地球には誕生以来、少なくとも4回の大きな氷河期があったといわれています。もっとも新しい氷河期は約200万年前から始まりました。もっとも気温が低かったのは、約2万年前といわれていますが、このときには、現在の3倍の面積の氷床(大陸を覆う大規模な氷河)が地表を覆っていたそうです。
その名残が、現在、残っている氷河で、全氷河の面積は、約1500万平方キロメートルで全陸地面積の1割強にあたります。そのうちの99パーセントを占めるのが南極大陸とグリーンランドの巨大氷床です。南極大陸では最大4000メートルを超える厚さ、グリーンランドでも最大で3000メートルを超える厚さの氷に覆われています。残りの1パーセントが、全世界の高山などに分布している氷河となります。一般に、氷期という言葉も使われていますが、氷河期の中の寒い時期のことを氷期と呼び、氷河期の中のかなり暖かい時期を間氷期と呼んでいます。
氷河の形成の鍵になるのは、どれだけ雪が降るかではなく、降った雪がどれだけ融けずに残るか、ということにあります。そのため温帯地方で積雪量の多いノルウェー南部の沿岸部のようなところでは標高2000メートルくらいで氷河ができますが、より低緯度に位置するロッキー山脈では標高3000メートル級の高地でなければ氷河は出現しません。赤道付近では、さらに高地に移り、キリマンジャロのように標高5000メートルを超える場所に限られてきます。
氷河の融水は世界中で灌漑や発電の動力源として用いられています。北アメリカのコロンビア川、ヨーロッパのライン川・ドナウ川・ロワール川、アジアのインダス川・ガンジス川、アフリカのナイル川、そしてアマゾンなどの大河の源はみな氷河の融水です。
氷河は水の需要がもっとも少ない冬の間は氷という形で水を蓄え、水が不足しがちな暑い夏に水を放出します。雨頼みの河川よりも流量は安定します。
氷河は飲料水を貯めておくだけでなく、何万年にもわたって大地を削り、それを下流に運搬することで、耕作に適した土壌を作ってきました。アイオワ州のトウモロコシ畑やジャガイモ畑も、こうして氷河によってもたらされた土壌によって形成されたものなのです。
毎年降り積もった雪は圧縮されて万年雪になり、それが数年か数十年かけて氷の塊となり、圧力により流動するようになったものが氷河です。こうしてできた氷は、重力によって1日に数センチメートルから数メートルのスピードで下へ流れていきます。これを「底滑り」といいますが、このときの動く力が氷の強度を超えると裂け目(クレバス)ができます。
氷河の動きは、ブルドーザーのように土壌を削っていき、どこかでそれを堆積させます。フィヨルドのように入り組んだ深い渓谷やナイアガラの滝も氷河の力によって生まれたと考えられています。
こうして氷河が地形を変えていくさまを、19世紀のスイスの氷河学者、ルイ・アガシー博士は「神々の偉大な鋤」と呼びました。氷河の作用によって、引き砕かれ、混ぜ合わされたさまざまな性質の岩石や泥濘の粒は融水によって運ばれ、さらに乾燥した軽い粒は、風に飛ばされて堆積します。この堆積した細かな軽い粒をレス(黄土)と呼びますが、ことに北米大陸やヨーロッパの広い地域は、氷河がつくったレスで覆われており、場所によっては厚さ75メートルにも達するといわれています。細かいレス土壌は、無機物が豊富で水はけがよく、植物が根を伸ばしやすいという性質をもっており、さらに氷河が消えた後の数千年にわたる植物の生と死によって有機物が加わったことで、肥沃な耕作しやすい土壌が形成されたのです。
極地方の氷は、何百年もの積雪によってできあがります。ここでは底滑りなどの移動は起きませんが、氷の重さから生まれる圧力は、厚さ3000メートルにもなると1平方メートルあたり、3000トンになります。この強力な圧力によって氷は滑り合います。その速度は1年に約10メートルのゆっくりしたものですが、海へ前進していく途中で、滑り合う境界線が割れて、巨大な氷塊となって海中に落ち、氷山となるのです。氷山の氷の密度は海水よりも若干小さいため、体積の約11%だけが水上に顔をのぞかせています。
1)乾いた氷の大地~南極
南極大陸の年間降水量は100ミリメートルから数百ミリメートル程度と僅かです。このため、これだけ水に囲まれていても南極大陸は地球上で有数の乾いた大地の一つです。ただし、積雪量は少ないものの、気温が低いため、雪が溶けることも、蒸発や昇華で失われる分も極めて少ないため、南極は表面についた雪を保持することができているのです。
2)カリブーと旅をする北極、イヌイット族の暮らし
北極圏にはイヌイットなどの先住民族が暮らしています。この地で4000年以上も暮らし続け、現在は、カナダ、アメリカのアラスカ北部、デンマークのグリーンランド沿岸、ロシアのチュコトカ地区に分布し、人口は10万人程度といわれています。
イヌイットらの暮らしは、カリブー(トナカイ)の放牧と、野性のカリブー、アザラシ、セイウチ、クジラ、鳥類の狩猟、サケ・マス・ニシンなどの漁によってなりたっています。放牧や狩猟はそれぞれの季節に決まった場所で行われるため、それにあわせて旅をすることになります。氷河が溶けた湖、氷上の雪や氷河を溶かして飲み水を調達することもあります。
アラスカでは定住している人たちの居住地に水道が引かれていないため、ほとんどの家には、飲み水のタンクがあります。長い冬場には、タンク内の水を凍らせないための燃料代がかかります。
極地方を除いて世界最大級の氷河を有する、もっとも北にある独立国、アイスランド。国土の12パーセントが氷河、広範な国土が溶岩に覆われています。緯度は高いものの、メキシコ湾流のおかげでさほど低温にはならず、また、火山があるので温泉もあります。魚をよく食べ、鯨を食用にしてきたなど、日本と共通点も多いようです。溶岩台地に濾過された氷河の地下水は良質なナチュラル・ミネラルウォーターで、これが各家庭に引かれています。
近年、地球の温暖化により、世界各地で氷河の後退や縮小が観測されています。北極海では10年間に約2.7パーセントの割合で氷河が減少しているといわれます。これはアイスランドでも例外ではありません。アイスランド最大の氷河ヴァトナヨークトル氷河を例にすれば、1958年の計測では8538平方キロメートルとされていた面積が、最近のアイスランド国立国土地理研究所のデータでは8300平方キロメートルと面積が小さくなってきています。
【参考文献】
- ロナルド・H・ベリー・タイムライフブックス編集部/著 楠宏/訳 『ライフ 地球再発見シリーズ・氷河』 (株)西武タイム
- 『世界大アトラス』 小学館
- 『ナショナルジオグラフィックが訪れた世界の自然遺産』 日経ナショナルジオグラフィック社
- E・C・ピルー/著、古草秀子/訳 『水の自然誌』 河出書房新社
- 気温上昇により消滅の危機にさらされる氷河と海氷(アースポリシー研究所レスター・ブラウン/e'sInc)
(http://www.es-inc.jp/lib/lester/newsletter/050612_005743.html) - 地球温暖化への再考(佐藤典人/法政大学文学部紀要第49号)
- 気候変動(長周期)(石川尚人/京都大学理学博士)
(http://www.gaia.h.kyoto-u.ac.jp/~ishikawa/Lecture/Grad.htm) - アイスランド観光文化研究所
(http://www.iceland-kankobunka.jp/) - 高橋裕 他/編 『水の百科事典』 丸善 1997