水は物を溶かす天才です。海水には60種類以上の元素が溶けこんでおり、地球上に存在するほとんど全ての元素が海水中に溶けて存在しています。
我々が通常「水」と呼んでいるものは無色透明ですが、この中にも水分子以外のものがたくさん存在しています。各種ミネラルや塩素や細菌、人間の社会から排出される様々な有機化合物などです。「水が腐る」現象がおきたり、夏場にいやな臭いがしたりするのも、これらの物質が水の中に溶けているためなのです。
純粋に水分子だけで構成される「水」は「純水」と呼びます。
食塩や砂糖を水に入れてかき回すと、やがて見えなくなります。これが「溶けた」ということです。もちろん食塩や砂糖は水の中で消えてなくなったわけではなく、それぞれが結晶から個々の分子(食塩の場合はイオン)になって、水の中に均一に混ざっているのです。
例えば、食塩が水に溶けるプロセスは次のようになります。
食塩を化学記号で書くとNaCl、NaイオンとClイオンが結合したものです。これが水の中に入ると、水分子の電気的な力が作用して、水分子の+側(水素原子)がClイオンに、-側(酸素原子)がNaイオンに集まり、食塩の分子をNaイオンとClイオンに引き離してしまいます。このような現象を水和といい、NaイオンとClイオンは、完全に水分子にまわりを囲まれた状態になり、均一に分散するのです。
また、砂糖は分子の中に水とよくなじむ部分(親水基)をもっており、そこに水分子の水素結合の力が作用して、水分子とくっつき、塩と同様に均一に分散します。
コップに水を入れて、油を1滴落としてみると、油はそのまま水面に浮いてきます。かき回すと、油は小さなしずくに分散して水中を動きますが、かき回すのを止めると、やがて水面に浮かんできます。つまり油は水に溶けないのです。
油と水が混ざらないのは化学的な性質が反対だからです。油には、水になじみやすい部分(親水基)がなく、水のように分極もしていません。水は分極している物質やイオンとは親和性がありますが、疎水性で分極していない油とはなじまないのです。
食器の油汚れや衣服についた皮脂の汚れは、水だけで落とすことはできませんが、洗剤を使うことによりこのような油汚れは水で落とすことができるようになります。
水と油の仲介役を果たすのは、洗剤の中の界面活性剤と呼ばれる物質。界面活性剤には、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、第4級アンモニウム塩、レシチン、ポリオキシエチレンアルキルフェノールエーテルなどがあげられます。
界面活性剤はいわば水と油の両方の性質、つまり分子の中に水になじみやすい部分(親水基)と、油になじみやすい部分(疎水基)の両方をもっています。水は界面活性剤のこの性質により、表面張力として働く分子間の力を弱められるのです。
衣服の洗濯をイメージしてみましょう。
水は、油汚れのついていない部分には素早く浸透していきますが、汚れの部分に対してはなかなかしみ込みません。界面活性剤によって水の表面張力が弱められると、衣服は水にぬれやすい状態になり、水が汚れを落とすための環境が整えられます。
次に界面活性剤の疎水基が油汚れの表面を囲みます。同時に親水基は外に向かって並びます。そして疎水基が油汚れ全体を完全に取り囲むと、その外側は完全に親水基でおおわれる形になります。親水基をもつ物質であれば、水の溶解力は存分に発揮されます。水は、親水性のかたまりとなった油汚れを衣服からはがし、水の中に取り込んで、汚れを落とすのです。
生物の体や人間の暮らしは、水の「ものを溶かす力」に支えられています。様々な物質は水に溶ける形ではじめて運搬、吸収することが可能になるのです。
1)生命維持に必要な栄養や成分
人間や動物は摂取した栄養や成分を、血液の中に溶かし込んで細胞まで運搬しています。魚は水にとけた酸素で生きていますし、植物は土からとった栄養分を水に溶かして枝葉の隅々まで分配し、光合成で得た養分も同様にして各部に運搬しています。
水が成分を運搬しているのは生物の体内だけではありません。雨は地面に降り注ぎ、土の中や岩石中の様々な成分を自身に溶かし込みながら地球を巡り、水循環の中で様々な物質を運搬しているのです。
2)体の中の老廃物
水が体内で運搬するのは養分だけではありません。人間に限らず、動物やその他の生物は、常に体を維持するために活動しています。エネルギーを各部にゆきわたらせ、体温を保ち、細胞をつくります。その結果生じた老廃物は尿や便の形で体外に排出されます。尿は生命維持活動から出されたゴミを、水の中に溶かしたものといえるのです。便も中に水を含んでいるからこそ、スムーズに腸の中を移動することができるのです。
3)人間の暮らしの汚れ
風呂で、トイレで、洗面所で、台所で、洗濯機で、あるいは掃除や洗車、様々な生活の場面で水は汚れを洗い流すために使われています。水を洗浄に使うのはあたり前のように考えていますが、これも水があらゆるものを溶かし、あるいは汚れの固まりとして包み込んでくれるからです。水は暮らしの中の汚れも自分の中に受け取り、別の場所に運んでくれるのです。だからと言って、何でも水に流してしまわないように注意しましょう。
【参考文献】
- 播磨裕・岡野正義・山崎岳 他/共著 『水の総合科学』 三共出版
- 平澤猛男/著 『水は永遠の友』 研成社
- 石原信次/著 『知っておきたい水のすべて』 インデックス・コミュニケーションズ
- 上平恒/著 『水とはなにか』 講談社
- 左巻健男/著 『水と空気の100不思議』 東京書籍
- 稲場秀明/著 『氷はなぜ水に浮かぶのか』 丸善
- 中川鶴太郎/文 村田道紀/絵 『氷・水・水じょう気』 岩波書店
- ウォルター・ウィック/著 『ひとしずくの水』 あすなろ書房
- 『学研の観察・実験シリーズ 空気中の水の変化』 学習研究社
- 高橋裕 他/編 『水の百科事典』 丸善 1997
- 株式会社生活と科学社 「石鹸百科~基礎知識編~豆知識」
http://www.live-science.com/honkan/basic/mame02.html