時その病院付属の看護学校生が実習を兼ねて患者のお世話をしてくれていた。年も近いということで色々な話をして東北出身のA子さんと仲良しになりました。

退院後何か月か過ぎた頃、私の下宿があった西荻窪駅で待ち合わせ。久しぶりに会った彼女は私服姿、お化粧もしていて とてもまぶしかった。喫茶店でお互いの日常を語り合う内に外は暗くなっていた。近くの安い居酒屋Mでお酒を初めて飲むことになりカウンター席でビールを飲んだ。彼女は一つ年上、余裕でグラスを空ける。俺も負けじと苦い液体を飲み続けた。途中から何を話したのか記憶がなく、カッコ悪いところを見せてしまったかも。

上京後、初めてのデート 初めて飲むビール。緊張感と苦味体験をとおして少しは大人階段を上り始めた気分だった。半世紀経った今は「とりあえずビール」からのハイボール、ワイン等、何でも楽しむオヤジとなりました。


すまいる

【トクトク】と、私の成人式の夜に、いまは亡き父がテーブル上に置かれたウイスキーグラス二個へ、琥珀色の山崎を注いでいた。
【カチカチ】と、冷蔵庫から出した大きなカチワリ氷を、一個ずつ入れて。
【サアサア】と、溢れるばかりの笑顔で、一つのグラスを私の前に、オメデトウさんの言葉をかけて差し出してくれた昭和の時代。
【チビチビ】と、美味しいウイスキーは、味わいながら、呑むものだよって言いながら、グラスを私のグラスへカチと音をあわせて、初めて口にした山崎。
【トクトク】と、いま令和になった時代でもウイスキー瓶の口からグラスへ注ぐ時、父の写真を見ると、初めて香り豊かな父と二人の幸せ一杯な山崎の思い出がよみがえる。

いかがでしたでしょうか?どれもグッとくるエピソードでしたよね。

大切な想い出をおすそ分けしていただいたような気がして、事務局一同も本当に感動いたしました。入選作品以外も、その人の人生が伝わってくるものばかり(本当は選ぶなんておこがましい)。ご応募いただいた全ての皆さまに感謝を申し上げます。

これからも、皆さまと素敵なエピソードをつくれるような製品を各工場で一生懸命つくってまいります。その現場にぜひ、ファクトリップしにいらしてくださいね♪

今回のファクトリップ

毎年この季節は
「はじめての
お酒エピソード」を味わうべし!